Paordy-novel

□正しい誕生日の過ごし方
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五月の大型連休…いわゆる黄金週間も終盤。
夜のテレビのニュースでは帰宅ラッシュとやらで首都高に連なる車の長蛇の列が流れいる。旅行か帰省か、いつも都会で蟻のように働く人達の蟻のような行列を、上空からヘリコプターで撮影しているこの時期の風物詩だ。
そんな映像を榎本は尻目に、片手にほぼ空の缶ビール、もう片手には携帯電話を握っていた。

「ふぅん、じゃあ当分まだ時間無いんだ…」

眉間に寄せる柳眉は生憎、電話の向こうには見えていない。ただし、平然など装えず声は重たくなる。
口の中がすっかり苦くて、それでも酷い渇きを覚えてそこへ更にビールを流し。
軽くなった缶を部屋の隅のゴミ箱へ投げ付けたが、
缶はカコンッと箱に弾かれて床に転がった。

無性に、苛立つ。
別にゴミ箱に上手く入らなかった缶では無くて。
確かに自分は遠出するほどの連休は無かったが、出掛けようと思えば出掛けられたかもしれないのに、
結局、休日の夜は一人部屋でテレビを眺めて缶ビールを煽るような、普段と何も変わらない日常的な休日を過ごしているが、
おそらく、そんな自分より遥かに黄金週間らしい休日を有意義に過しただろう映像の中にいらっしゃる大衆の方々を皮肉りたい訳でも羨ましい訳でも無くて。

ただ、この連休以前より自分を放り出しておきながら
電話越にまだ暫く忙しいと告げてくる仮にも恋人に、
苛立ちを隠せないだけだ。


『──…それで、…オイ、聞いてるか?』

「ん?…うん」

『どうした?調子悪いのか?眠いなら言えよ』

別な事に気を取られた自分の鈍い反応に、普段は絶対他人に聞かせて無いだろう優し気のようでどこか気弱な声が届く。
本当に気遣っているのか、何とか丸く納めようとしてるのか…、と勘繰る自分は薄情だろうか。


「何でも無い。大丈夫」

『ならいいが…。一段落したら埋め合わせは必ずするから。な?』

「ん、」

『どっか、温泉とか何でも遠出したい所とかねぇか?一泊程度で休み合ったら直ぐ行けるようなトコ。考えとけよ』

「うん」

自分がこうしたイベント事が好きなことは知っていて、そのうえ暫く会えないとなれば、負い目は感じてくれてるようだ。が、
しかし、そんな甘い言葉も今はただ神経を逆撫でる。


そんなの期待してないし。そうして欲しいんじゃない


『悪ぃが、まだ立て込んでっから、そろそろ切るな』

わかってる。何よりも仕事は大事だ。
『仕事と私どっちが大切?』なんざ、頭の悪い女じゃあるまいし。
そんなもの絶対言わない。

「お疲れ。無理しないでね」

わかってる。向こうだって会えない事を自分と同じくらい気にしていて。
どこもかしこも連休だ何だと騒ぎ立てる中で、
気遣うような声色は言外で『寂しいだろ』と聞いている。
何もかもわかってるから、一つだけ、
今日は伝えておきたい事がある。いや、今日だからこそ自分には言わないとならない事がある。


『じゃあ、また連絡する。おやすみ』

「土方くん、」

『ん?』

「もういい。」

『は、』

落ち着いてるようで冷めた自分の言葉に電話の向こう側が絶句したのが分かる。

『ちょっ待てオイ・・・』

「キライ。」

そう言ってプッツン。通話を切って直ぐに相手の番号を着信拒否に設定した。
そして床に座って背凭れにしていた背後のソファーの上に携帯を放り投げ。
冷蔵庫から新たな缶ビールを出すとプルを開け一気に半分ほど喉へ流し込んだ

ゴクリ、喉を動かして一息つき。そのままズルズルと座り込むと、
暖色照明のスタンドとテレビの明かりで薄暗い部屋の中、暗い心をもてあます。



本当は、この黄金週間だのはどーでもいい。その連休に会えなかった穴埋めや、御詫びなんてモノも期待していない。
そして本当は、あんな冷たい言葉をぶつけるもりも無かった。
今日だからこそ伝えておきたい事があった。いや今日に限り、自分には言わないとならない事があった。
なのに、あんな事を吐き出してしまった自分は、
つくづく聞き分けが良くなくて、我慢が足りなくて大人気なくて、確かにいけないと思うが、
あんな心にも無い事を言わせるような相手も悪い。

今日は、黄金週間の最終日で、祝日で言えば端午の節句で、
何よりもまず土方の誕生日、だった。
帰宅ラッシュの列もそろそろ緩和してくだろう時間帯で、テレビのニュースではもう今日1日の纏めに入り。残り一時間も満たずして今日が終わるのを告げている。
そりゃ直接会って伝えたかったが、仕事が立て込んでるとなれば仕方無いのだ。それは、ちゃんとわかっていた、つもりで。
だから本当は、あの電話で、あの時のタイミングで、自分は気持ちを伝えるべきだった。のも確かにわかっていたのに、
そう出来なかったのは勢いと言うか、間違いと言うか、苛立ちばかりが先走り、口から勝手に飛び出していた。
思ったより自分は不安定になっていたらしい。

