京都土方攻novel

□愛の証
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トタトタと廊下を走る音。
それは俺の部屋の前で止まる

この時、既に俺は微かに眼が醒めているのだが。
その人物が襖を開けて部屋に入るまで布団からは出ない

「おはよーございます土方さん!もうお昼過ぎですよ!!」

……ん?

今日は機嫌が悪ィらしい。
甲高い声はいつもより強めの口調だ。
きっと小さな唇を尖らせているに違いない

「起きて下さいよ!!」

俺が寝ている布団に近付き、脇に跪く。
俺はこの時を待っていた

「うわっ―…」

「はよ…」

がばっと布団の中へその華奢な体を引き摺り込んだ。


「あ?…どうしたソレ」

「え―…」

布団の中に引き摺り込んだ体を見た途端、俺は眉を寄せた。
寝起きだから、とかそうでは無く

総司の首元に湿布が貼られていたのだ

「怪我か?」

「…あ、まぁ……」

気に入らねぇ…

例え総司本人だとしても、この体に傷をつけるのは許せねぇ

「見せてみろ。腫れてンなら薬やる」

「やっ、別に結構ですから!ほっといて下さい!!」

首元に手を伸ばした途端、総司が体を捻り暴れ出した。
昔からよく、傷をつくっても泣きもしなかった意地っ張りだが。
そんなに傷が酷ぇのか?
ムキに隠されれば余計に気になる。
石田散薬でも駄目なら即刻、医者に診察させるしかねぇ。
もし一生残る傷だとすれば…など嫌な方にまで考えちまう

「いーから見せろ!」

「だ、ダメです!放してっっ…」

今となっては布団の中に引き摺り込んだのが好都合。
細い手首を一つ手に掴み押さえつければ、あっという間にコイツの自由を奪える

「観念しやがれ」

「ッ――……」

覆い被さる俺をキリッとした目付きで見上げるが、俺は首元の湿布に手を掛ける

ペリッ……

「っ、テメェ―……」

貼られて湿布の裏にあった傷は、酷く腫れてもいなく膿んでもいなかった


しかし……

「おい…これはどう言う事だ?」

総司の首元、湿布が貼られていた場所には一つの赤い痕があった

それは俺が総司につける愛の証と同じもの

俺は自分の腹の底から沸々と醜い感情が込み上げてくるのを止める事が出来ない

「お前ぇ……」

「何でもないです!」

一瞬、気を怯ませてしまった隙に総司は俺の体を突っ張ねて布団から出た

「何でも無くねぇだろ!!相手は誰だ!?」

つい怒鳴ってしまう。
しかし、怒りの矛先はその痕をつけた奴だ

総司が、俺以外の男と関係をもつ訳がねぇ


きっと、嫌がる総司に…




ぅあああああっっと、危ねぇ…。
危うく己の脳ミソに映った幻想で気を失うところだった

絶対ェ有り得ない!!
それだけは天と地がひっくり返っても有り得ねぇ…

「今なら切腹だけで許す。誰か教えろ」

「切腹なんて、殺す気満々じゃないですか…」

「話を反らすな!」

「っ―…」

部屋を出て行こうとした総司の身体を壁へ叩きつけ、逃げられ無い様に手を付く。
手荒な事はしたくねぇが仕方無い

「退いて下さい」

「相手は言えねぇってのか?」

唸る様な声になる。
別に総司を脅すわけじゃねぇが、
口を開こうとしない総司の態度も便乗して俺の神経を逆撫でする。

「…言ってもいいですけど、土方さんには殺せませんよ」

「なに…?」

少し考えた後、総司が満面の微笑みを浮かべた

俺に殺せない奴だと?


