‡箱館‡

□Idoと言って?
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返り血で真っ赤に染まった身体。

辺りに満ち溢れた殺気。

きっと、
まだ、人殺しの目をしていた。

冷酷な鬼の仮面で、血に塗れた刀を壊紙で拭った。

最初に、その姿を認めた後は、一度も目をくれなかった。

そんな俺に、彼奴が初めて言った言葉。


『ずっと、逢いたかった。』










【Idoと言って? 】









一瞬、何を言っているのかわからなかった。
少し考えて、漸く意味を理解して、土方は軽く溜め息を吐いた。
頭は悪くない筈の自分に、たった一言で此れだけ思考時間を要させるのもこいつくらいだ。
「それ、俺に言ってるのか?」
自分に言っているのはわかり切っているけれども、一応聞いてみる。
「あんた以外に誰がおんの。」
おかしそうに笑いながら、目の前の男、人見は、もう一度言おうか、と土方を見つめた。
「なぁ、歳三はん。俺と結婚して。」
「莫迦言うな。」
間髪入れずに答えると、何で?と大層不思議そうに訊かれた。
時々、こいつが本当に将軍の御前で孟子を講義したこともある、かの英才、人見勝太郎なのか疑いたくなる。
「何でもなにも、俺は男だぞ。」
そして、当たり前だけど人見も男だ。
結婚とは、普通男女がするもので、同性でのそれは許されていない。
「知っとるわ。でも、俺はあんたと祝言上げたい。」
言ってることがめちゃくちゃだと思った。
この男と一緒にいると否が応でも頭を使わなくてはいけなくなる。
呆け防止には最適だ。
「勝太郎。男同士じゃ結婚は無理だ。」
まるでだだをこねる童をなだめるかのように、土方が言った。
しかし、人見はその言葉に笑って首を横に振る。
「出来るよ。出来るように、俺がするし。」
「はぁ!?」
それまでずっとしていた破れた服の繕いを止め、土方が人見を凝視した。
因みに、土方が縫っていたのは人見の上着だ。
「男同士で結婚出来んってのは、江戸や京での話でしょう。」
でも、此処は江戸でも京でもないと人見が笑う。
「此処は箱館や。箱館共和国。国が違う。だったら、決まり事だって、また新しく決めてええ筈やろ?」







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