Paordy-novel

□ホワイトデーってやつは…?
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ううぅーーーん…??

榎本は困っていた。

ちょうど1ヶ月前に、世間の男が浮かれる例の日があった訳だが。
その日、すったもんだありながら榎本はいま流行りの逆チョコを貰い。
そしてそして、なんだかんだもあったが榎本は
「お返しは期待していいよ。凄いの用意しとく」と、
いつもの調子で軽口を叩いた。

が…しかし、いざこの日になってみれば、そんな凄いものなど簡単に思い付かない。
いや簡単に思い付かないからこそ凄いと思えるんだろうが…
そもそも、チョコの送り主が土方と言う時点で一筋縄でいくような人並みの男じゃないのだから、
何を凄いと思うのだろうか榎本には見当もつかない。
考え始めてから既に半日が過ぎようとしていた。

「ヤバイ、時間が無い…」

ソファーに項垂れつつ焦りながらも必死で頭を回転させる。
取り敢えず貰ったからには、ちゃんとお返しはしたいと思うのだ。
喜びそうなものを。
そこは何よりも前提にしなければ成らない。
榎本はまず同性に贈る用意可能な範囲内のモノを一つ一つ思い浮かべてゆく

洋服、ネクタイ、時計、は、どれも在り来たり過ぎてやはりイマイチだろう。
こんな時はよく自分が貰って嬉しい物を。と、考えてみるが、
真っ先に出てくる酒を下戸に渡す訳にはいくまい。
好みは対極で趣味も違う。
だから己が貰って喜ぶような物をあげても、心から喜んでもらえるとは思えないのだ。


宣言通り、なんか凄い物で、土方が喜びそうな物…。
…いや、自分が用意出来る凄いモノで、土方が喜ぶだろうモノ…。
だいたいの察しはつく。

…だが、「お返しは、私」は、絶対ダメだ。

例えばここを、思うがままソレでいくとして、
準備万端とベットに潜り込み待っているとしよう。
すると、どうだろうか、
おそらく土方はきっと喜んでくれるだろうが、えらい目に遭うのは己自身だ。
それに榎本の些細な男気も邪魔してそんなこと簡単に出来る筈も無い。

ひとまず、その案は保留にしておこう。



ううぅーーーん…??


考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、何が正解か分からなくなってくる。

土方はイベント事に疎い。
その本人の誕生日は端午の節句と立派な男のイベントにも関わらず、
土方は世相の、特にバレンタインだのクリスマスだのは興味ない。で片付ける。
先月の、そのバレンタインだって榎本から言い出して強引な我が儘で逆チョコを貰った程だ。
しかしそれが手作りだったところが土方の律儀さと言うか性格を表している。
興味ないとか面倒だとか口先では文句を言っても結局は、甘いのだ。
そして本日のホワイトデーも、表向きでは知らぬ存ぜぬを装いながら内心期待しているに違いなかった。
自分が期待していいよ。とも言ったのだが…、
土方はこれまた律儀に期待してくれるのだ。
それで、榎本が上手くお返しを用意出来れば、それを素直に喜び。
お返しを用意出来なかったなら、それをネタに揶揄って楽しむような男なのだ。土方は。

…それも絶対ヤダ。

榎本は頭を抱えた。
その時の相手の凶悪なほど愉悦に歪む顔が容易に想像が出来る。寒気までしてきた。
小さく身震いして、榎本は脳裏に浮かぶ映像を取り払うべく頭をブルブル横に震わせた。


「よし。もう一度ホワイトデーの定義から改めて考え直そう」


ホワイトデーってやつは…?


腕を組み、目を瞑ってよくある回答を思い描く。

そこで榎本は、まず現物を見よう!と。
近所のコンビニへ駆け込み、アメと、マシュマロと、クッキーを調達して来た。

勿論、季節感あるラッピングされた既製品は店頭の棚に山程あり。そこに幾人の男達が群がっていた。
愛らしいラッピングがされた箱を男達が必死に手に取っている様を見たら、流石に萎えた。
榎本は近付く事を躊躇い、敢えてそれをスルーして。お菓子も何のへんてつも無い至って普通の物を見繕って買った。
これはあくまでもホワイトデーを見つめ直す為のものなのだ。


「あー、そう言えばなんか意味があった気がするけど…何だったかな…?」

マシュマロだと嫌い…?
クッキーだと友達…??
アメだと─…アレ、逆?

