土×榎novelA

□笑って許して
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「アチッ…!」

「あん?どうした?」

「コーヒーでヤケドした」

「どこ?」

「ここ」




職務時間真っ只中の奉行所の一室に榎本と土方が居た。
それは別に何も特別な事でも不思議な事でも無い。
ただ、ソファーでピッタリ隣り合わせて座る2人が、
時々、今にも唇がくっ付きそうなくらいの距離で囁き合ったり。指と指を絡ませ悪戯に遊んでいたり。
ちょっと…いや、かなり、イチャイチャとこの上無く五月蝿い事になっている。

人目も憚らずと言っても、榎本と土方が居るような所にそう容易く兵卒が来られる訳も無く。
そのうえ、元から周囲の目など気にするような質でも無い彼ら。
榎本は暇を見付けては土方の所へ押し掛け、ベッタリひっ付き。
土方はそれを口先では抗議して邪険にしておきながら、呆れてもやはり強く拒む事も怒る事もせず。
スキンシップを求める榎本の好き勝手にさせ。自覚が有るのか無いのか仕舞いには完全に許してしまうと
それは、端から見たら2人だけの別世界の有り様。
それはもう自由奔放に2人で好きなように2人の時間を過している訳で。
もう一度言うが、今は真っ昼間の職務時間内のため、土方の取り巻き(添役)ですら出払っているし。奉行所内に残ってる奴が少ないようでいつもより静かだ。
ただ、それだけのこと。

しかしその所為で一人派手に被害を被る奴が居る


「なぁ…、遊ぶのも茶を呑むのも構わんが、この部屋から出てってくれないか?」

大鳥は格闘していた書類をグシャッと握り潰す。
尋常じゃない脂汗を額に滲ませ。顔色は真っ青だ。
今まで側にあるソファーを無視し続けていたが、遂に堪忍袋の緒に限界が来たらしい

「はぁ?なに言ってンだよ大鳥さん。出てけっつっても、俺はソレを待ってんだぞ?」

土方は大鳥が握る書類を人差し指で差した。もう片方の手は榎本に預けている。
そして、その腕に絡らまる榎本も頷く

「ソレが終わらないと土方くん動けないんでしょ?私まで待たされてんだから、早くしてよ」

「そうだ、遊んでねぇよ。アンタが終わらねぇから、コッチは暇なんだろうが」

指を絡めたまま2人は目配せし合って、口々に大鳥に文句を言い出した。

そう、ここは大鳥と土方が共同で使う執務室。
土方と大鳥は上下関係だから土方は手が空いていても大鳥の仕事を待っていて。
土方と出掛けたい榎本は、土方が解放されるのを待っているだけ。
大鳥次第で行動したい為、下手に動く事も出来ず部屋に大人しく居るだけだと2人は何も悪く無い事のように言うが

それで先程のような諸行だ。気が散って仕方無いし。迷惑な事この上ない。
そのうえ遅いとか待ちくたびれたなど文句まで言われては理不尽も極まりない。
声を掛けた今まで我慢して堪え抜いていた自分を大鳥は誉めてやりたいくらいだ

幾ら人目が無い(大鳥はとっくに眼中に入れてもらえて無い)からと言って、
火鉢で寒く無い部屋でやけにベタベタ身を寄せ合って
更にコソコソ他愛無い冗談などを言い合っているらしく、ソコはもう別世界。
土方も幾ら手が空いているからと言っても大概にして欲しい。
と大鳥が今度こそ怒鳴り散らしてやろうか。と思った矢先に

