Paordy-novel

□夢見るオトシゴロ
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「う〜寒っ…」

かじかむ手を擦り合わせ、気休めと知りつつも息を吹き掛ける。吐き出された息が空気を白く濁らせた。

いつものようにバイトからの帰り道。夜も遅い住宅街には人の気配もない。
静けさが余計に寒さを際立たせている気がして、野村は足を速めた。
部屋は、もう目の前だ。


「ただいま」

「おかえりー」

玄関を開けると、ぱたぱたという足音とともに白いエプロン姿の相馬が出迎えた。ふわりと漂うのは夜食の香だろうか。
野村はシチューの優しい香ごと相馬を抱きしめると、小さくふるりと震えた。
夜道の冬風で冷え切っているだろう己の体を思い出して離れようとすると、背中を引っ張られる感覚がして相馬がコートを握っていることに気付く。

「冷たいな」

「あ、まぁな…だから、離せよ。お前まで冷えるぞ」

「…」

「相馬?」

肩に手をかけて力を入れてみるが、一向に離れる気配はなく、それどころかより強く抱き着かれて野村は戸惑ってしまう。
肩にかける力が小さいのは抱き着かれて嬉しい本音の現れだが、離れて欲しいのも本音なのだ。
大切な恋人にわざわざ冷たい思いはさせたくない。

「野村」

どうしようかと考えあぐねる野村を、相馬が下から呼んだ。
うっすらと頬を染めた相馬を至近距離で目の当たりにした野村が息を飲む。
数回迷うように口を開けては閉じていた相馬が、やがて意を決したように顔を上げた。
潤む瞳に、ここは寒い玄関先なのだという理性が、薄れていく。

「そ、う…」

「あたためて、やろうか…?」

「っ…」

薄桃に染まる頬に揺れる瞳。強く握りしめる背中に回った手。
か細い糸が、ぷつりと切れた。
頬に手を伸ばすと相馬の肩がぴくりと震え、魅力的な切れ長の瞳が隠される。
うっすらと開かれた唇に唇を重ね―……




「〜〜〜っんのバヤロー!!!」

ドカッ

「いってー!!!」

襲った衝撃に、思わず叫んで頭を抱えた。あまりの痛みに涙が滲む。
衝撃を与えた張本人を見上げると、薄桃だった頬は赤みを増し、潤んでいた瞳はこれでもかと吊り上がっていた。
仁王立ちする相馬が身につけているのは白いエプロンではなく、見慣れた制服のブレザー姿だ。
場所も冷たい空気が入り込む玄関ではなく、空調の効いた学校の教室。昼休み中とあって、人はまばら。
ついさっきまで座席に座っていた相馬は今、野村の頭に叩き込んだ拳を握り込んでプルプルと震わせている

「何すんだよお前!」

「お前がふざけたことをぺらぺら喋るからだろう!」

「ふざけてねぇよ!なんだよ、聞いてきたのは相馬だろ!?」

「テメーがそこまで変態だとは思わなかった!」

「変態じゃねー!健全なオトコノコなら恋人とのラブラブな夢くらい見て当たり前だろ!」

「当たり前か!?」

そのまま喧々囂々と喧嘩を始めた二人を前に、大野は隠すでもなくため息をついた。

「今日も仲が宜しいことで…」

「騒がしい」

もちろん安富のため息にも呟きにも気付かない二人の口争いは止まることを知らない。
口に含んだ缶コーヒーは大野の好みの筈だが、何故か必要以上に苦く感じた。

「いい夢見たって言うから何かと思えば!」

「いい夢だろ!?愛しい恋人が手料理作ってくれて、優しく出迎えてくれるんだぞ!ロマンじゃねぇか!」

「…ほーぉ、それは随分と安っぽいロマンだな。悪かったよ。どうせ俺が作る夜食はいつも冷凍かレトルトだもんな」

「なっ…違、それとこれとは別…」

「一緒だろ!文句があるならハッキリ言えばいいだろうっ!」

「そ、そぅ、」

「遠回しにぐちぐち言いやがって、もう知らん!」

「相馬!!」

ドスドスと足音も荒く教室を去って行く相馬の背を慌てて追う野村の姿に、大野は再びため息をついた。
犬も喰わないものを無理矢理飲みこまされたような気がしてなんとも苦々しい。
もっとも、あの二人が本気で喧嘩をすれば厄介なことこの上ないのは知っているので、
あの程度のじゃれあいは、痴話「喧嘩」のうちに入らないのかもしれないが。

「…あー、今日も平和だなあ安富」

「まったく」

遠慮なくものを言えるのは仲がいい証拠だろう、そもそも2人の掛け合いを厭きもせず律儀に聞いている自分もどうなんだ。
恐らくは今頃廊下でいちゃついているだろう2人を思って、大野は半ば白い目で真っ白なグランドを眺めた







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