日記


◆手裏剣 


(……もう少し)

カーテンの隙間から漏れる光は惰眠を貪る目には眩しすぎて、逃げるように頭から布団を被り直した。誰、ちゃんと閉めなかったの。思考の中で軽く抗議してみたけれど、そんなの昨日の自分以外いないのだ。明日は久しぶりの休みだからと、やらなきゃならないこと全部ほったらかして、ベッドに飛び込んだ自分以外。あの時の罪悪感から来る幸福感ったらない。仕事は投げ出すことはできないし、あとよろしくねと言われたらそりゃ頑張るし、そこに何の不満もないけれど、人間足るもの自堕落を是とする側面だってあるのだ。まぁ、今回は足元掬われる結果になった訳だけど。

すぅすぅと呼吸音が反響する。吐き出した息は布団を暖めて、密閉空間の温度を2度は上昇させているだろう。堪らず顔を外気に晒した。元凶であるカーテンを閉められたらいいのだけれど、立ち上がったらその瞬間、確実に目が冴えてしまう。それじゃ本末転倒。光の届きにくい位置を求めて、少しずつ頭を置く位置を調整してみたりするけれど、睡魔はなかなか枕元に立ってくれなかった。普段ならとっくに出社している時間帯。染み付いた習慣とは悲しいもので、今日は必要ないってのに、起きなければと深層心理が囁くのだ。

(起きてもすることないんだってば!)

これが世間一般の女子なら、オシャレをして、買い物に出掛けて、甘いものを食べて、大声で歌って、職場以上のテンションで休日を謳歌しようとするに違いない。でも何かあった時のために家にいた方が動きやすいかな、という考えが最初によぎってしまう時点で、彼女達と同じスタートラインにも立っていないのだ。百メートル走の、百メートル後方くらいに。どうせ、私は楽しみ方なんて知らない。そもそも1人じゃ楽しくないし。瞼を固くつむって雑念はシャットアウトだ。

と、不意に携帯電話が短く震えた。メールである。


『ランチ、行きませんか?』


うわっ、画面まぶしっ、なんて思った自分は一瞬で吹っ飛んだ。最初に確認したはずの宛先をもう1度見直す。そうだよね。間違いない。彼女だ。彼女。彼女なのだけれど、向こうから誘いがあるなんて珍しい。最後に会ったのは一昨日だったのだけれど、そういえば彼女も2日後は休みだと言っていた。だからって、どうにもならないとも思ったけれど。

ああ、ヤバい。なに着ていこう。ていうかメイクもしなきゃ。部屋も片付けた方がいいかな?(なんのために?)ねえいま、何時?寝てる場合じゃ、なくない?


<SS> 2019/08/29(Thu) 00:22 

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