土×榎novelA

□誘うサボンの香り
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土方が玄関前の廊下に差し掛かると丁度のとき榎本が帰って来たのに出会した。

「ただいま」

「ご苦労さん」

痛そうなくらい耳が赤く、鼻先と頬も色付いている顔を綻ばせる。
外套にも帽子にも一杯の雪を乗せていて、一緒に雪まみれなお供の大塚が懸命に払っているが、室内の気温にみるみる溶けて濡れてくばかりだ

「また降りだしたか?昼間は治まってたが」

「途中からね。かなり吹雪いてきてさー」

榎本は言いながら中へ上がり込み、土方に

「何も見えなくなってー、暗いし寒いしホント滅入るよねー。ちょっと暖めて!」

大塚が小さく、あ、と声を出したと同時に榎本は、
両腕を大きく広げて土方に飛び付こうとしたが、腕はスカッと空振った。
榎本を避けて半歩下がった位置に居る土方が清ました顔で一つ鼻を鳴らす

「冷たいから寄るな。俺まで濡れるじゃねぇか」

「君の方が冷たいっ!暖めてやろうって気は無いの?総裁が凍えちゃうよ?」

「凍えてろよ」

「お帰りのちゅーくらい、してくれたっていーじゃん」

欧米ジョークか本気なのか
口を尖らせそんな文句を垂れる榎本は、居た堪れなさそうな脇の大塚など気にしていない。

「どこ行ってたんだ?また港か?」

「うん」

「船の音でも聴いてたんだろ。ホント好きだな」

「吹雪いてて時化てたし。それどころじゃなかったけどさ」

外套と帽子を大塚に預け、中に上がり。土方と並んで廊下を進んだ

「部屋は後で行くね」

「今じゃなくてか」

榎本が歩みを止めて、土方も止まる。
因みに半歩後ろに居る大塚も止まるしか無い

「まず早く熱い風呂入ってー、着替えてー、熱燗を呑んでから」

「俺はその後かよ」

「後だよ。このままだと寒いし、濡れたまま近付いちゃダメなんでしょ?」

肩をすぼめて血色が落ち着いた顔に悪戯な笑みを浮かべる。
土方は小さく舌打ちして、髪を後ろ手に掻いた

「ったく…じゃあ先に風呂入って来い。熱燗は部屋に置いとくから」

「付き合ってくれるの?」

「少しなら」

「…珍しいね」

「今夜も冷えてるからだ。たまにはな」

土方は言いながら、榎本の濡れて肌に張り付いている前髪をかき上げ、その額に一つ口付けた。
廊下に他の人の気が無い事を知っていて、土方すらも脇の大塚の存在は空気扱いである。
その大塚は相変わらず吹雪く窓の外を眺めていたが


「また、後でね」

榎本は最後にもう一度言って笑みをふり撒き小走りで奥へ向かった。
外を見ていた大塚が出遅れたが、そこへ土方から声を掛けられた。

「飯は街で食って来たのか?」

「いいえ、まだです」

「そうか。君も早く着替えろよ、風邪ひく」

一言そう労って、背中を見せ掌をヒラつかせて行った土方を大塚は思わず見送っていた
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