Paordy-novel

□雨の日の午後
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榎本は映画が好きだ。
主に洋画…その中でもイタリアからフランス映画などを好む。
だが苦手なのはアクション映画。血眼になって人と殴り合うような度肝を冷やすアクションがアクション映画のウリでも、榎本にすれば直視出来ない。
だから必然的にジャンルはミステリー等に絞られた。
無論、理解出来るから字幕すらも必要無い。映画館で見たいのもやまやまだが…他人のポップコーンを食べる音、コソコソと何処からともなく聞こえる小声話し、息遣い、全てが煩わしい

鑑賞中に飲み物以外は必要無いし。話し掛けたり、話し掛けられるなど、もっての他だ。一度でも気が散って集中力が途切れてしまうと、再びその世界観に入り込むのは難しいから。
だから、他人と映画を見るなんて無いと思っていた


しかし今は梅雨の真っ只中。平日で尚且つ余程の話題映画が無ければ人混みなど有りもしない。
そして、特に雨が強い日をわざわざ狙って榎本と土方は映画館に居た。
外は目論んだ通りの大降りな雨。映画館の中ですら少し蒸しているくらいだった

「何を見ンだ?」

「有名な学者が書いた、イタリアが舞台のミステリー小説を映画化したやつだよ。ちゃんと字幕付き」

「ふーん、あっそ。俺はタバコ吸って来るから、先になか入ってろ」

土方は軽く告げて喫煙所へ吸い溜めに行く。
榎本の趣味を知っているし。平然とフランス語でも英語でも話す榎本が字幕を見ると言うのは無論、己に合わせての為だろうから特に土方は文句を言わない。

2本ほど一気に吸えば時間も丁度いい頃合いだ。缶コーヒ1つを手に土方が館内を見渡せば思った通りやはり人は疎ら。
況してや今の洋画は吹替え版も有るし、DVDなどの普及で大抵がそっちへ流れる。そして、こんな梅雨の日に映画館へ来て字幕映画を見るのは、余程の拘りある映画好きだ。
その映画好きに含まれる身内の見覚えある後頭部が椅子に座っている。
席は中間の真ん中。
土方が歩み寄った所で、思わず足が止まった

「アンタ…何だソレ」

榎本の椅子の脇にあるドリンクホルダーにカップが置かれているものの、明らかに表面が白い泡で覆われている

「ビール。一杯だけ良いじゃん」

まぁ車を運転する訳でも無く。その程度のアルコールなら榎本にすれば水も同然である。
それ以上、土方は何も言わず榎本の隣に座った。
直ぐに暗転して予告や広告が流れ始める。チラッとだけ横目で榎本を見れば既にスクリーンへ集中している様子だ。


本編が始まり、暫く二人は映画に集中していた。
土方は字幕を目で追い。
榎本は、何処にミステリーを解く鍵があるのかとスクリーンを食い入るよう見詰める。
小説で内容を把握していようが、映像が織り成す緊迫感やまた別の味があるから1シーンも見過ごせない。
少し手に汗握って見る榎本。その隣の土方は、フと感じた視線でついスクリーンから目を反らしてしまった

土方らが座る中間より斜め前方のそこには、数人グループの女性客。
この映画の主役俳優がお目当てか何かか、特に話しに集中している訳も無さそうで。尚且つ何故かチラチラと先程から目線が送られているのを感じる。
当然、映画館の席は上の方が高いのだから、後ろに居る此方からは丸見えなのだ。勿論、隣の榎本は全く気付いていないらしく前を見据えていた。
だから土方は、ただ黙ってその視線を拒絶するべく少し脚を伸ばし深く椅子に凭れると、隣に座る榎本の薄い撫で肩へ頭をこてんと預けた。
すると突然の軽い重みを感じた榎本はその肩を一度ビクッと振るわせ、丸くさせた瞳で隣を見る

「なに…」

「ん、なんでもね…黙って見てろよ」

「眠いの…?」

内緒話しのようにコソコソ囁き会う。
その最中に榎本も漸く視線に気付き、前方の女性グループが此方を伺っているのを目撃。
土方の容姿は目を惹き付け安いのは百も承知だから、的確に言えば様子を見られているのは土方に間違いないと瞬時に分かった。
そして榎本は何気無くバッチリ目が合ってしまい、直ぐに反らされて何かを向こうも数人で話しているのが伺える。
姿が見えるだけで声が聞こえる距離でも無いし、スクリーンでは綺麗なBGMとイタリア語が流れているが、彼女らが何を話しているのかは大体の察しは付く

「人に見られてるよ…」

「見せてンだろ」

「そっか。じゃあ協力する」

僅かに肩を震わせて笑みを漏らした榎本は、眉間に皺を寄せ不機嫌になってしまった土方を宥めるかのように自分から僅かに身を土方の方へ寄せた

榎本も大概、独占欲は強い。土方に自ら所有権は誰にあるのか委ねられた気分で、だから榎本もちゃんと答えて示す事にした。


今度は土方の方が少し目を丸くさせ肩口の位置から榎本を見上げる。
榎本の映画好きを知っているから肩を借りられればそれで良いし。拒絶されようがホントは会話も慎みたかったくらいだ。
その人目を気にする榎本に断わられる訳でも無く。自ら擦り寄られたのだから嬉しい限りだ。
しかし、そんな榎本の協力も虚しく。土方には目敏くもまだ目を付けられているのが分かる

