Paordy-novel

□本年も沢山の愛情を
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新しい一年の幕開けは呆気なく職場で迎えた。
それでも2人(きり、では無いが)一緒に居られたと思えば多少は救われる。
年末を師走とはよく言ったものだが、それこそバーゲンセールかと思わせるほどの各種様々な仕事が、土方を榎本のもとからことごとく連れ去っていくのだ。

大晦日は夜食代わりの出前の年越蕎麦を同僚一同と食べていたら、あっという間に日付と年が変わった。
そして新年明けて三日目、並んだ屋台の向こうに見える軒先に、どれも同じような挨拶文句を印刷した紙を貼る店々を眺め、榎本は深い深い溜め息を散らした。


「まぁ、三が日ギリギリだし…行けないよりはマシかなぁ」

腰を下ろしたベンチに背を預け、一年前を思い出す。
去年、自分は5日くらいまで仕事に追われていた。
新年の大盤振る舞いと言わんばかりに、次から次へと目の前に重ねられていた書類を思い返すだけで、榎本を頭痛が襲った。
今日とて、先程漸く解放されたばかり。太陽はとうに真上を過ぎ、昼食を取りそこねた腹は、小さくクゥと音を鳴らしている。


「ああ…土方くん、早く来ないかなー…」

マフラーの中に口元までを埋め、榎本は上目に人込みを見つめた。待ち人はまだ来る気配がない。
仕事を上がってすぐに榎本は土方へ、初詣に行こう、と電話をかけた。
案の定、いきなりかと呆れたように言われたが、待ち合わせの場所だけを告げ通話終了ボタンを押す早業は、最近身につけた榎本の特技でもある。
再度断りを申し出る電話が来ないということは、土方が新たな仕事を抱えたか、こちらに向かっていることを教えているというのは、榎本の願望だ。


「うあっ…風が冷たい…」

そこそこ有名なこの神社には、途切れる事なく人の波が続いている。
中には晴れ着を纏った女性も見え、正月気分を盛り上げていた。
それにしても、寒い。若干、心も身も寒いのだ。
日の当たるベンチだとしても、吹き抜けていく風は冬のもの。暖かいはずはない。
手袋を忘れた両手に吐いた息を当てれば、目の前がうっすらと白んで見えた。


「はぁ〜…寒い!」
「はぁ〜…さみぃ!」


思わず零した言葉が自分以外の声と見事に重なって、榎本は弾かれたようにそちらを向いた。
どうして今まで気付かなかったのか、同じベンチで、少し距離を空けたところに青年が座っている。
そうしてよくよく見れば、同じく驚きに目を丸くした青年は、同じように手袋のない両手を口元で止め、榎本をまじまじと見つめていた。
姿形こそ違えど、鏡を見ているようだと思ったのは、榎本だけではないらしい。
見ず知らずの人とここまでシンクロすることは、そうそうない。
思わず吹き出したのも、まさに同じようなタイミングだった。


「ははっ…ホント、寒いよねぇ」

「まったく。待ち合わせ、っすか?」

「うん。来るかどうかわからないけど、一応ね。君も、でしょ」

「あー…まぁ、はい」


言って青年は、四方に癖のある柔らかそうな髪をかきながら、顔に苦笑を滲ませる。
彼女?、とつい尋ねた榎本に、青年は暫く口元に躊躇いを見せながら一言、恋人、とはにかむように言葉を乗せた。
うらやましい、と滲む笑みを榎本が足元に落とす。
自分も言ってみたい。
そりゃ誰も自分たちの関係を知らないわけでは無い。松平や大鳥はこちらから告げる以前に感付いたようだが、けれど、やはり外では口に出来やしない。
同じように青年に問われ、榎本は眉を下げて答えた。同僚で同居人だよ、と。


「1つ年上なんだけどさ、やけに私のこと子供扱いするんだよね」

「1つって…俺と同じくらい?」

「え?君、大学生でしょ?違う、違う。34歳。ちなみに私は33」

「へっ…マジ、っすか…」

「あっ…10歳差…?…うわ、すごい年取った気分!」


十年一昔とは言ったものだ。気付いた事実に頭を抱え、榎本は現実に悲鳴を上げた。
つい今し方終えたばかりのつもりでいた青春時代も、今や三十路過ぎ。時間の流れは恐ろしいものだ。
覚えず打ちひしがれた榎本に人懐こい笑顔を青年は見せて、肩を叩いて宥めてくれた。

