京都土方攻novel

□Odi et amo.
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男はどうにも、こと惚れた奴に関しては理屈とか理性とか通用しないらしい。
ただ先走るのは、己本意な思考と欲望。それを一言で言えば単なる身勝手だ。
そしてフと我に返って漸く、その愚かさと情けに気付かされるモノだ。
面倒だが、それが男ってもののようで。つくづく馬鹿なのかもしれない。



事の成り行きは、

明日は非番で、既に斎藤と約束済み。しかしうっかり手を抜こうモノなら問答無用で非番は潰れるため。
なんとしても今日中に。
そう思ったからか昼時には全ての仕事が終わってしまった。
他に何かあるか、と聞いても今は特に何も無いらしく。休める時に休んでおけと強く言われ、夕方から休みとなり。
この蒸し暑い気候の中で、部屋に居るのも癪だったから、俺は煙草の葉でも買うついでに夕涼みと町を出て
思わぬ事に、町中で斎藤を見掛けた。
そこで、こんな些細な偶然に気を良くしつつ、軽く酒でも奢ってやろうと声を掛けようとはしたが、
斎藤は淡々と足早に何処かへ向かい。知らず俺の足はその後に続いて行き。
一軒の長屋の前に差し掛かると、玄関先に居るのは、斎藤、それと、

出てきたのは、女・・・?

いや何も、女の一人や二人を囲っていようが、複雑と言えば複雑だが、俺は別に構わない。どうしたって、斎藤も男なのだから。
ただ、俺に何も言わねぇのかよ。と思わず動揺しただけであり。声を掛ける期を逃しちまっただけで。
雰囲気も。何だってんだ…、なんか湿っぽいようで。野暮とは思いながら、動けないでいるだけだ。

そんなこんなで、見ていたその時、その女は斎藤に、抱き付いたもんだから
斎藤は一瞬、躊躇し。
物陰にいる俺も何故か一瞬、躊躇して思わず出掛かった足を咄嗟に押し留めた。

斎藤は困惑したようだったが、その手を、女の肩へ伸ばしたところで、

流石にそれ以上は見る気が失せ、俺は背を向けた。

頭の中が、何を気に掛ける事があるか。と言う理屈と、言い様の無い憤りに埋め尽くされそうで、
買った煙草の葉は、たったその日の夜で全て消費してしまった。



その翌朝、いや、起きたのは既に昼も間近で。襖越しからの斎藤の声に俺は目が覚めた。
布団の中で軽返事をすれば静かに部屋へ入り。俺の寝ている脇に座った顔は普段と何も変わらず至って平然としている。当然だろう。俺があの場に居た事など、斎藤は知る由もない。

「昼食は運びますか」

「いらねぇ」

布団から出る気も無く俯せのまま煙管に腕を伸ばしたが、そこで葉を切らしていた事を思い出した。
すると、それに斎藤も気付いたようで直ぐに

「いま持ってきます」

と言われ、どうやら自分の罷り知らぬ間に殺伐としていた胸ん中が、僅かながら軽くなった気がした。
また一人になった部屋で、手持ち無沙汰な中で
昨日のアレは夢か。と
少なくとも、それぐらいに信じられるほどには。


俺は着替えるのもまだ億劫で布団の中に居ながら斎藤が戻って来るのを大人しく待っていたが、程無くして、
小さい木箱を手に戻って来た斎藤は、それを、俺の枕元に置き。そして、

「副長、暫し急用が出来て。少し出てもいいですか」

日暮れ前には戻ります。と、申し訳なさそうに斎藤は頭を下げた。

「仕事か?」

「ただの小用です」

俺に言えないのか。などと問い詰めたところで、言う事でも無い。と口を濁されそうで。

すれば、どうしたって頭に一瞬過ったのは昨日の光景


「……、副長…?」

気がついたら、今しがた己が居た布団へ斎藤を組み敷いていた。

「…土方さん?あの、」

ただならぬ俺の雰囲気を悟ったのか、余りにも衝動的だからか、真下にある斎藤の双眸が揺ぐ。
寝巻きの袖を掴んできた手は、俄に強張っているようも思えた。

「直ぐに戻る予定ですけど、何かいけませんか…?」

何がいけないか。なんざ、そんなもの俺が聞きたいくらいだ。

顔色を変えない俺に斎藤は次第に動揺を濃く浮かばせ。
こんな理不尽が許されるか。と心の隅で思いながらも、しかし

「気に入らねぇ…」

身勝手ながらに走り出した感情は歯止めが訊かず。


「邪魔だな」

斎藤は、抵抗はしていない。ただ俺を掴んでいただけだ。なのに、その両手すら無性に疎ましく思い。
頭上で一つに纏め帯で縛ると、流石に斎藤が息を呑むのがわかった。

あぁ、無理もねぇか。
そう言えば、こんな扱いをした事なかったな。






拘束し、早急に服を剥ぎ取った後は、愛撫と言うのも烏滸がましいだろう、獣じゃあるまいし。と脳裏の片隅で嘲笑う自分を無視して荒々しい感情のままに体が動き。ただ貪った。