一睨みでもすれば逃げるだろうかと思ったが、こうも室内が暗いと効果はあまり期待出来ない。もう既に土方は映画を見る処か、イライラが増すばかりだった。






映画も中盤戦に差し掛かろうとしている。
原本を学者が書いたと言うその内容は、イタリアの綺麗な街中を舞台に学者を演じる見目の良い役者達が、その明晰な頭脳で推力を駆使し。不可解な事件を解決へ導いてゆく物語だ。
その中で、事件に巻き込まれた端麗な一人の美女と知り合い絆を深める主人公。
彼女を糸口に二人は協力しながら謎の解明を図る奮闘が主に描かれている


やがて、事件解決に向けて謎を明かすにつれ発見された敵の組織。
味方に犠牲者を出しながら緻密な知恵比べを繰り返しつつ学者の主人公は敵の一網打尽に踏み切ると、緊迫した展開になってきた

そんな最中、土方の不快指数も上がる一方で。それを構わず、隣の榎本は前方を見据えているだけだ。
いつの間にか無意識の間に榎本と繋がっている掌は、ときどき玩ぶかのように離れたり絡めたりを繰り返し。緊迫したシーンには榎本に強く握られるから、もう映画の内容が然程気にならなくなってしまった土方もクライマックス近くの山場なのだろうと納得していた

苛つきが増せば煙草が欲しくなるのは必至。しかし、上映中の館内は無論、禁煙で、あと残り僅かの時間を堪え凌ごうとしていた、
そんな矢先…

「…寒い─…」

「…は?」

未だに肩を借りる土方の少し斜め上から聞こえて来たた呟きに驚きながら顔を上げた。
雨のお陰で蒸すくらいの気温と空気に、これ以上無い程に寄せ合っていて寒いとは何事か。

「エアコンかも…」

榎本は軽く身震いして身を縮め、冷えた風を送って来る方にある空調を指す

梅雨の湿気を払う為に温度は確かに低めで。更に榎本の近くにあったビールも見知らぬ内に空になっている。それが冷えた身体に追い討ちとなったのか定かじゃないが、
取り敢えず土方は上着を渡し。それにくるまった榎本に、今度は土方が肩を貸す

「自業自得だな」

言いながら肩口へ抱き込んだ頭を上向きにさせ、寒さで小刻みに震える口元を己とのを合わせた。
抵抗も無く容易く入り込んだ中は冷たく心地良い。
そして土方は熱を分け与えるべくヒンヤリとした舌を絡め取る

「んっ、…ぁ─…」

微かに漏れる声に急かされ徐々に激しくなる行為

「っ…ね、見えない…」

いつの間にか今度は熱いくらいになった咥内から息苦しくなったのか、榎本が土方の肩を押し上げ顔を引く

「さっきからアンタも見てねぇクセに…だから甘えてンだろ?」

少し辺りの視線(女性グループの集団)を気にている事や、寒いとか何とか途中から榎本の気は映画から殆んど反れている事を、土方はとっくに知っている。
喉を鳴らしながら相変わらずの小声で耳元で言うと、榎本も小さく吹き出して笑った

「分かった?」

「分かってた」

互いに漏れる笑いを堪えようと再び唇を交わす。
スクリーンでは、山場を通り越しクライマックスを向かえた主人公と女のキスシーンが繰り返されている

その途中で又しても強い視線を感じた土方が、口付けを続けるまま横目だけで斜め前を見ると、あの集団の視線が有り。
僅かに意地悪く歪めた口元で更に深く榎本へ噛み付くと、小さいながらも悲鳴が此方の位置まで届き。
慌てた様子で目を背けられてしまった。

すると、先程までの苛つきは一瞬にして消え失せ。
煙草を欲しがっていた物足りなさも十分にキスで満たされたが、

ざわめく女性客の反対側の辺りから、如何にも不機嫌そうな男の大きな咳払いが一つ聞こえて来た。

スクリーンで未だに流れるハッピーエンドの最後に、女が主人公の耳元でなやめやしくラテン語で

『Amor tussisque non celantur』

と囁いた


「字幕、見て…」

「?」

クスクス笑う榎本に土方も囁かれてスクリーンを横目で見ると其所には



 恋と咳は隠せない


白い字幕の文字で綴ってあった





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※『Amor tussisque non celantur』
ローマ文学詩人・オウィディウスが宣言したイタリアに伝わる格言

ネタはもろバレな気もしますが、あの龍馬さんが操られていたと言う(←笑)フ●ーメーソンを題材にした●●コードです。格言は映画と全く関係ありませんよ

ってか、何処がほのぼの系?相変わらずほのぼのとイチャコラの境界線が分かっておりません!恥ずかしいったらありゃしない←
今更なんですが、言い訳は有りすぎて逆に思い付きませんね。ただ書いていくにつれて副長の甘えたが炸裂してしまいました(笑)

ナギ様へ、リクエスト感謝致します!!二人の愛を貴女へ捧げます←いらね
御拝読ありがとうございましたww



 

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