土×榎novelA

□猫に構う人は誰でも優しく見える法則
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箱館山の麓にある海鮮問屋丁サの裏に、子猫が捨てられていた。
それに気づいたのは、問屋の商人でもなく、屋敷を間借りしている住人でもなく、その日、屋敷を訪れる約束をしていた榎本だった。
狭い木箱の中で、小さな身体を寄せ合うようにして丸くなっている毛玉が数匹。
榎本は、その木箱の中身を見つめたまま、動けないでいた。
猫を好きか嫌いかと問われれば、嫌いではないと答える。
けれど、何故だか猫たちは悉く榎本のことを嫌った。
野良猫は言うに及ばず、目が合えばすぐさま逃亡。
他の人間相手には喉を鳴らして甘えている猫ですら、榎本を見た途端、ぶわっと毛を逆立て逃げていく。
こうなると、榎本自身を嫌っているとしか思えなくて。
別に、そんなに大好きというわけではない。が、こうもあからさまに嫌われると、少し悲しい。
極稀に負けん気が強いのか逃げない猫もいるが、そういう猫に手を伸ばしてみると引っ掻かれるのがオチだと学んでからは、一切猫に触れていない。
が、今目の前にいる子猫たちは明らかに弱っていて、自分に助けを求めているような気がした。

「………」

なんだこの事態は…と子猫をじっと見つめたまま、小一時間。
土方との約束はとうに過ぎている。分かっていたが、どうにもこの場から動けない。
どうしようかと、考えあぐねた時、不意にがらっと引き戸が開かれる音が聞こえた。

「……アンタ、来ねぇと思ったら、そんなトコで何やってんだ?」

「う、あ…」

「寒ィだろうが、早く上がって来いよ…って、何だソレ?」

呆れたように言いながら近づいてきた土方が、榎本の足元にある木箱に気付き目を丸くする。
更に近づいてきた土方は、榎本の横から中を覗き込むと、へぇと声を漏らした。

「子猫じゃねぇか。捨てられちまったか?」

なんと、その場にしゃがみ込んだ土方は躊躇うことなく手慣れた様子で子猫を抱き上げた。
小さな命は、みゃーと鳴いて、何事か訴え。視線を合わせる土方は苦笑を見せた。
その顔は微笑ましく、榎本は、うわ何だその顔は、と不意に見入った。
このパターンはアレだ。正しく不良少年が捨て猫に優しく接している所を目撃しちゃった衝撃と相違する。
そしてその手が温かく、とても優しいものとも知っているから、子猫も嬉しいのだろうかと、榎本はぼんやり想像した。

「ちっせェなぁ。寒かっただろう。…よし、お前らも来るか?」

「え、連れてくの?」

「このままだと、かなり後味の悪い事になるぞ。ま、里親探すにしても綺麗にしてやんねーとな」

腹減ってんだろ、と子猫に語り掛ける土方は猫は苦手ではないらしい。ついでに言えば、自分のように嫌われる事も無いようだ。
木箱ごと抱えた土方は、少し歩を進めると、榎本がついて来るのを待つ。

「…いつもそんな事やってるの?」

「いいや。…誰かさんが、すげー思い詰めた顔で見てっから。ほっとけねぇじゃねぇか」

「なんで私の所為?!」

「うるせぇな、寒ィんだよ。テメェも早く来い」

「…っ」

今度は立ち止まることなく土方は丁サに入って行った。榎本がついて来るのを確信しているような態度に腹が立つが、子猫のことも気になって、結局榎本は土方の後を追う。
何だかいいところを取られたようで癪だったが。





「オラ、とりあえずこれでいいだろ。で、アンタは、なんでそんなトコ突っ立ってんだ。こっち来いって」

屋敷に足を踏み入れた後、榎本は土方に言い付けられるまま、パタパタと動き回り猫の世話の手伝いをした。
が、それは湯を張ったり餌を用意したりしただけで、榎本は頑なに猫に近寄ろうとはしなかった。
近づいて、まだ目が開いて間もない子猫にまで嫌がられたら、流石に傷つく。
それでも、一通り世話が済んでしまえば、近寄らざるを得ない。
柔らかい毛布の敷かれた木箱の中で、みぃみぃ鳴いている子猫に、榎本は恐る恐る近寄った。