「…で、その同僚の同居人さんと待ち合わせ?」

「…ん、そう」

「へぇ〜…どんな人?」

「どんな?……んー…」


どこで興味を引いたのか、青年が問う。
そのことに疑問を感じるより先に、榎本は土方のことを訊かれたのがどうしてか嬉しくて、知らず頬を綻ばせた。
どう答えようか、浮かんでくる土方の像を見て、榎本が口を開く。


「仕事柄いつも冷静沈着で、やたらと物分かりが良くて、おっかなくて、時に優しいかも」

「真面目な感じ?」

「もうクソが付くくらいの真面目だね。休みの日でも呼出しの電話が来たらすぐに行っちゃうし…。約束も何も普通にすっぽかすし」

「は?誕生日とかも?」

「うん、まぁ…」

困ったように眉を下げつつ、一言謝罪を口にしては、これまで幾度となく見送った背中を思い出し、目頭がフと熱くなりかける。
いけない、と思うのに、手元に戻りかけた寂しさが榎本を襲う。
歪みそうになる視界の中で、ぎゅっと握った自分の拳が見えた。

「あぁ〜…置いてかれた方は、すげぇ寂しいよな…」

「…っ、そうそう!分かる!?なんで休日出勤も残業も平気でするかなぁ、と思いながらも、止められない自分もまた悔しいっ!みたいな?」

「いやいや、置いて行く方だって辛ェんですよ!寂しい思いさせちまってンだろうなぁ、とか、すまねぇな、とか、でも仕事は仕事じゃねぇですか」

「そりゃ、仕方ないと分かってるんだけどさっ!」

思わぬところで見付けてしまった同士に、榎本の声も高くなった。張りそうだった水の膜は引き、今やその瞳はきらきらと輝いている。
青年もまた大きく頷きながら、思い出すのか、時折深い息を吐いて榎本の言葉に賛同や、謝罪を示した。
聞けば彼は三日三晩バイト漬けで恋人を部屋に残したままだと言う。漸く、初詣に連れ出せた。と彼は苦笑を溢した。
なんだか彼の恋人の寂しさまで榎本は自分をシンクロさせてしまった。それと、ちょっぴり羨ましい。
あの土方が、新年早々擦れ違いが続いているのをこうも気にしてくれているだろうか。
そして、そんな青年の恋人も美人で賢くて一癖も二癖もある人なのだという。今でいうところの、ツンデレ、を地で行くのだとか。
他にも悩む共通点を聞いてしまい、榎本は人事とは思えず風の冷たさも忘れ青年とツレ談義に花を咲かせた


「…っつか、俺らって…」

「…なんだか、悲しいね…っていうか…女々しい?」

「だな。新年早々何してんだか」

「ホント…。後でお参り、しっかりしよう!」

神頼み、でどうにかなるとは思っていないが、少しくらいは前向きになれそうな気がする。
顔を見合わせて二人は、賽銭を奮発してみようかと笑い合った。
そうしてふと、榎本の視線が地に下がる。



「さっき、優しい人って、言ったけど…」

問われてすぐに渡したものを、榎本が徐ろに手元に返す。
伝えたことは事実だけれど、少しの違和感を持っていた。それを、訂正したい。

「私が…甘えすぎてるんだよね」

青年の視線が、こちらに向いたのがわかった。けれど榎本は顔を上げない。
腿の上で開いた両の掌を見つめたまま、そこへぽつりぽつりと科白を落とした。

「すっごい我が儘ばっかり言ってるのに、ダメってあんまり言わないんだよね。なんでも聞いてくれちゃうの。それって…それって、どうなのかな…よく、ないよね」

一回り近い年下の青年に、こんなことを問うのは間違っている。ましてや、たまたま同じベンチに座っていただけの間柄だ。
分かっていたけれど、止められずに零れてしまった。呆れられただろう。
ひとつ息を吐いて榎本は、無かったことにしてもらおうと漸く視線を青年に向けた。