バレンタインは基本チョコなのに、何故ホワイトデーとなると簡単じゃ無くなるのだろうか。
一粒づつ小分けで包装されている買ってきた物を、無造作にテーブルへばらばら拡げ。
クッキーを一枚摘まみながらぼんやり考えるが、
良いアイディアは一向に浮かばず。難しい…。と文句しか出てこようとしない。
榎本は次にアメを一つ掴んで頬へ放り込んだ。
口の中でコロコロ転がしながらソファーに仰向けで横たわる。
お返しお返し…と頭の中で何度も繰り返しアメを遊ばせながら天井を暫く眺めていた。
すると、その背凭れに突然、掌が掛かり。奥から声がした


「おい、」

「ン゙、」

背凭れの奥に立つ土方が、真上に現れ。榎本はガバッと身を起こす。
土方は部屋の鍵を含むキーケースを指先で遊ばせつつ隣に来て腰を降ろした。

「飴を舐めたまま寝るな。喉に詰まらせるぞ」

開口一番にまずソレだ。
心配性と言うか世話焼きと言うか、言わないといられない質なのは榎本も分かってきたのでここは素直に頷いておく。
飲み物は?と聞くと土方は、いい。と軽返事をしながらアメやクッキーが散らばるテーブルの上を見ている

「もしや、コレが御返しってやつか?」

「ち、違う…よ?それは、ただ食べたかっただけ」

揺らいで游ぐ目を悟られまいと榎本は土方の反対方向へ首を反らす。
ぶっちゃけ未だに正解が導き出せていないので、このままもう簡単に済ませてしまいたいのだが、
ラッピングさえされていない菓子は流石にマズイだろう。

あっそう。と一粒アメを指先で摘まみ眺める土方。

「じゃあ、凄い物はあるんだな」

「あ、あるよ…ちゃんと」

早く見せろよ。と言う土方は穏やかに笑っているが、逆らわせないような威圧感をしっかり放っていて、
榎本は黙ってそろりソファーの隅まで退く。
明らかに逃げ腰の榎本が物を用意しそこねたのを承知のうえだとばかりに、土方は口許を歪め。
榎本が空けた距離を縮め、背ける顔の横に近付く。

「あるんだろうが。ホラ、寄越せって」

正にニヤニヤと言う擬態語が榎本まで聞こえてくる。囁くような声色が既に楽し気だ。
さほど長く無い二人掛けのソファーではこれ以上の逃げ場はない。
小さく息を詰まらせて意を決して、榎本は振り向き、土方を見た。

「分かった!あげるよッ」

遂に自棄になった榎本。
土方は少し驚いたよう目を丸くさせるが、直ぐにまた歪んだ微笑を刻む。


「あぁ、それで……ん?」

追い込まれ切羽詰まった榎本は決した勢いに身を任せ、土方の膝上に向かい合うよう跨いで乗り上げた。
何が始まったかと土方は首を傾げ、少し高い位置の榎本を見上げる

「君には…、いま私があげられるモノを精一杯全力で、あげる事にした」

口から告いで出るがまま、榎本は籔から棒に言ってしまった。


「………は?」

ますます訳が分からないと不思議そうな土方。
いや、当の榎本すら何をするつもりなのか分かっていないのだから無理もない。

「アンタが、俺にいま全力であげられるモノ…?」

「うん、まぁ…ね」

だから、つまりそれは何?
土方が困惑し始め、榎本も挙動不審に陥ると、微妙な空気が辺りに漂う。
それを払拭すべく榎本から口火を切った

「いーから、君は動かないでじっとしてて」

「お?…おぅ─…」

強めに言って榎本は土方の頬を両手で包み固定した。
少し高い位置の間近から真っ直ぐ土方を見下ろす。

…全力で自分があげられるモノ。

ここにきて、どうするべきか榎本にも分かる。と言うか行うべき行動は一つしか無いだろう。
始めから、いま己で土方にあげる事の出来る何よりのモノは一つしか無いのだ。
ただ押し潰されそうなくらいの気恥ずかしさが堪らず。必死に誤魔化そうと榎本は一度深呼吸して、何とか腹を括る


「渡すからには、しっかり、受け取ってね…」

そう告げて、睫を震わせながら瞼を静かに綴じた榎本を見た土方は、

実は、こうなるだろう事を最初から解っていた。
物欲もさほど無い自分に、凄い物を用意する。と宣言した榎本が、そう簡単に現物を用意出来る筈も無いだろうと踏んでいたのだ。
そして散々悩んだ挙げ句に意地を棄て苦し紛れに「お返しは、私」と言ってきた場合は、
無論、快く受け取り。存分に楽しませてもらうつもりでいた。
さっそく寝室に連れて行かれるのかと思っていたくらいだ。
ベットに行かないのか。と榎本の動向を見るが、もうこの際場所など関係無いのかもしれない。

なので盛大に期待をして、フッと微かに漏れる笑みを最小限に耐え。
榎本がゆっくり近付いて来た所で同じく目を瞑った。
そして、榎本が触れて来たが、それは土方が思っていたところと違う。

ちゅぅっ、と啄む音を立て唇が当たったのは目尻で。
様子を見るのに薄く目を開くと次は額に、そこから頬に撫でるよう流れる動作で柔く温かいのが触れる。

鼻筋や眉を這っていくのに言われた通り大人しくしていると、反応を伺ってきた榎本と視線が絡まった。
驚かせると言い張った榎本が期待していた反応だったのか、笑顔を見せて唇を重ねてきた。

