Paordy-novel

□目覚のKissはミント味
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スッと寝返る。


「………ン。…?」

瞼を綴じたまま、もう一度寝返り、シーツの上に腕を滑らせた。
しかし、その腕は何も掴めず、何も触れない。
床に就いたのは明け方近くで、寝付く寸前の記憶を辿れば、
昨夜は確か、隣に……


「……………。」

重い瞼をやっとの重いで薄く開く。
そこには、やはり何も無かった。
閉じられたままのカーテンの隙間から少しの漏れ日。
既に陽が昇ってから時間が経っている事は容易に想像が出来る。
まだ上手く働かない頭でぼんやりそんな事を考え、
空っぽの腕で暫く待つが、
どうやら、時間が勝手に流れてくだけのようだ。


何処に行った?かと、
脚を床に降ろし、ベットに腰掛けてみたものの、どうも動く気にはなれない。
起き抜けは、自他共に認めている程よくないのだ。
方々でもプライベートでも指摘される事が多々あるが、体質だから仕方無い。
それでも、このまま居ても埒が明かないため入口へ赴いた。


そして、漸く寝室を出たまではいいが…、まず眩しい。
陽の差し込む開放的なリビングは清々しい朝を向かえている。
だが、そこも空。人の気は微塵も無い。
シャワーを浴びているのか、既に何処かへ出て行ったのか。
因みに二日間丸貫徹明けのため、それを気遣い声を掛けなかったのか、
声を掛けられたのに気付きもせず寝入っていた可能性も、寝惚けて自分が覚えていない可能性も、無きにしも有らずだ。
取り敢えず、シャワールームを確認しようとした途中で、音が聞こえてきた


「ん?…おぁほ、もぉおこひふお?」

「………あ?なに言ってんのかさっぱり分からねぇ」

首を傾げると掌を顔の前に突き出される。
ちょっと待て、と言いたいらしい。
急いで歯磨きを止めて口を濯ぐ横で、言う通りに待つ

「歯みがき粉、もう少ないけど無いの?」

「…買い置きしてねぇや」

「買って来ようか?まだ寝てるんでしょ?」

「……いや」

「あ、今日少し早めに出るから」

「聞いてない」

「言ってないもん。君仕事してたし、書き置きして行くつもりだったから」

「………。」

バタバタと話ながら身支度を整える榎本の後を、掴まされた歯みがき粉のチューブを手に付け回す。
瞬く間に榎本はキッチリ堅苦しい背広に身を納め。
スリムなフロックコートを着込み鞄を掴んだ。

「うわ遅刻する。ごめん、もう出ないと」

パタンと閉じた携帯をコートに入れ、一目散に玄関へと向かい。
革靴に足を通しトントンと爪先を馴らす。

「コーヒーならソーサーに残ってるから。じゃ、土方くん、行くね」

徹夜続きの寝起き直後には、その榎本の素早い動きに追い付けず。
反応を返す間も無く重たい扉がバタン。と閉じるのをただ黙って聞いていた。
身形も時間も仕事もスマートを極める奴にしては、余裕が無いとは珍しい事もある。
と思いながら、持たされた歯みがき粉のチューブをテーブルへ放り。
ふう、と一息つく。


「……あ?」

いま閉まったばかりの扉が、また開いた

「土方くん、ちょっと」

「忘れ物か?」

「早く早く」

携帯はコートに入れていたし、手に鞄も持っている。
ライターか煙草?腕時計か?と思案したが、
榎本は扉のノブを押さえ、半開きにした所から顔を出して急げと手招く


「忘れもの」


榎本の唇が、土方のを掠め取った。
そしてふわっと歯みがき粉の爽やかなミントが香る


「それじゃ」

「………待て」

「ん?」

振り向いた榎本に、一瞬、言葉を呑み込んだ



「送ってく。」


その帰りに、無くなった歯みがき粉と同じ物を買って来よう。と土方は思った






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一緒に住んでるかどうかなど、そんな詳細は私も知りません←




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