一言で指揮官といっても、そこには2種類の人間が存在している。つまり人を使って勝利する術を知っている者と、金を使って昇格する術を知っている者。 傭兵にどちらかを選ぶ権利はないし、正規軍に対して補充的な人員とみなされる傭兵には後者の指揮官がつく事が多い。今回もご多分に漏れずそうだった。 狼が率いる羊の軍隊は羊が率いる狼の軍隊より強い、という言葉はなるほど正鵠を射ている。まともな作戦も指示も羊の指揮官からはなく、気付けば生き残った狼の兵隊は私1人だけ。 「武器を持っていないか調べろ」 腕を木に括り付けられて体の自由を奪われた。その際に手首が擦り切れた事を除けば、特に目立った外傷はない。 「銃を持っています」 「捨てろ」 とは言え怪我をしていない事はこの状況では無意味だったし、逆に銃を捨てられた事も、この状況では持っていたって無意味なのだ。事態はあれから良くも悪くもなっていない。 だからもう終わりだと悲観する必要はどこにもなかった。それは希望を持てるほどに。 「縄をはずせ」 「……いいのですか?」 「俺達の部隊もほぼ全滅だ。こいつに、責任をとらせる」 「……かしこまりました」 羊か狼かでいえば、この指揮官はどうやら狼らしい。部隊の統率具合を見てもそれが理解できたし、肉食獣という意味でもそうだ。 だが数多くの羊と馴れ合い、闘争本能と牙を失った狼は恐るるに足りない。確かに今回は銃しか使用していなかったが、銃を捨てただけで反撃できないと確信するのは早計ではないか? そんな心配をよそに(そもそも敵の事まで心配する義理はないが)縄が切り落とされる。これで自由、狼は檻から出された。 媚びず、驕らず、ひたすらに磨き続けた脚という牙。飛び上がって、目の前の獲物にその毒牙をかける。 「すまない。私の本当の武器はこっちなんだ」 ごきりと、縄を切った人間から小気味のいい音がした。人間の首が折れる音。 「すまない」 再び告げた謝罪は誰に対してのものだったのだろう。目の前にいる彼らに対してこれから行う非礼を詫びているのか、それとも神に対してこれから犯す罪の許しを乞うているのか。 「てめえっ……!」 かかってこい、生け贄の子羊ども。 end. (黒狼の牙は鮮血で濡れる) |