箱土攻novel

□恋も想も下心
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「土方先生、これから見廻りですか?」

土方が肩口で振り向けば、そこにはこの共和国で指折りの美貌を誇り、いつしか牡丹人と渾名を持つ春日が、その花も綻ぶ絶世の顏で愛嬌を見せている。

「そうだが、お前は非番か?」

「えぇ…」

ご苦労様です、とまるで天女のよう穏やかに笑う春日。癖なのか細い指先を口許に添えている。
赴きは普段の軍服では無く袴も着けていない着流し。
帯の締め具合から細腰が一目瞭然として。腰元まで真っ直ぐ伸ばす艶髪は見るからに指通り良さそうで。それを一纏めに緩く結び前の方へ流している。
細めた流し目の端を仄かに赤らめた春日は、土方から視線を僅かにずらした

「こんな格好でお恥ずかしながら…先生が出て行かれるのが見えたモノで御見送りにと、つい…」

コレが本当に女だったら喜んで口説いてやるんだが…と、土方が密かに思った事は一度や二度じゃない。
それでも天性の性か、美人から好意を寄せられると喜ばしいのは勿論、それなりに対応しようと体が動く。
言うなればもうそれは条件反射だ。

「そうか、見送りなんざ大層に有り難よ。礼に土産でも買って来てやるぞ」

「え、いぇ…僕は何もそんなつもりでは…」

「遠慮する事ァねぇ。何がいい?菓子か、酒の肴とかか?」

ん?と土方が視線を合わせるよう覗き込む。勿論、特に何も意識していない。

それに春日は、頬までほんのり色付かせ。
桜色の薄い唇を少し躊躇いがちに開閉してから絞り出すよう、か細い声を出した


「…では、土産など構わないので。先生が本日御無事に帰営された曉には今夜どうか僕の部屋へ、」

「行きませんよ。」

と声がしたのは土方の背後の頭上

「お、島田。遅ぇぞ」

「御待たせしました。支度が整いましたので、吹雪く前にパッパッとチャチャッと即刻参りましょう先生」

「ぁあ、」

「島田殿。まだ土方先生とお話の途中なのだが…」

「大変に申し訳ございません。土方先生はこの後の御予定がそれはもう詰まっていまして」

島田はその大きな体を丁寧に折り曲げる

「春日先生がそれほど御気遣いなさるまでも無く、本日先生は台場を回れば二刻もせず本営へ帰還されますが。更に今夜は奉行並以上の会合が予定してあるので、先生の所へ出向かれる程の御時間はありません故、日を改めて」

一思いに言い切る島田。
そして最後の一言は無論、社交辞令と言うモノだ。
土方の頭一つ高い位置からの威圧感は半端ない。
ただ、そこで怯む春日でもなかった。
新選組もとい守衛と言うか主に島田を恐れては土方に言い寄れないのだ。

「例え二刻もせずと言われてもしかし、万が一と…」

「それはまた縁起でも無い事を申されますな。御心配は及びません。この島田がお側に居る限り万が一など有り得る筈も無い。それとも春日先生はこの土方先生が易々と御倒れになると?」

「まさか、とんでもない」

「そうで御座いましょう。御承知のようであればこの話しはここまでに。御時間が無いので平に御留意下さい。ささ、土方先生お早く」

「分ァったから急かすなって」


「え、ちょ、土方先生!あ、お気をつけて!」

「悪ィな春日、そんじゃあ土産は適当に見繕ってやるから」

と、土方が言い残した途端に戸が閉じられた直後、

春日は派手に舌打ちした。

幸いそこが玄関で近くに人目は無かったが。密かに春日の美しさや上品さに思春期の淡い幻想染みた憧れを抱くような兵卒でも居たら、目を疑うこと間違いなかっただろう。

それでも戸から頭を返した瞬間に春日の機嫌は治ってしまった。
着流しで玄関に居るのは篦棒に寒く、土方が居れば別だが、実は限界も近かったので早々と部屋へ戻る事にする。
そして土方が自ら選んでくれると言った土産に盛大に期待する事にした。
雑貨など物なら墓まで持って行くつもりだが、食べ物であれば出来るだけ保存が可能なモノが良い。などと



しかし、土方の土産は会合に出された箱折の茶菓子。
それをセッティングした役の田村から、春日の分だと一つ受け取るのは後の事だ





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