榎本の咥内に小さくなったアメがまだ残っていたが、
ソレを味わいながら深く幾度も繰り返していると直ぐに熱により2人の間で蕩けて跡形も無くなり。
そこで漸く口を離した榎本は最後とばかりに瞼にも口付けを落とし。
頚に腕を回して、胸に取り込んでしまう勢いで土方を埋めた。
愛おしみながら慈しむような手付きで黒い髪を優しく梳きながら、目を細める。


「君のこと、好きだよ…」

囁く程度の小声だが物音がしない部屋ではよく通る。
けして嘘じゃ言わないが、冗談めいて言う事はあるありふれた言葉だが、
榎本にすれば改まって言う事もあまり無いその言葉。
羞恥はまだ抜け切らないが、精一杯に示したかった。


「ソレが、アンタが全力で俺に寄越すモノ…?」

「そ、気持ち。」


視線を交えたまま再び榎本から唇を何度か掠める程度に触れ合わせ。その隙間で何度も、好き、を呟く。
瞼を落として徐々に口付けは深くなるが、荒々しさは無い。
バレンタインのチョコや、ホワイトデーのアメの後味にも勝る甘さが拡がり。
静かな吐息が2人の周囲だけで響く。
言い出した時は狼狽えていた榎本だったが、始めてしまえば後は、
このままずっと擽り合うようにくっ付いているのも心地良く思えてきた。



「…ん、これでいい…?」

ゆっくり唇を離して、土方の肩口に榎本は擦り寄り顔を隠した。頚に回す腕にも少し力を加える

「凄くないかもしれないけど、一応コレが精一杯…のつもり」

言い訳する事は何も無いが何かを言って取り繕ろうとしなければ居た堪れ無い。
額をぐりぐり土方に擦り付けて色々と呟いていたが、土方からの反応が返ってこない。
やはり苦し紛れの即興は気に障ったかと僅かに顔をずらし、気まずいながら上目で様子を見た。


「…ぃや、充分じゃね?」

見上げた所にあったのは、珍しく滑稽なほどに照れてそっぽを向く土方の顔。
俄に声が高くなっているのを誤魔化すよう頬を人差し指で掻いている。
それを確認した榎本まで、なんだか自分がとてつもない事を仕出かした気になり
照れ臭さが伝染してきて、
やっぱり熱いくらいの顔を上げられず。そのまま首筋に縋ておく事にした

「驚いた?」

「驚いたってか…不意を突かれたっつーか…。まぁ、充分に凄かった…」

「からかわない?」

ぎゅぅ、と回す腕が思わず力む。
揶揄うわきゃねぇだろ。と言う声色の柔い言葉と一緒に耳朶にキスがされ。
土方の腕が伸びてきて髪をくしゃりと撫でた。
掌の動きも密着するのも、気恥ずかしいが心地良く。全身を預け榎本はされるがまま黙っていると、
次に腕が腰元に回ってきて、ゆっくり体勢を起こされ土方と正面で向き合った

「精一杯のアンタの気持ちは、ちゃんと受け取った」

「…うん」

額と額を付けた距離で、
榎本の視界一杯には土方のその持ち前の顔に浮かぶ綺麗な微笑いだけが映り。
嬉しい。ありがとよ。と、聞かされた。
すると榎本はうっかり、胸の奥の辺りを高鳴らせた。
苦し紛れの即興だったにも関わらず自分よく頑張った。と思えた。
次の、土方の言葉を聞くまでは


「でも、アンタの全力ってこんなモノじゃねぇよな」

「ん?…え??」

くるっと目を丸めて土方を見れば、単純に綺麗だった筈の微笑が、ニタァと悪童の如く歪んだ。
アレ?と思った榎本は瞬時に身を脅かす雰囲気を感じ取った

「いやいやいやいや、君、いま充分だって言ったよね?!いま精一杯お返ししたじゃんっ!!」

「あぁ、充分に驚いたし。精一杯のお返しありがとよ。って礼まで言っただろ」

「じゃあもう終りだよね。終りでいーじゃん。離してくれないかな」

「いいや、待て。アンタの全力はこんなモンじゃねーって。俺が言うんだから間違いない」

「はぁ?!アレ全力だったよ!?自分的に全力で頑張ったもん!これ以上なにをどーしろって!?」


「…知りてぇなら教えてやろうか?なにをどーするか」

く、口を滑らせたぁああ!!!!と足掻いてみるが、
土方の膝の上に乗っている時点で正しく既に腕の中である。

「アンタ、ヤれば出来る子じゃねぇか。俺が全力出させてやるよ」

「うるさいバカっ!!」

榎本はテーブルに散らばるホワイトデー定番のお菓子をグシャッと鷲掴み、土方に向かって投げ付けた。

幾つものアメとクッキーとマシュマロがバラバラ周囲に散らかる中で、榎本は
結局こうなるなら始めから土方にはお菓子でよかったかもしれない。と思いつつ
マシュマロを一つ拾って、口に頬張った




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矢鱈に甘く無駄に長くなった(笑)

バレンタインで副長。ホワイトデーで総裁。を書いてみましたが、
副長のほうが純情と言う結論に至りました。左側なのに(笑)



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