京都土方攻novel

□無力な雪
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深々と静かに漂う白い結晶が、
幾重にも重なって舞い降りる夜

暦の上では冬と言えど、本格的な根雪を向かえるかどうか…微妙な期間

昼間は、こうも降り積もるなど思いも寄らなかった。
出掛け先から帰る途中、日が暮れ掛けた頃から雪の嵩は徐々に増して来たのだ

サクサクと軽快に音を鳴らし帰路を急ぐ途中も、容赦無く肩には粉雪が着き纏う

凍てつく寒さを堪えずとも、駕籠に乗ってしまえば早いかもしれない。
だが生憎、駕籠に乗るまでも無いような距離。
走って行っても支障は無く、ふわふわと質量が雪にはある。
雨に当たるよりは、払えば幾分かマシだろうと見切りをつけた


「副長!」

前方の声に、視界を遮る雪の奥に眼を凝らすと
そこには確かに斎藤が立っていた

「遅いので迎えに…雪も降ってきましたので」

少し大股で歩み寄った斎藤は、閉じた傘を持ちながら自分は雪にまみれている

走っていたのか。
僅かに上がる息を表すように、断続的に白濁りの煙を吐き。
頬は寒さのせいでもありながら朱が差していた

「助かった。と言いてぇところだが…傘を持ってンだから、差して来いよ馬鹿野郎!」

「走るのに邪魔で、近くまで来ているかと思っていましたから…」

思いの外、強めの口調は効き目があったらしい。
まさか、一番に怒鳴られるとも思っていなかったのか。
顔を俯き加減に反らされてしまった

土方は小さく溜め息を吐き出して、斎藤の持つ一本の傘を手に取る。
言い訳も説教も後回しにして、開いて直ぐに斎藤の方へ翳す

「持て」

「…はい」

差し出した傘を受け、二人は一つの番傘の下へ納まる。
漸く雪を遮断したその場所で、両手の空いた土方は斎藤の肩を胸板に引き寄せた

例え僅かな距離だろうが、斎藤の白雪色をする肌は着物の上からでも、まるで同じ雪のように冷えている

しかし、抱き込んだ場所から少しの熱を分け与えられたのか、
徐々に暖かさを取り戻していった


「…雪みてぇだ」

喉を鳴らして抱き込んだ斎藤の肩口で漏らす。
歪んだ口元さえ斎藤の視界に入らないが、その口調からして労れているのを感じた

季節特有で厚着されるその下に隠れた、撫でらかで純白な肌の白さを知っている。
その冷えた体温に似合う程に、白さは際立つだろう

「あぁ、でもお前ェが溶けちまうのも困るな」

相変わらず笑いを含ませながら冗談めく言葉に、
今度は斎藤が濁った溜め息を小さく漏らした

「ご冗談はさておき、早く帰らなければ冷えてしまわれます」

「もう手遅れだろ」

「これ以上、寒さに当たる道理が無いと言う事です。帰って暖まって下さい」

「チッ…」

「舌打ちなさいましたか?」

軽く吊り上げられ、ムッとした表情と見合う。
斎藤は勿論、土方を気遣って言っている事だ

それでも、まるで二人だけを包み隠そうと、頭上から降り注ぐ雪に道端の人も消え。
深々と辺りを染める白銀の音も無い外で、屯所に帰ってしまうのは勿体無いとまで思ってしまう

「せっかくの出迎えがテメェなのによ。連れねぇな…」

「これ程、天気の悪い時にこの場に留まる必要が無いと言うだけで―…」

「分かったっての」

盛大に不機嫌さを表して見せ。
大きく吐いた吐息が斎藤の項にまで当たるほど、再び肩口の近くに埋まる

斎藤には到底、この雪の夜だからこその理由を理解出来はしない。
差し詰め、凍てつく寒さに当たりたい物好き。などと、そんな認識をされているかもしれない

僅かほんの長くでも、斎藤とこの場に留まりたいなど浅はかな願いはあるが。
必至に己の為に説得をする斎藤こそが、
このままでは一緒に冷えてしまうのに変わりはないのだ

「…帰ぇるぞ」

今更ながら、斎藤に文句を言う事も無い。
斎藤へ、土方の思いの丈が全て通じる事には、寧ろ諦めさえも抱いている

名残惜しくも腕を解き、斎藤に傘を持たせたまま歩みを進めた
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