土×榎novelA
□SERENADE-前編-
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二日酔いも無く。酒は微塵も残っていない。
だけど朝からずっと、あの話は頭から抜けなかった
「あ、榎本さん」
「っ─…!?」
廊下で背後からした声に、思わず過剰に肩が跳ね。
恐る恐る振り向いた所には、紙を手にして立っているタロさんが居た。
「おはようございます」
「うん、おはよ…」
で、何故かホッと胸を撫で下ろす。
声をよく聞いたら低くてもまったく違うのに、動揺は隠せなかった。
悪口でも無ければ、名前が出ただけで彼の噂話と言う訳じゃ無いけども、
あんな話を酒の肴にしていたのは、ちょっと後ろめたくて。
今はまだ、まともに顔すら見れそうも無い気がする…
「どうしました?」
「いや、何でも無い。」
慌てて首を横に振り、用件を促した。
錨をやっと降ろした昨日に大体の手筈は会議で一通り決まったし。後は、陸軍の支度が整い次第に出立して行くのを待つのみ。
勿論、自分はその現状を報告されるだけ。
だから、それを岸で統括している彼とは、何か起こるか、鉢合わせでもしない限り出立まで会う事が無いかもしれなくて
それは、それで、面白くないけども…
「…─それと、高松さんがもう一度、今後についてお話がしたいと」
「あぁ、そうだね。医療は一任してくれたけど設備の事とかあるか─…」
「お時間がある時に声を掛けてみて下さい」
「分かった。コレは確かに預るよ」
紙を受け取った時に丁度、廊下の奥から「タロさん」と圭介の呼ぶ声がして。
一礼してから向かって行くのに後は宜しくと労って見送った。
書面に連なる文字を目で追い、余所見してようが身体の覚えてる間隔に従って艦長室の扉を開け。
パタンと後ろで閉じた音がしたと同時にハタと気付く
身体の事は医者に聞くのが手っ取り早いって事に
名前しか知ら無いけど陰間なんて言う衆道の職業が成り立つんだから、男同士にはきっと何らかの特殊な方法があるのかもしれない。
もっとも!実践するとか、しないとか、そうじゃなくて。一応、知っておくくらいは常識(?)としてさ
それに、医学を多少はかじってるとか言うあのチャラけた町医息子のオジサンは付き合い長いけど
聞いたところで何かと喚かれたら面倒くさいし。沢さんと同じような少し説教染みた小言を言われるのも癪だし。
欧州の国は仏国帰りで、
暇を見付けてよく話をしたら、あのお菓子が美味しいとかコーヒー豆はどれが良いとか趣味も気も合い。
気付いたら直ぐに意気投合してた凌ちゃんなら、
気兼ね無く仕事の話しついでに、それとなく聞けそう
と、昼食も一緒にどうかと誘ったら快く受けてくれて部屋に招いた。
二人じゃないと聞けないし、これなら落ち着いて話せるし一石二鳥。
「…じゃあ、後は向こうに着いたらだね。」
一通り纏まったところで席を立ち。食後の飲物を入れにセットが揃うコンソールテーブルに向かう
「さっそく、取り掛かれるようタロちゃんに伝えておくから」
「うん、お願いします」
ごちそうさま、と丁寧に手を揃えて食器を重ねるのを見計らって、お茶や紅葉も有るけどコーヒーで良いかを一応聞いておく。
酒はこの時間帯だと見付かったら怒られるし。
互いに向こうに居た期間が長いから食後は決まってお茶よりコーヒーだけども
「大半の下船は明日の朝から始めるの?」
「その予定だから、まず先に降りて岸で待機しててもらうつもり」
「やっぱり雪は止みそうにないかな…」
「吹雪きまでじゃないけど、常に風はあるし。ボートの転覆は視野に入れた方がいいかもしれない」
マイセンのポットからそのポットと揃いのカップ2つに湯気を立てながら注ぐ。
それを持って席に座る前にソーサーごと手渡した。
自分が座る間に向かい側では、カチャと音が鳴る。
一口啜るその一連の動作はさすが全て上品な仕草で、美味しいと言ってくれた
「それに、上陸が始まれば近くで戦闘も幾つか有るだろうから。人手も専門家も少ないところに、負担は大きいね」
「それは構わないよ。小野さんもさっそく張り切ってるみたいで。目ぼしい人にも声掛けてる」
「じゃあ、着いた暁には、なんとか体制は整いそう?」
「まぁね。大半を会津藩士に頼るとなれば、土方さんの配下だから。人員の調整はあの人とも詳しく─…、…釜さん?」
「……ん?…なに?」
「手、貸してごらん」
いきなり突然、何で?と聞き返す前に、カップを握ってた両手の右手だけを手に取られ。
掴まれた手首を人差し指と中指の指先で触られる。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
暫しの静寂。何処からともなくギシッと極々小さな船の軋む音が聞こえた
そして、穏やかにニコリと
「脈がちょっと速いんじゃない?」
「…は?」
「いや、いま少し顔の血色がよくなったから。どうしたかと思って、ね?」
って、綻ぶ笑顔のまま頸を傾げられた。
となれば、もう素直に白状しますよ。
「はいはい、動揺しました。原因は土方くんです」
「名前だけで動悸とはね。これは相当、重症だ─…」
「じ、重症ってッッ?!」
あー、もー、
隠したつもりも無ければ、自分ですら今ので顔色一つ変えた感覚も意識した覚えもまったく無かったのに、
流石は人の顔色を見るプロ。と、感心していいのかなコレ
「診料はコーヒーもう一杯分でいいよ」
相変わらず爽やかな笑顔で、話があるなら聞くと言う方便でコーヒーのおかわり催促。
察しが良すぎるのも怖い。
まぁ、今日のところは助かるけど。
ポットをサイドから取って、空になってた凌ちゃんのカップに傾け。
自分の所にも減った分だけ注いだ。
そしてポットをテーブルに置いて座り直すのも終わって、落ち着いて切り出す
「アレは、今は置いておいてね─…」
「うん…?」
アレとか言ってごめん…。と手前勝手だけど謝罪しておく。
取り敢えず彼は関係無いって事を前提にしなければ。
後は、前置きとか苦手だから上手く動かない口を叱咤し何とか単刀直入に聞いてみる
「…─ど、同性の粋事って…知ってる?」
「うん、知ってる」
「じゃぁ…その─…仕組みとかは…?」
「解るよ」
何とも呆気ない口振り…。きっとコレも職業柄なんだろうけど。
とにかく疑問点の解決口が見付かった事に安堵しとくべきだ。
「そっか、土方さんと契り交わすんだ…。釜さんも、以外と古風に拘るね」
「違っ─…だから、ソレは関係無いってッッ!!」
思わずテーブルを叩き上げて腰を浮かした反動で茶器がカチャン!と跳ねた。
それより今度はソレとか言っちゃってゴメンね。とも片隅で考えときながら、
自分が勝手に疑問に思ってるだけだと言う事を、アタフタ空回りしながら手振りで何とか説明したけど。
ふーん、と素っ気なく適当に流された。明らかに信じてもらえて無い
「そもそも、何も分からないのに、交わすとか云々も無いわけだよっ!?判断はそれからでしょっ!!」
だから質問した。と自分でも知らぬ間に声が大きくなってる
「それもそうだね」
とても穏やかに一つ咲笑われ。自分も、何とか落ち着こうと椅子に座り直した