土×榎novelA

□SERENADE-前編-
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「で、衆道の添い遂げかただよね」

「ぅ・・・ん。」

「男同士も、論理は男女と変わらないよ。挿れて出す。それだけ」

「・・・・・。」

いや、ホントに、こんなにあっけらかんとしてるのは職業柄だから。

「それがイマイチ理解出来ないって言うか…一体ソレはドコで…??」

「言ってもいいんだけど…、言ったらきっと、釜さん泣くかもしれないしなぁ」

「は─…?」

目を細めコーヒーを啜りながら何かを考え始めた先生は、一口飲んで、カップをソーサーへ戻した後、
机に頬杖をついて真っ直ぐこっちを見る。

いやに優しそうな目で

「あのさ、釜さんがその気なら、その時になって分かる事なんだから。やっぱり、いま焦って知る必要は無くない?」

「でもさ、もしだよ。少し、不覚にも、思わず、迂闊に、本当にもしも、万が一に、ほんの少しだけ、その気になってその時になったとしたら、どうすればいいのか分からないとさ…ね?」

「じゃあ万が一にも、そう思うかもしれない見込みがあるわけ?」

「・・・・・。」

「それは肯定の意味の沈黙かな?」

「…微塵も無いわけじゃ、無いかもしれないような、気がしなくもない、くらい、だよ…?」

なんか、この微妙な言葉のやり取りが面倒になってきてしまった。
元より、それほど気が長いような自覚は無いし。
こうハッキリしない論議が苦手なのは、昔からの性かもしれない

「先生、そんなにも説明しにくい事なの?」

「いいや、説明し辛い事では無いし。したくないわけじゃ無いよ。ただ、する必要が有るかどうかと」

「じゃあ、どうか、そこを一つお願いします」

テーブルに三つ指ついてお願いしてみた。
士道を重んじるなら…とか、士道を重んじてるから…とか、ああも言われちゃ黙ってられないのも確かで。
これは切羽詰まってる証拠なのかも


「釜さんがそこまで言うなら、仕方無い」

うん、と頷くのを聞いて、顔を上げるとテーブル越しに柔く微笑まれた。

「先に一つ、提言しておくけど。衆道の契りは、絶するほど辛いんだよ」

「つ、辛い…?」

「まぁ、女性も始めては痛いモノだし」

「あ〜…うん…。」

「それと己の根性と気合と、プライドが試される感じかな?」

「…さっぱりその状況が想像出来ないんだけど…」

「エトワール凱旋門から飛び降りるくらいの覚悟が、必要かもしれない」

「………。」

ソレ、清水の舞台から飛び降りるってやつじゃないかな?これでも互いに日本人なんだから。

そんな事より、気合と根性が必要でプライドが試されるようなモノって…?

「相当な手練れの技術が無いと、とてもじゃないけど無理だろうね」

「そんなに難しい?」

「けして脅してるわけじゃなく。事実だよ」

人差し指を立てる外人めいた仕草が様になって、妙な説得力がある。

「ま、釜さんも男の子だから我慢くらい出来るよね?それに、土方さんなら問題無さそうだし…」

「し、知らないしっ!彼は関係無いんだってばっ!!」

確か昨夜も同じ事を聞いた気がする。何を根拠に言ってるんだか、分からない訳じゃ無いけどさ…

あくまでも他人事と言い張っても笑い事にされ、受け流しながらコーヒーを優雅に楽しみ続ける先生。
自分もまた咄嗟に声を張り上げてしまって急激に喉が渇いたためカップを握る。
端から見れば普通のティータイム。話の内容はどうかと思うけど



「それで、方法ってのは」

切り出したその時、扉が2回ノックされた。
そして、事もあろうに外から呼ぶ声は彼だった。

思わず向かい側の先生と顔を見合わせると、先生が今日一番爽やかに微笑んだ

「噂をすれば、だね」

椅子から腰を浮かせると、先生は扉を中から開いた

「こんにちは、土方さん」

「ぉう、…高松?」

「釜さんなら居ますよ」

「悪ィ邪魔したか」

「いいえ、私の話しは済みましたので」

えぇええーーーーっ!!
何も済んでなくない!?
なに言っちゃってんの!!

