Paordy-novel

□本年も沢山の愛情を
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新年の幕開けは、なんとか無事2人で一緒に寮の部屋で迎えることができた。
年末年始は、忘年会、スーパー等で大売り出しから始まり。お年玉を握り締めておもちゃ屋に駆け込む子供。福袋を求めて並ぶ大人。その後、お節に飽きてファミレスへ。
それこそバーゲンセールかと言う各種様々に人が外へ出る時期は、多種多様な所でバイトをしている野村を、相馬のもとへ置いといてくれない。
いやバイトは好き好んでしている事だけども、大晦日ギリ帰宅が間に合ったほどにシフトを入れてしまったのは、流石にキツかった。
急いで年越蕎麦を食べさせてもらっていたら、あっという間に日付と年が変わっていた。


「あぁー、しんどい…」

腰を下ろしたベンチに背を預け、本日も朝早くから先程までびっしり使い果たした身体を少し休める。

「相馬は…まだ来てねぇか…」

水色の空を仰いで、浮かぶ白い雲に溶かすよう、野村は大きく息を吐いた。
打ち合わせ通りにバイトが終わり次第に即行でメールを入れておいたが、待ち人の姿は、まだ見えない。
初詣に行こうと野村が相馬を誘ったのは、記憶が間違っていなければ確か元旦のことだった。
面倒だのなんだのと言いながらも、相馬は行かないとは言わなかった。
本を読んでいた横顔に、嬉しそうな色が滲んでいたのを野村は見逃していない。
けれどその日は2人で出掛けることは出来なかった。ちなみに今日は、3日だ。
今の今まで、野村が忙しかったのは言うまでもない。


「ちくしょお…冷てぇ風だな!」


朝早くに部屋を出てたが、ぜったい午後には行けるからと、そこそこ有名なこの神社で待ち合わせをした。
途切れる事なく人の波が続いている。中には晴れ着を纏った女性も見えるが、相変わらず相馬の姿はない。
寒い。心も体も寒い。日の当たるベンチだとしても、吹き抜けていく風は冬のものだ。暖かいはずはない。
手袋を忘れた両手に吐いた息を当てれば、目の前がうっすらと白んで見えた。


「はぁ〜…さみぃ!」
「はぁ〜…寒い!」


思わず叫んだ言葉が自分以外の声と見事に重なって、野村は弾かれたようにそちらを向いた。
今まで気付かなかった、同じベンチで少し距離を空けたところに男性が座っている。
同じく驚きに目を丸くした小柄な男性は、野村をじっと見つめた。
同じように手袋のない両手を口元で止めた姿は、まるで小動物のようだと思わされたほど、どこか可愛らしい。
姿形こそ違えど、鏡を見ているようだ。見ず知らずの人とここまでシンクロすることは、そうそうない。
つい吹き出したのも、まさに同じようなタイミングだった。


「ははっ…ホント、寒いよねぇ」

「まったく。待ち合わせっすか?」

「うん。来るかどうかわからないけど、一応ね。君も、でしょ」

「あー…まぁ、はい」

ふわりと笑った男性に、つられて野村も顔を綻ばせる。不思議な男だと思った。
初めて会ったのに、まだ一言二言しか言葉を交わしていないのに、野村は心を解かされている。
元より愛想は良いと自分でも思うところがあるが、彼も愛嬌者らしい。
そのせいもあってか、待ち人は彼女かと問われ、一瞬躊躇ったけれど、野村は口にした。


「ん〜…恋人、です」

言葉にしたら、胸がほわっと温かくなった。誰かに言ってみたかったのだ、恋人です、と。
覚えず照れが滲んでしまい、笑みを堪えようとした口許が変に歪んでいく。
それを見られた恥ずかしさから、慌てて同じ問いを彼に渡した。
待ち人は1つ年上だと言った彼に、ならばその人は自分と同じくらいなのかと尋ねれば、野村はとんだ誤解を持っていたことを知らされる。
大学生かと思っていたその人は、なんと自分より10歳近くも上だった。
告げると年齢差に打ちひしがれる様が、これまた可愛らしい。
思って、これは浮気じゃない、とまだ来ない恋人に言い訳を呟いたのは、決してやましさを抱いたからではないと思いたい。

