Paordy-novel

□本年も沢山の愛情をA
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漸く初詣に行けたその日。
ついでに中心街まで買い物に出かけた2人は、さして目当てのものも見つからず、軽く夕飯を済ませてから帰路についていた。
西日差す、空が薄い橙色に染まる、その時間。


「…っ……苦しっ…!」

久々に利用した電車。断続的な騒音の中、榎本の小さな悲鳴が人込みに落ちる。
時刻は帰宅ラッシュ真っ只中。
祝日明けと言う事で、車内は家路を急ぐスーツや、同じく初詣帰りか縁起物を手にする人で溢れ返っていた。
籠もる熱気で窓という窓は白く染まっていて、外の景色さえ見ることは出来ない。そもそも、そんな余裕はないのだけれど。


「大丈夫か?」

「んっ…なん、とか…」

酸素が薄い。戸口に立ったおかげで、まだ正常な呼吸は出来ている。
車両の真ん中辺りだったら、酸欠になっていそうな気さえする。
そんな榎本を心配そうに見下ろすのは、荷棚に手をかけても尚余裕で腕を折っている土方だ。
10cmほど上空は、蒸せるような熱気は感じないのだろうか、涼し気な顔が羨ましく思えた。

「まだ、ゆっくりしてればよかったな」

思いがけない言葉に、榎本が首だけ振り返る。
早く帰れば、という選択肢ではなかったことが、なんとなく、意外だった。
年が明けてからは初の、約1週間ぶりだ。
土方も自分との外出を楽しんでくれたのかと思ったら無性に嬉しくて、榎本は照れたように笑みをこぼした。

「ははっ、そうだっ…うわっ!」

「おっ、」

がたん、と大きく揺れた車両が、ぎゅうぎゅうに詰まった人の波を起こす。
押し潰される、と両手で手摺りにしがみつき思わず構えた榎本の視界で、土方の腕がドア硝子に向かって伸びた。
来ると思った衝撃は、その腕の向こうで止められている。

「あ…、ありがと」

「いや、…この方が好都合だな」

「…ん?」

素直に告げた榎本の礼を受け土方が苦笑を滲ませる。
少し前までは、同じように揺れても土方の体は手を付いて支えなくてはいけないほど、大して動じた様子はなかった。
ならば何の都合なのか。
榎本は、肩越しに土方へ視線を送った。真っすぐな疑問を受けた土方は、思わず口許を弛ませる。
そのまま寄せた榎本の耳元で、笑みを含んだ答えをそっと教えてやった。

「あまり、アンタを他人に触らせたくねぇから」

「なっ…ばっ…バッカじゃないのっ!この状況で…」

棚から放した土方の手が、手摺りを握ったまま硬直した榎本の手に重なる。揺れた電車のせいではないだろう、細い肩が小さく跳ねた。
土方の掌が拭ったドア硝子には、赤い顔を俯けた榎本が僅かに映る。告げた罵声が、照れ隠しだったことを教えていた。


「…オイ」

「なっ、なに?」

さっきとは違う酸欠が、榎本を襲う。
途切れない走行音が、まるで今の自分の心拍数のようで、榎本は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

「体ごと、こっち側向け」

「えっ?…こう?…っ!」

また大きな揺れが、車内の体をふらつかせる。
後ろから顔を覗き込むようにして土方に言われ榎本は、素直にその狭い中で器用に体の向きを変えた。
何かあるのかと、見上げた土方を瞳に映したか否か。榎本の背に土方の腕が回された。

「ちょっ、!?」

「あまり動くな」

言いながら腕に力を込められて、榎本は否応なく土方の胸へ抱き込まれてしまう

「え、駅員さ〜ん、痴漢がココに…」

「黙っとけ。こんな満員電車、誰も気にしねぇよ。それに…」


――知らないヤツに押されるより、俺の中がいいだろ?

そっと耳元で囁いた土方が、榎本の髪に口唇を落とす。
どんでもないことを聞いた気がして榎本は、上げた視線の先で、してやったりな表情の土方を見た。

「…君って……時々すごくバカだよね…」

「あ?バカってなんだ」

「そのままの意味」

揺れた振動に手伝ってもらい、榎本が土方の胸元にきゅっとしがみつく。
騒音にも負けず直に伝わる少し早い土方の心音が心地好い。
コートの裏で土方の腰に腕を回して榎本は、もう一度背を抱く腕を感じて小さく息を吐いた。
下りる駅のアナウンスが流れる。
もう少しこうしていたいのに…。思って榎本は、ブレーキのかかる音を耳にしながら、強く抱き締める腕に身を任せた。







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