とか口にも出せず唖然としてると、入口で先生は爽やかに微笑んだまま、首を傾げてる彼を尻目に

「じゃあ失礼するよ」

「ちょ、凌ちゃ─…」

「きっと大丈夫だって」

なにが!?何が大丈夫なの!?何を根拠にそう言ってるの!?
と聞き返す前に、またね。と手を降って先生は出て行った

コレじゃ結局なにも解決してないじゃんっ!!

「人が頭まで下げたのにーっ!」

追い掛けて入口から顔だけ出して叫んでも、
振り向きもしない先生の背中は廊下の角を曲がって、見えなくなった


「オイ、榎本さん?」

入口の脇に立ち尽くす彼に不思議そうに見下ろされる

不測の事態発生……っ!!


ホントは、なんとか誤魔化して面会を謝絶し、扉を閉じてしまいたかったので、ドアノブを握ったけども、
出立の事に関してとか仕事の話しだったら…と思った。
うん。きっとそうに違いない。他に用なんて無いだろうしね

「な、何か問題あった?」

「いや、特にねぇけど…」

ねぇのかよっ!!
いやいや、あったら確かに困るし!無くていいんだけども!!

ぉおお落ち着こうか自分!
取り合えず落ち着いて。

下戸だから酒を呑みに来た訳じゃないだろうけど、
そりゃ仮にも一応は慕う仲なんだし…?
仕事の合間に様子くらい見に来ても不思議じゃないのかもしれないし?


まだ上手く顔を合わせる事も出来なく顔を伏せたまま聞いた

「じゃあ、なに…?」

「急ぎとかじゃねぇよ…。アンタ、どっか調子でも悪ぃのかよ」

「え、ッ!!」

見上げたところを覗き込まれ顔が直ぐ間近に近付き、反射的に一歩後ずさった

「…どうした?」

「べべ別になんでも」

「呂律おかしいぞ。疲れてんじゃね?いま高松に診てもらったか?」

そんな、呂律が回らなくなるって、どんな疲れの症状デスカ?
それより、医者と居た事で彼は何か誤解してるみたい

「昼をね、一緒に食べてただけ…」

「そうか」

入口の境に立ったまま勝手に入ろうとはしない彼。
そして、ドアノブを触ってるけど未だに招き入れようとしてない私。

「ぁ、なか入る?」

「…いい。やっぱ出直す」

「え、…?」

「ホントに、具合悪いとかじゃねぇンだな?」

それは勿論ホントの事だから笑って頷くと、
彼は少し何かを考え込んだ後に、身長差ぶん僅に屈み視線が真っ直ぐ合わさる位置に来た

その顔は改まって見る迄も無く端整で、まるで黒真珠のような深い色の眼に、
自分のたじろぐ姿が移る。

鼻先がぶつかりそうなくらい、ゆっくり近付いて、
それが交差し更に距離が無くなって、
寸前に目蓋を硬く綴じた。そうしないといけない気もしからで

「っ…」

思わず息まで詰まった。
その時、クスッと吹き出された音がする


「なっ!?…ゎ、笑っ…」

「つい、悪気はねぇ…」

クツクツと喉で腹まで抱えて笑われ、自分の頬が一瞬で焼けるよう熱くなったのが分かった。
ひ、人が(勝手に)どんなに今この瞬間に神経を磨り減らした事か知りもしないでっ!


「最低!用が無いならもう早く戻りなよっ!」

「分ァった。そう怒るな」

今からでもさっさと五稜郭行っちゃえば!と言おうとしたけど、それは、
次はホントに唇が口に当たって来て塞がれてしまい。叶わなかった


直ぐにそれは離れたけど、息が掛かるくらいの視点が合うギリギリの距離に、
まだ笑ったまんまの彼の顔がある


「それじゃ今夜、出向く」

「ょ…、夜に……?」


「あぁ。夜に。」


最後に口端だけを器用に吊り上げ、有無の返事を聞かないで彼は身を翻し、立ち去った。
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