‡箱館‡

□Idoと言って?
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「莫迦。」
ぼそり、と、土方が呟いた。
「そうかな。」
人見がうそぶくようにそう言うと、土方が、もう一度小さく莫迦だと呟いた。
「本当に莫迦だ、お前は。」
自分は、綺麗だから『鬼』なのだと。
よくそんな馬鹿げた考えに行き着けるものだ。

自分が『鬼』と呼ばれた理由。
そんなの考えるまでもない。








当たり前だ。









あんなに無惨に、残酷に、人を殺した。









欠片ほどの慈悲も見せなかった。
(見せては、いけなかった。)


顔色一つ、変えなかった。
(常に無表情。そうでなければ、ならなかった。)


隊規を破った者には、、臆病者には、裏切り者には、容赦しなかった。
(少しの優しさが、命取り。弱さを見せては、いけなかった。)


決して、赦さなかった。
(赦しては、いけなかった。)


非情で冷酷無比な隊規の執行人を演じるうちに、呼ばれるようになった名。
それが、『鬼の副長』。









そう。

決して、人見が言うような理由なんかじゃない。
鬼の如き冷徹。
それ以外の理由なんて、ない。
汚れきった自分に、ふさわしい名だ。
「そうやなぁ。莫迦、かもしれんなぁ。」
そう呟いた人見の声が、ひどく遠くに聞こえた。
そうだよ、莫迦だ。

何で

何で、汚れきった自分に、そんなことを言う。

そんなこと言われると

胸の奥が苦しくて

堪らない気持ちになる。

「けど、それならそれで構わんよ。」
不意に、服に伸ばされたはずの人見の手が、そっと土方のそれに重ねられた。
「俺は莫迦で構わん。だから、なぁ、歳三はん…」
何かが、ぽつんと人見の手に落ち、そして、続いてぽつんと繕い終った服に染みをつくった。
「頼むから、泣かないでくれ。」
「えっ…?」





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