「……っ、んぅ」

「そんなに、嫌か」

行きたいのか?と言い掛けた科白は、斎藤の唇を自分ので塞ぎ呑み込んだ。

眉を寄せ、唇を噛み、苦痛な表情で首を振るばかりの頑なな態度が、殊更に俺の苛立ちを煽り。
釈明もせず抗議の声すら上げないのをいい事に容赦なく追い詰めていれば、呼吸を乱す斎藤と同じく、自分もまた息苦しい程の熱に襲われていく。

夏の陽射しを受ける部屋に響く激しい肌と肌のぶつかる音は耳障りだが、
その合間に自分の下から聞こえる斎藤の声。
苦痛にも似た快楽に堪えきれず啜り泣くよう微かに喘ぐのに興奮を駆り立てられ。箍が外れたよう己の衝動は治まる気配を無くし。

ここが昼間の屯所で無ければ、我ながらこんな無惨な仕打ちで無ければコイツは
壊れたように声を上げる様も普段からは想像もつかないほど乱れる姿も見せる奴だから、
それを己一人が知っているのだと、いつも抱いている時に感じるそんなえも謂われぬ高揚を、この時は自棄に欲していた。


「っ、ひ、…さ…」

ひっきり無しにか細い音を出していただけがフと名前を呼んだ気がして
手を止め顔を覗けば、酷い恍惚の表情を映した眼が、まるで縋るよう俺を見上げてきた。


「…腕、外してくださ…」

届かない、と漸く聞き取れるくらいの声に、解放してやった途端、
痣がハッキリ残った片腕が背に回り、もう片方の掌が頬に近付き。そのまま頭を深く抱き込まれる。


「ちゃんと、傍にいます」

なにがそんなに辛いのかと、辛そうな顔で聞いてきた斎藤に、そこで漸く、
この衝動は、嫉妬からきた単なる怒りや不満や嘆きでは無く、この事実に対して辛いんだと俺は気が付いた








「馬鹿ですか、アンタ」

軽く意識を飛ばしたと言うか力尽きた斎藤が目覚め。
訳を聞かれるまでもなく、流石にこのままでは腑に落ちないだろうと思い。仕方なく俺から全て白状した

その結果、コレだ。

「……悪ィ」

「今から行こうにも動く気になれないんですが。どうしてくれんですか」

「あぁ、だよな…。いや、もう行くなよ。行かなくてよくねぇか?」

「いくらなんでも、そんな訳にはいきません」

斎藤が部屋に来た時と格好は逆転。布団の上に伏せる斎藤は脇に座る俺を睨んでいる。
意思の食い違い…、いや、完全な俺ただ1人の思い過ごしの挙げ句に完全な強姦を受けた斎藤は大層ご立腹だ。
しかし“らしく無い。”と一言。斎藤は俺の行為全てを許した。と言うよりも、片付けた。

例の女は、斎藤の組下の奴の女で。近々ある捕物では死番を勤める手筈で。だから斎藤に女へ遺言を伝えてくれと頼んだらしく。
まぁまぁデカイ討ち入りだからそれは仕方無いと思うが、何故それで斎藤が出向くんだと反論してみると、
他の連中にテメェの女は会わせられ無いとか、自分が行って泣き付かれてはうっかり脱走しちまう。とかで、斎藤なら安心だと悲願され仕方無く行ってみりゃ、その女はアバズレか。見え透いた涙を流しつつ、
あっさり斎藤にも色目を使って擦り寄ってきた
そこを丁度、俺が見た。と

話す斎藤の顔を見ていても嘘をついている様子は微塵もない。
それどころか、律儀なのか素直なのか、アホなのか、もう1人同様の事を頼んできたどこぞのバカが居るからと、今から行こうとしている訳だ。

「……聞いてんですか?」

「聞いてンだろ。悪かったって。反省した。一応」

「一応って、」

隣に入り込み引き寄せると、ふぅ、と小さく息を吐いてから斎藤は俺の背に腕を回し胸元に埋まった。

「組下の者を気に掛けるなとは言わねぇけどよ。いちいちお前ェが構ってたら切りねぇだろうが」

「請け負ったモノはしょうがないんで行きます。明日以降にでも」

「駄目だ。止めとけよ。行かせたくねぇ」

素直に本音を吐くと、斎藤は俺と隊士の要望とで葛藤し始め、眉間に深い皺を寄せている。
俺は、放ってやれ。と念を押しながら、寝乱れる斎藤の髪を梳いた。

「そうすりゃ、遺言なんざ諦めて。残して逝けねぇ奴があると思って生きる気で勝とうとするかもしれねぇぞ」


例えば、容易く他の男に靡こうとする女でも惚れたからには、泣かれりゃ可愛く思うとか。
普段は幾ら己を自負していようが、こうも呆気なく“らしく無く”なっちまうとか。

男はどうにも、こと惚れた奴に関しては理屈も理性も通用しない馬鹿が多いらしいからな。






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空風サマへ虞ながら捧げさせて頂きます。リクエスト有り難うございました!

斎藤さん、副長に(強いては仕事に)忠実であるため。隊士が如何に上手く仕事に励めるかと考え、要望を素直に聞き入れたら副長からお仕置きされましたの巻(とか言えば纏まるかと思いました。)
そんで副長は斎藤さんへの愛を改めて思い知ればいいと思いました。(笑)




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