「…うらやまし…」

「えっ…?」


けれど榎本の瞳に映ったのは、思っていた呆れ顔の青年ではない。
どこか拗ねた素振りの子供っぽさを感じさせる表情だった。


「俺は、言ってほしいかな、ワガママ。少しでもいいから…アイツに言ってほしい」


その人がうらやましい…。
ぼそっ、と青年が白い吐息に混ぜてこぼした。
子供染みたことを言ったとでも思ったのか、ふいに背けられた青年の頬が朱色に染まる。
それがおざなりで言ってくれた言葉ではないのだと、榎本は教えられた。
土方を羨んだ青年の横顔に、今度は榎本が思う。


「そんな風に思ってもらえるその人が、私はうらやましいね」

「へっ…?」

「ふふっ、自分たちって、ホントに似た者同士だと思わない?」

「…はっ……思う!」

けらけらと声を上げて笑い合ったところへ、榎本を呼ぶ待ち人の声が空に響いた。
砂利を踏み締める足は急いでくれたのか、はたまた他の理由があるのか、些か早い。いっそ乱暴にも見える。
その足取りに気を取られるより榎本は、漸く会えた喜びに飛び着かんばかりの勢いで腰を上げた。


「遅いよ!寒かったじゃん!」

「テメェが先に終わったからって、いきなり呼び出す方が悪いだろうが」

「あっ、熱燗飲もう!君の奢りね」

ぎゅうっ、と土方の腕に絡み付き、これだけ冷えたんだと伝える榎本の視界に、もう一人の人影が映る。
未だベンチに座る青年の前に現れたのは、少し線が細く感じる綺麗な人。
黒いコートを羽織ったその人は、青年の表情から察するに彼の待ち人だろう。
けれど、いくら綺麗な顔立ちでも分かる。あの人もまた、青年だ。

――ん〜…恋人、です

彼女かと訊いたのに、そう返された意味を漸く知る。思わず頬が熱くなった。
彼はなんて正直者なのだろう。なんて、素敵な人だろう。


「オイ…行かないのか?」

「ん?…うん……ちょっと、待って!」

土方に足を促され、榎本は手を離した。
いま言わなければ、きっと、絶対、後悔する。そんな一年の始まりはお断りだ。
そうして恋人に何やら小言を言われながらも満更ではない顔で立ち上がり、その場を去ろうとした青年の腕を榎本はぐっと掴んだ。


「あのっ、あのさっ!」

「へっ、な、なんだよ」

捕まって惑う青年が、榎本を振り返る。
疑問を存分に浮かべる青年に、どう伝えようかと榎本もまた躊躇いを口許に見せた。
刹那、刺さるような視線に榎本が気付く。出所は、間近で見ればより肌の白さが分かる、青年の待ち人だ。
彼から聞いた話から思うに、きっと無意識だろう訝しげな視線を寄越す彼の恋人へは、思わず笑みを向けていた。
この人に、彼がどれだけ貴方のことを思っているのか教えてやりたい。
嫉妬にも似た思いは胸に収め、榎本は青年にそっと耳打ちをした。


「同僚で同居人だけどね、私も―――…」

聞いた青年が思わず吹き出す。それは驚きではなくて、今更?、と言った風だった。
けれど榎本は、満面の笑みを見せる。告げておきたかった。大事な大事な関係のこと。

恋人、待ってたんだよ!

初めて人に告げてしまった。嬉しい。恥ずかしい。照れ臭い。でもやっぱり、嬉しい。
ほくほくと心を温めながら榎本は二人に別れを告げ、待っていた土方の指に冷え切った指を絡ませて手を繋いだ。

「何してた、誰だアレ」

「教えなーい」

見上げた先には少し不機嫌そうな顔があったけれど、振りほどかれることはない。
土方も少しは、彼のように思ってくれているだろうか。我が儘が嬉しいと、そう感じてくれたりするのだろうか。
決して訊けないけれど、そうならいいと、榎本は思う。それこそが我が儘だったとしても。


「ねぇ、」

「あ?」

「今年も、これからも、ずっと、よろしく」

「…はいよ、こちらこそ」


初春喜びの中で笑った貴方へ。
本年も、ご多幸と愛情を、宜しくお願いいたします。





 本年も沢山の愛情を
 side…野×相 学パロ





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