「稽古があるので失礼します」

「あ、おい!総司!!」

それだけを告げると意気揚々と部屋を後にした


今は総司どころじゃねぇ。
総司に気安く手を出す命知らずな野郎は一体、何処のどいつだ

まずは相手を必ず見付け出し、叩き伸めしてやるのが先決だ…。



取り敢えず総司の後を追い道場へ赴くと、入口では数人の隊士達が溜まっていた

「ヒひ、土方副長!」

「おぅ」

隊士が増えて顔なんざいちいち覚えられねぇし。
昼間はあまり道場にすら近寄らないお陰で、直接話した事もねぇ奴だから強張るのも無理はねぇか

「今日は総司と誰が居る」

「は、ははいっ、永倉先生と斎藤先生です!」

「そうか」

俺は頭を下げる隊士達をそのままに道場の中へ入る

すると中では永倉、斎藤、それと総司が各々の隊士達に指南しているところで、手前に居た永倉が俺に気が付いた

一瞬、俺の顔を見た途端に目を見張らせたが
直ぐにヘラッと笑みを浮かべる

「め、珍しいっスね…。どうかしたかぁ?」

「いや何でもねぇ。続けろ」

「?」

都合良く道場には組の中でも一、二を争う手練れが揃ってやがる。
確かに俺ですら竹刀で敵うかどうか分からん…


「沖田さんに用じゃないのか?どうも殺気立っているようだが…」

「さぁ知りません。…そうだ、斎藤さん、ちょっとお相手願えますか?」

「…?」


斎藤と何かしら話し込んでいた総司が俺に駆け寄って来た

「今から斎藤さんと試合するので立ち合って頂けますか?」

「あぁ、無理はすンな」

「分かってます」

軽く体力は落ちたとは言え、未だに総司が斎藤と互角なのは変わらないだろう。
永倉と俺、他の隊士達が食い入る様に見詰めるなか

始まって早々、先に仕掛けたのは総司だった。
踏み込んだ総司の剣を受け斎藤と鍔迫り合いに入る

「今日はちょっとウサを晴らしたい気分なんです」

「そうか。いくらでも付き合うが」

斎藤と何を話しているかは分からねぇが、
眼にも留まらぬ速度で打ち合い。
竹刀がぶつかる乾いた音だけが暫くの間、道場に響いた

「相変わらず激しいな」

隣で見守る永倉が呟く


もし、あの痕をつけた奴が斎藤だったとしたら…

勝負以前に組として斎藤を失う訳にはいかないし。
それに、斎藤が総司にそんな気持ちを抱いているとは考えられない。
総司より組を優先させる、とかそんなんじゃねぇけど斎藤の性からしても確率は少ないだろう。
永倉などは女以外の話しは聞かねぇし。
力で総司が負けたとしても、総司が掛かっているなら俺は敗けはしない


そんな考えを巡らせている間に、総司が得意の突きで小手を奪い斎藤の手から竹刀を弾き飛ばした

「そこまでだ」

「はぁスッキリした。ありがとうございました斎藤さん」

総司の満面の微笑みで周囲の隊士達が鼻の下を伸ばすが、斎藤は持ち前の無表情で頷くだけ。
永倉も昔から既に見慣れているものだ


俺には殺せる奴じゃねぇ。
ってのは刀の話じゃ無いのかもしれない…

「総司、いい加減に教えろ」

「汗流して来ます」

コイツっ…とことん冷たく当たる気かよ。
総司は独りで道場から出て行った

「もしかして喧嘩中?」

「だから機嫌が悪かったのか」

固まる俺の横で二人が顔を見合せている

「うるせぇ、テメェらに関係ねぇだろ!」

怒鳴り付けた後、俺は再び総司の後を追う。



こうなりゃ何が何でも総司に吐かせてるしかねぇ。
手荒とか言ってる場合じゃねぇンだよ


「総司!」

井戸には丁度、総司以外は誰も居なかった

「しつこいなぁ」

どうせ俺ァしつこい男だ。
それは総司に関してだけだが

人目のつかない物陰に総司を引っ張り込むと、総司は不貞腐れた様に頬を膨らませている

「しつこいし、強引で乱暴ですね」

「文句あっか?」

「開き直りですか」

クスクスと総司が笑い出した。
今日初めて笑ったのを見た気がする

「俺が嫉妬すんのがそんなに楽しいかよ」

「はい。楽しいですね。これ以上、面白い事はありませんってくらいに」


俺の堪忍袋の緒を平然でブッ叩斬る一言を発していながら満面の笑み

しかし、今日ばかりは怒鳴る気も失せた

いつも分かってンだ。
総司が故意で俺を玩んでンのが。
だが、それを俺は全て承知で許している。それで総司が良いならそれで良い

しかし、これは話が別

「どうせ俺ァしつこいし、乱暴で強引で嫉妬深ぇよ。でもそんな奴に惚れてンのはテメェだろうが。その痕をつけた奴に乗り換えたのか?」

「…土方さんってオマケに自信家ですよ」

「でも嘘じゃねぇだろ」

総司の顎を掴んで上を向かせると、その唇を自分のとを軽く合わせた

「その痕をつけた奴に抱かれたのかよ」

「まぁ…」

「なッ―……」


「だってコレつけたの土方さんだもん」


「………は?」

俺は今、総司が言った事を理解するのに時間が掛かってしまった

総司が嘘をついているとは思えない笑みを浮かべている

しかし俺には全く身に覚えが無い。
前につけたやつはとっくに消えていた筈だ。
総司は昨日、湿布などしていなかったんだ

「やっぱり。覚えてないんですね」

「…何をだ」

少し口を尖らせた総司が俺を睨み付ける

「昨夜、土方さん会合から酔っ払って帰って来て。寝かせようとした私に抱き付いてきた時つけられました」

確かに会合で呑んで、軽く酔ってたのは認めるが

記憶が無ぇ……

「じゃあ…ソレ俺が?」

「そう言ってるじゃないですか。土方さん切腹してくれるんですか?」

「なんで俺がしなきゃなンねぇんだよ。それなら早くそう言えばいいだろうが」

勿体振る総司が悪い。
最初っから言えば、俺がこんな思いしねぇで済んだんだ

「だって、白粉臭いままそういう事されたくないんで、その仕返しです。これに懲りたら二度と酔っ払ったまま私に近寄らないで下さいよ」

「……あぁ…」

少し反省しつつ、道場に戻って行く総司の後ろ姿を見送った



「お?歳…昨日は大丈夫だったか?」

「近藤さん…少し飲み過ぎちまったらしいな…」

「違ぇよ。総司に思いっきり殴られて気絶した様に眠ったからよ……って、どうした?」

「ッッ…総オォォ司イィィイィ―………!!!!!」



やっぱ振り回されンのは気に食わねぇ…







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