土×榎novelA

□とりっくおあとりーと!
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誰が言い出したか、こりゃどういう了見だなんてものは、この際すでにどうでもいい。
問題なのは、何故この面子に彼が含まれているかの方だ。



「とりっくおあとりーと!」

祭りごとが大好きな日本人(寧ろ榎本)が、ひょいと食いついて齧った、10月最後の日。
現地のように仮装をした子供達が家々を回るという事は中々広まっていないはずなのに、今、こうして土方の目の前には仮装した子供達──鉄、玉、銀、が両手を広げて楽しそうな声を上げていた。
扉を開けたことを後悔したのは、そのせいではない。原因は、その中で一際大きな『子供』も、にっこりと大きな掌を土方に向けて差し出していることだ。

「Trick or Treat?」

「何やってんだ…テメェ」

隣の部屋から大鳥の呼ぶ声が聞こえ、子供達がそっちの中へ招き入れられたのをいいことに、土方はドアの前に立ちはだかり、ニコニコと楽しそうな男を半ば呆れた気持ちで見下ろした。
頭から生えている耳は、いかにも触り心地がよさそうなふわふわとした獣のもので、背後には同じくふさふさとした犬のような尻尾が垂れ下がっている。
黒いトンガリ帽とマントの市村、同じくマントで牙を付けた田村、そして包帯を体に巻き付けた玉置、
恐らく彼らの衣装も完成度から見て榎本が準備ものだろう。尤も、玉置に関しては若干の手抜きを感じなくも無いけれど。

「何って、見りゃ分かるじゃん?」

「子守りか、いつもすまねぇな。ほら、犬なら犬らしく喜んで庭走ってこい」

「子守りじゃないし。犬でもない。狼だよ。君わかってて言ってるよね」

頬を引き攣らせた榎本に、遠慮せず土方が声を溢して笑う。
側からはきゃっきゃとはしゃぐ3人と、お菓子を渡す大鳥の声が昼下がりの廊下に響いていた。

「で、お菓子ちょうだい。それともイタズラしていいの?」

「あぁ?欲しけりゃあそこに混ざってくりゃいいだろ」

昨夜、夕食後に大鳥に会うと菓子がどうとか言っていた事を思い出す。
丁寧にラッピングなんかもしてたから、何だと思っていたのだが、この襲撃を知っていたからこその準備だったようだ。
知らぬは自分ばかり。特に寂しくも興味もないが、榎本が絡んでいるとなるとそれはそれで、何やら別の感情が渦巻いてくる。
僅かに見え隠れする腹立たしさを土方は気付かない振りで、室内に踵を返そうとした。

「私は、君に言ってんの。君がくれなきゃ意味ないんだけど」

不意に腕を捕られて土方は、前のめりになりかけた体のまま背後を振り返った。
そこにはやはり、獣耳を生やして口端をにやりと吊り上げ犬歯を見せて笑んでいるが、どうも迫力に欠ける狼が一匹。
期待に満ちた面持ちで尻尾を振られては、寧ろこっちが獣になりそうだ。キャンキャン啼かせてみたい。
脳裏に過ぎった思いは土方の背筋をゾクリと粟立たせ、咄嗟に腕を引き離すことで僅かな抵抗を示した。
だって、まだ昼間だし。
けれどそれも直ぐさま腕を強く引き返されて、榎本とやたらに近い距離で対峙せざるを得なくなる。

「離せ。まだ仕事、」

「お菓子くれなきゃ、噛みついちゃうよ?」

そこに、はしゃぐ彼らのような可愛らしい意味合いはない。いや、可愛いと言うのはあながち間違いじゃないかもしれないが、
瞳は捕食者のそれで、ペロリ、榎本の赤い舌が唇を舐め。眼下に見えた光景に土方は小さく息を飲んだ。
覚えず鳴った喉が聞こえてしまったんじゃないかと焦りを隠すように、空いた手をズボンのポケットに入れた所が、かさりと小さく音を立てた。
そこからの行動は早いものだった。