本人は、きっと自分の誕生日などどーでもいいのだろう。
気にするような年でも無く、気に掛ける物でも無い。と思っているに違いない。
それは本人の勝手だから、何も構う事ではないかもしれないが、
祝いたいと思う者の気持ちまで、どーでもいいと思っているのだろうか。
だから、心置き無く仕事に精を出して、こちらの態度ばかり気にして端違いにもまずこの連休の埋め合わせなんて事を考えているのかもしれない。

思い遣ってくれているのは勿論、嫌な気などするわけ無いと言えど、
それでこちらの思い遣りに気付かないでは、つくづく損な性分だ。

電話の奥で、寄りにも寄って誕生日にキライと聞かされた相手は今頃どうしてるだろうか。
相当驚いていたのは電話越しにも伝わってきたから、少しは痛い目に遇っているかもしれないし。
見当違いにも連休の穴埋めをどうするべきか本気で頭を悩ませ始めたか。
もしくは、気性の荒い性だから逆ギレでもしてるかもしれない。
いずれにせよ、自分の事を考えてくれていればいい。と願う自分は、やっぱり
つくづく聞き分けが良くなくて、我慢が足りなくて、大人気なくて、いけない奴だからだろう。



アホくさ…、寝よ。


15分ほど経っていただろうか。情報番組は終わり、握っていた缶ビールの中も空になっている。
“今日”の残りは片手で数えられるほど数分しか無くなった。

テレビの電源を落とし。缶をテーブルに置いた勢いで少しよろめきつつ立ち上がって、寝室に向かった。

今日はもう終わるしか無いが、こんな事くらいで関係が終わってしまうとは思っていない。
明日になれば電話でもして、今日の事と一日遅れた事を謝ってから、きっと気持ちを伝えられる筈だ。
だからさっさと明日に成ればいいと、ベットへ入ろうとした、時だ

ガンッ!と言う大きな音の次からガンガンガン!!と玄関先で物凄い音がした。
余りにも物騒で騒々しい物音に身構えると、その後からは

「開け、やがれ……」

電話越しでは無い電話と同じ声が聞こえてきた。
機械で聞いた時にどこか頼り無く感じたが、今はそれが消え入りそうなモノで。
見れば、鍵を開けたもののチェーンロックで阻まれているのが我慢成らないのか、扉の隙間から物凄く物騒な目が、覗いている。
これが見知った仲でなければまず通報してただろう。

「…なに、」

「うるせぇ早くっ」

怒鳴られて、急いでロックを外すと
扉を抉じ開けるよう開いた土方が、玄関へ雪崩れ込み。その場の足許にドサッと座り込んだ

「ちょっ…なにしてんの」

土方の答えを待つが、背中を壁に預け、肩を揺らして息をしながらゼエゼエと派手な呼吸音だけを鳴らす。
時折、咳き込んで噎せ反ったりしていて、とても話の出来る状態では無いらしい

土方が居ただろう場所からここまで歩いても30分やそこらじゃ着かないだろうに。
真夜中に、死にそうになりながら走って来たらしい。
仕事を放り出して。



「大丈夫?タバコ減らせば?」

隣に榎本もしゃがんで背中を擦った。こんな時にも、つい憎まれ口を叩いてしまうのは性だ。
いつまでも苦しそうな呼吸は落ち着かず、
榎本は水を持って来るのに離れようとすれば、グッと手首が掴まれた。
その先の土方を見ると咳で涙に潤んだ双眸と見合う。


「まだ…、今なら、間に合うから、言え…」

荒い息に邪魔され酷く掠れた虫の声でも、それを榎本はしっかり聞き取った。

しかし、滑り込みもいいところだ。
あんな言葉を真に受けて。今日の日をどーでもいいと思っているのは本人だけだと言うのに気付いたのか。
そしてそのたった一言を、言わせる為だけに形振り構わず走って来たにも関わらず。この期に及んで言え。とはなんで偉そうなのだろう。
また少し、素直じゃなくて意地の悪い自分が出てくる

「何を言えって…?」

「戯けンな…時間ねぇから…早く、聞かせろ…そんで、礼させろ」

頬に伸びてきた掌はかなり汗ばんでいて異様に熱い。

季節は春もまっただ中で、夜は少し肌寒いくらいでも、走れば汗も流れて。髪も振り乱れていて、
この今日と言う日にせっかく持って生まれた顔も格好もぐちゃぐちゃで情けない

なのに、すごく、愛しく思えた。


「あーあ、祝うならちゃんとお祝いしたかったのに。君さぁ、コレじゃ男前も何もかも台無し」

「アンタが、あんなこと」

「うん、さっきはごめんね。アレはウソ。もうぜんぶ許した」

ちょっと勿体振るようそこまで言って、土方の顔を見ると、なんだか少し泣けてきた



「やっぱり君が好き。それと、誕生日おめでと」


ケーキもムードも何もない玄関に座り込んで、2人

お詫びとお祝いとお礼と、愛情が入り交じったキスはしょっぱいモノだった。





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なんだこの月9的転回わwww
最近ヒルメロの見すぎです。
とにかく副長おめでとうございます!!



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