「もうお仕舞ェか?」

「ホラね、ちゅーまで堪えられないって言ったじゃん。これで賭けは私の勝ちだね」

「…賭け?釜さん、何の話だよ」

「暇潰しに圭介がいつ突っ込んで来るか、賭けたんだけどさ」

「いやー…大鳥さん意外と根性ねぇンだな。もうちったァイケると思ったんだけどよ」

「やっぱ関西の血が入ってるからかな?約束通り今日のお昼は外で奢りね、土方くん」

「チッ、洋食かよ」

「…………。」

いけしゃあしゃあと楽し気な気心の知れた仲だからと思い遣りに欠ける現上司と敬いも遠慮も無い部下。

間に位置する大鳥は、仲が良くて何よりだろ。喧嘩をされるよりマシだ。と必死に思い込む事にした。
己が被害者だとは思いたくない。そもそも、この位置関係に有る事で自分の命運は既に尽きている。
悔やむとしたら、本日は要の松平が不在な事と、次第によっては救世主に成っただろう添役島田や、大鳥が絶大に信頼を寄せる本田も出払っていると言う事だ

「君らはアレか、僕の神経を磨り減らしたいのか?」

「大鳥さん、アンタの図太い神経なら多少磨り減ったくらいが丁度いいンじゃねぇか?」

「なんだとォっ!!」

「いーから、早くしてって圭介。土方くんも邪魔しないの!出るのがもっと遅れちゃうし」

大鳥は深々と溜め息を吐き出して机に向かい直した。
己が終われば出ていくと言っているのだから、
ならばさっさと追い出してしまうしかこの不愉快さを解消する術は無い。

「邪魔している自覚が有るなら黙ってくれよ。もしくは釜さんの部屋で待っててくれ」

「いいや、俺に何か聞きてぇ事とか言いたい事あればと思ってよ。奉行にそんな手間を取らせる訳にはいかねぇだろ?」

「僕の言う事に耳を貸す気も無いクセにどの面下げて言ってンだ君はっ!?」

「そりゃ酷ぇ言い草だな。いつも聞くだけ聞いてるじゃねぇか。従うかは別なだけで」

「有り難くも何ともない気遣いだ!それに釜さんまで一緒に待ってる事も無いじゃないか」

「私はアレだよ。応援…?うん、応援してるし。改めてこう見ると頑張ってくれてるなって凄く感謝する」

「うっさいわっっ!!何が感謝だ!取って付けたようにっ!嫌味か!?ソレ嫌味だろ!!」

一人自棄になり猛然と机に向かいながらヒートアップしてゆく大鳥。
土方は、ギャアギャア喚く声を尻目に、
それを面白がって笑っている隣の榎本を見て、ニヤリ、悪童の微笑を浮かべ。

「榎本さん…?」

不意に名を呼び、
妙な声を出した榎本の顎を指先で捉え、近付けば榎本は目を見開く。
驚く榎本に、笑みを隠さず土方は斜めの角度から唇を掠めるよう救い上げ触れた。
それはほんの一瞬の出来事

「滲みた?ソコ、さっき火傷しただろ」

「いや、ビックリしたけど痛くなかった…」

「そらァよかった」

呆気にとられるばかりで、僅かに頬を上気させながら答える榎本に、土方は喉を鳴らして笑い。
榎本の後ろまで伸ばして背凭れに乗せていた腕で榎本の肩を引き寄せ、頭に掌を翳す

「舐めたら治るかもよ」

「もう一回しろってか」

「してくんないの?」

榎本は土方の膝に手を置いて密着し2人の間の隙間を完全に無くして、顔を伸ばすと目を綴じた。
それに、土方はハイハイと生返事を返すが、勿論それは口頭だけで
共に弧を描く唇が2つ再び近付いていく。
あと数ミリで重なり合う時、2人の為なら時間さえも止まりそうなその刹那、

ブッツン。と言う音を立て、とうとう大鳥がガタン!と椅子を跳ね避け立ち上がった

「馬鹿共はとっとと出て行けえぇええェ…!!」

2人が(土方が)待っていたと言う書類をスパーンっ!と投げ付け、それを上手く片掌で掴んだ土方。

「ったく、ホント伸長も気も短ぇ男だな」

「やかましぃっ!!君には言われとう無いわっ!」

「うわ、ピストルって!?土方くん退却退却ー!」

「じゃあな大鳥さん。コレは後で目を通す」


遂に武器まで持ち出し口調に地まで丸出した大鳥から
速やかに2人は部屋を転がるよう飛び出して、笑った
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