「へっ…あっ!んぐっ!?」

焦る声を尻目に土方は、掌に取り出したものを、無理矢理に榎本の口に押し込んだ。
からん、と音がして、ちゃんと口に入ったことを確認する。

「おら、それも立派な菓子だぞ?有難く食え」

言ってニヤリと笑って見せた土方に、榎本は不機嫌を見せるように頬を膨らませて見せた。
拗ねた狼は、やっぱり怖いどころか耳の生えたその頭を撫で回したい衝動に駆られるが。ソレじゃ誤魔化したのが水の泡になりそうだから押し留まる。
昨夜、買い物から帰ってきた大鳥に飴玉を一つお裾分けされていたのだ。
異国語と何か不思議な絵が描かれたそれを、すぐ破くのはなんとなく躊躇われて、ポケットに突っ込んでおいたのが今の危機を救ってくれたらしい。
たまにはらしくないことを思うものだと、土方は内心で苦笑を溢した。

「な〜んだ。持ってたんだ。つまんないの」

「つまんなくて結構。あっちも呼んでるぞ?」

からころと飴を転がしながら、榎本は膝を抱えて不服を訴える。
その様は可愛らしいのだが、その実を知っているからこそ土方は折れない。この狼の牙は、隙を見せれば直ぐに肌に食い込んで来るのだ。

「あ、そうだ。君もこの後は一緒に行こうよ」

「は?この後?」

「うん、戸切地に行って、千代ヶ台行って弁天行って、後は全艦に襲撃」

「うわ、クソ迷惑…」

戸切地の星は博学だし祭事が好きだと言うが、千代ヶ台の中島は頑固で厳しい男だが何だかんだ言って榎本と付き合い長いから既に襲撃は想定しているかもしれない。
そして海軍に至っては寧ろ今か今かと待ち受けているであろう。おそらくは甘党奉行から手作り菓子で歓迎されそうだ。
更に組の屯所に菓子を頂戴しに行くなんて、そんな事に自分が付き合うことなど出来ようもないので、行かない、と口に出そうとしたのに、
にーっこりと微笑んだ榎本に、行こうね、と釘を刺されてしまった。
こんな無邪気な顔してこんな格好で尻尾を振りながら色んな場所を廻ると言うのか。ちっ、と内心でしたはずの舌打ちは、しっかりと外に出て、聞こえた榎本に笑みを浮かばせている。


「あ……」

「ん?」

「それじゃあ俺がアンタに言ってもいいんだよな?」
「なにを?」

立ち上がり、自分の横を行こうとした榎本に、ふと浮かんだイタズラを口にしてみた。
何てことはない。単なる戯れだ。ただ少し、榎本の焦った顔が見たくなっただけのこと。


「Trick or Treat?」

今度は自分の背後から楽しそうな声が聞こえる。次の誰かの部屋へまた3人組が廊下を嬉しそうに走って行く音。
その数瞬間、土方から出た意外な言葉に目を丸くさせ固まっている榎本。それだけでも、割と満足だ。
成功した暁に、喉を鳴らして笑ってやれば榎本の動く気配がする。
間近で拗ねられるかな、と思った矢先、やけに近いところでからんと飴の転がる音が聞こえた。

「……っ」

「はい、お菓子。コレも立派なお菓子、なんでしょ?」

今度は眼前で、榎本が赤い舌を出して見せた。そこに、先程押し込んだ飴玉は、ない。
側の衣紋掛けから土方の外套を榎本は取り上げ、はい行くよ〜、なんて暢気な声を耳にしながら、土方は、されるがままに手を引かれ、子供達が走って言った方へと足を踏み出した。
片手で口許を押さえたけれど、動揺で緩む目許は隠せないだろう。
榎本にやった小さな飴は、西洋の祭りとは関係なく、安っぽいニッキ味だった。









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今年も突っ込みどころ満載な感じでした。いや過去に副長が箱館に居ない10月最後の日を書いてしまってましたが、皆が箱館で穏やかにしてたらと思って下さい。

我が家では年齢・祭日・イベントは、サザ●さん方式を採らせて頂いております。




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