「何でそんな逃げ腰なんだよ。猫嫌いか?」

「…嫌いじゃなくて、嫌われるから…」

「は?」

「猫に好かれた事無いの!悪ィ!?」

恥ずかしいやら情けないやらで、つい怒鳴ってしまう。
一瞬、きょとんと目を丸くした土方は、少し考え込むと、木箱の中にいる一匹を、ひょいと抱えた。

「ほらよ」

「え…ッ!?」

両前足の脇に手を差し入れられ、ぷらんと下肢を揺らしている子猫を眼前に突き出されて、榎本は思わず後退る。
ぶらぶら、左右に揺らされている白い毛並の子猫は特に嫌がる様子も見せず、されるがままだ。
その円らな瞳が、榎本をじぃっと見詰めているような気がするのは自分の勘違いだろうか。

「んな怖がんなって。大丈夫だから、触ってみ?」

「だ、誰が怖がってるって!?…って、こっちやんないでよっ!!嫌っ、っ」

「…オイオイ、何かいけない事してるみてぇだから、その声ヤめろや」

「はぁ!?」

「ちょっと触るだけだろーが。別に嫌がりゃしねーよソイツ」

じりじりと後退を続ける榎本にS心を擽られたのか、目の奥に微かな欲の灯を点けた土方は、子猫を床に下ろすと、その尻をポンと叩いた。

「そんなの、分かんないじゃん…」

今まで散々嫌われてきたのだ。子猫にだって嫌われるに決まっている。
半ばいじけた気持ちで言えば、土方は後ろ頭を掻いて、言葉を次いだ。

「ソイツ、さっきからアンタの動きに反応してキョロキョロしてるぞ。多分、お前のこと好きなんじゃねーの」

「そンな訳…」

否定しようとして、続きは喉奥に消える。
尻を叩かれた子猫が、行けと促されたと感じたのか、よたよたと覚束ない足取りで、榎本の方に歩き始めたのだ。
まるで母猫を探すように、時折みゃあと鳴きながら、榎本の足元に辿り着く。

「……ッ!!」

床に座り込んだ榎本の膝に、小さな生き物の頭が擦り付けられる。
その感触に、何かが弾けたが、榎本には今、自分の感情が把握出来ていなかった。
ただ、猫の存在を、こんなに近くに感じたことは無い。

「ほらな、やっぱりアンタのこと好きなんじゃね?」

「う、あ…ひ、土方くん、コレ…」

どうしたらいい、と戸惑う榎本は、眉尻を下げ、おろおろしながら問うた。
あまりの狼狽ぶりに、思わず噴き出しかけた土方は、何とか堪えて口を開く。

「抱いてやれよ」

たしっ、と榎本の膝に前足を置いて、白い子猫がにゃあと鳴いた。
まるでそれが望みだとでも言うように。

「…………」

暫く、土方と子猫を交互に見ていた榎本は、やがて唇を引き結ぶと、意を決したように、子猫に手を伸ばした。
途端、指先に触れる柔らかい毛並に、温かい身体。
どう抱いていいか分からず、両手に乗せるようにして抱き上げた。

「あ、わ…」

や、柔い。ふにゃふにゃしてる。少し力を込めたら壊してしまいそうだ。
けれど、その温かな体温は、とても心地よくて。
子猫を手のひらに乗せたまま、胸に引き寄せると、小さな爪を出して着流しにしがみついてくる力が意外に強い。
そっと頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じてゴロゴロ喉を鳴らし出す。

「可愛いだろ?」

「……うん」

反駁もせず、素直に頷いた榎本は、初めて触った猫に夢中だ。
その微笑ましい光景に口元を緩めていた土方だが、


それから数時間、あまりに榎本が猫に夢中で、次第に不機嫌になってくる

「おい」

「ん?」

ずいっ、と顔を寄せてきた土方に、榎本は首を傾げた

「いつまで触ってんだよ。俺はほったらかしか」

「…後でね」

「猫優先!?」

いつもなら屋敷に来るなり早々、五月蝿いくらい引っ付いて離れない奴が、その態度。
土方は不満をぶちまける。

「だって、猫なんて今度はいつ触れるか分かんないじゃん」

君にはいつでも触れるから。と言えば、土方は何故か俺も構って攻撃をやめて、ピシリと固まった。
こんなになついてくれる猫なんて、この先いるか分からないが、
土方には後でも触れるからいいかと思った自分の思考が、だいぶ、ふやけていることに榎本は気づかない。

「どうかした?」

「いつになく素直なアンタに喜べばいいのか、猫扱いに嘆けばいいのか分かんねー…。なにコレ、猫効果…?」

「はぁ?」

怪訝そうな顔をする榎本と、猫に嫉妬する土方を後目に、子猫は、にゃあんと鳴いて榎本の手に身体を擦り寄せるのだった。



終  執筆 2.22





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