短編小説

□そのたった一つの
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自分の親指の下にあるこのボタン
これを一つ押すだけで

会いたくて、声が聞きたくて仕方ないあの人の声が聞こえてくる




もうどれだけ会ってないんだろう
声も聞いてない
たった一つこんな小さなボタンを押すだけでいいのに
その勇気が出なくてさっきからこの無機質な画面を見つめているだけ

何もしないで暗くなった画面
適当にボタンを押してまたその画面に愛しいあの人の名前が表示された
名前を見るだけでこんなに胸が苦しいだなんてもう末期だ



最初は小さな本当に小さな存在だった筈なのに
ただ頭の片隅にあっただけの


だけどいつの間にかこんなに大きくなってた
こんなにのめり込んでた
愛して欲しいと願ったら止まらなくなっていた




あの人に会って俺は変わった
前はもっと孤独だった筈だ
別に一人だって平気だった
今みたいに部屋に一人で居たって何も感じなかった

こんなの俺じゃない俺らしくないと、
それでもあいつを想って泣いた夜もあった





今あいつは俺の気も知らないで仕事にでも追われているんだろうな
いつもの胡散臭い眼鏡かけて普段人前では吸わない煙草をふかして、書類かパソコンと睨めっこしてる

だったら今俺が電話をかけたりすれば迷惑だろうか……
そんなことしたらしつこいと思われないだろうかと
そんな女々しい考えばかりが頭に浮かんできて自分でも嫌になる


結局は俺があいつに夢中なんだ




今はこのボタン一つも押せない臆病者だけど
いつか勇気が出たら、でも遅くないだろうか


それまではあいつから掛かってくる電話を待つしかないけど









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弁護士銀ちゃんと学生高杉






08.11.03


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