花の協奏焔曲

□一章:姫、ご帰還のこと。
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春の色に染まって、ゆらゆらと揺れる桜。
ほのかに甘い香りが、花吹雪とともに舞う。
落ちた花は、薄緑の草むらに降り立って、優しく彩る。
籠から見えるのは、そんな壮大な景色を一部だけ。

数年ぶりに見る、懐かしの景色は以前と全く変わらなかった。

到着の声が掛かり、戸が開かれる。
眩しくも、やさしい春の光が自身を向かえる。
肩を優に越す亜麻色の髪を揺らせて、姫はその地へ足を踏みなおした。

時は群雄が割拠する戦国乱世。
下克上が掲げられ、各人が天下という夢に向かって戦に明け暮れる世。
何人もの人間が乱世に現れ、その舞台から消えていった。
この、留まることを許さない時代の流れの中。
必死に己を貫かんとした一人の姫が居た。

「成行(なりゆき)様、葵(あおい)様がお着きになられたとのことです。」
成行と呼ばれた男は机の上で書き物をしていた。

「そうか・・・以外に遅かったな。」
成行は書いていた幾つかの書面と、幾つかの帳簿を使いに持たせた。
「すぐに行くと、あと、これに目を通すように言っておけ。」
使いは、返事を返すと静かに下がった。

成行は隣の襖の前へ正座すると、呼びかける。
「龍臥(りゅうが)様、葵が帰ってきたそうですよ。」
龍臥と呼ばれた男は襖の向こうで寝転んでいた。
右手には藍色の煙管。だが、煙はない。
龍臥は暫し間を置くと、むくりと起き上がった。
青の色素が混じった、黒い髪が柳のように揺れる。


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