悩みかけて頭を振った野村は、まだ肩を落としていた彼に会話の続きを申し出た。
すると、同僚で同居人、だと言った。けれどその人のことを思いながら話す彼は一目見れば分かるほど、恋をしていた。
話す言葉に一喜一憂が顔に出る。ごまかして伝えたのは、彼の年齢と世間体のせいかもしれない。
相馬のことを話す自分も、もしかしてこんな風に嬉しそうなのだろうか。
思う間もなく、仕事人間の相棒を持つ苦労が分からないのか、と彼に問い詰められ、会話はあっという間に弾んだ。


「あぁ〜…置いてかれた方は、すげぇ寂しいよな…」

「…っ、そうそう!分かる!?なんで休日出勤も残業も平気でするかなぁ、と思いながらも、止められない自分もまた悔しいっ!みたいな?」

「いやいや、置いて行く方だって辛ェんですよ!寂しい思いさせちまってンだろうなぁ、とか、すまねぇな、とか、でも仕事は仕事じゃねぇですか」

「そりゃ、仕方ないと分かってるんだけどさっ!」

「それに、そうまで働いて家で出迎えられた時、漸く帰って来たぜって思うあの瞬間は、やっぱ最高に幸せっスよ!」

「…でも、向こうはきっと、君みたいに思ってないかも。半端ない仕事人間だからね。職場で年明けて蕎麦食って家帰って寝て、すぐ出て行って。帰って来たと思えば寝てるし、また出て行って…」

「す、スンマセン…。」

人のフリ見て我がフリを見る。とはこの事だろうか。
野村はつい自分たちをシンクロさせてしまった。なんだか只ならない彼の気配に思わず謝ってしまう。
新年明けてまだ三日。すでにこれ程の寂しさを三日間味わわせているだろう身としては、涙が滲みそうになる。
聞けば、彼も待ち人と二人の時間が過ごせていないらしい。今日は無理を言って呼び出したと、彼は苦笑を溢した。
ちょっぴり羨ましい。あの相馬も、ここまで自分を求めていてくれるだろうか。
思わず俯きそうになった野村に、お相手はどんな人?、と問いが投げられた。


「あ〜…すっげぇ美人で、賢くて、気が強くて。でも…脆くて。ほっとけないっつーか」

「うわ、ベタ惚れだね」

「へへっ。あっ、でも物凄いツンデレだな。今流行りっていっても限度があるよなぁ…すぐ拳や足が飛んでくるんだぜ?」

「その割には、嬉しそうだけど」

「そうか?…って、俺Mじゃねぇからっ!」

野村が反論すれば、彼の笑い声がケタケタと空に響いた。
どうやら大切な人に寂しい思いをさせられているらしい者と、おそらく大切な人に寂しい思いをさせているだろう者、互いの悲惨さに溜め息を吐いて、後でしっかりお参りをしようと笑い合った。
神頼みもどこまで行くかは分からないが、少しくらいは願いたい。

そうしてふっと息を吐いた時、
ごちるような小ささで、彼が最初に零した野村への答えを手元に返した。
そっちの相手はどんな人だと問いたとき、年上で尚且つ生真面目な性格ゆえに、つい自分が頼り甘えすぎているのだと、彼はまるで謝罪するみたいに自分の掌に言葉を落とした。
彼のどんな我が儘もダメだと言わないらしいその人に、野村はほんの少し、嫉妬を感じた。

(我が儘、か…それって、さ…)

愛されてるって、ことじゃないだろうかと、野村は思う。
頼られたり我が儘を言われて聞いてしまうのはきっと、その人が彼のことを想うからだろう。
ダメだと言わないのもきっと、聞ける範囲のものまでしか彼が言わないからだろう。おそらく彼はちゃんとそこを踏まえているのだ。
だから、新年早々にこんな所で今日まで我が儘を言えなかった分の愚痴を、他人に溢しているのだろう。


「…うらやまし…」

「えっ…?」

野村には、相馬から我が儘を言われた覚えはない。
どっぷりと甘えてもらったことはあっただろうか。否、あるわけがない。
あの相馬が甘えてくる様は、中々に想像し難い。


「俺は、言ってほしいかも、ワガママ。少しでもいいから…アイツに言ってほしい…」


その人がうらやましい…。
思わず零した言葉はやけに子供っぽくて、羞恥に頬が熱くなるのが分かった。
視線を感じて逸らしたけれど、耳まで赤くなっていてはあまり意味はないだろう。
溜め息を吐きかけたとき、隣から思いもよらぬ科白がかかった。


「そんな風に思ってもらえるその人が、私は羨ましいけどね」

「へっ…?」

「ふふっ、自分たちって、ホントに似た者同士だと思わない?」

「…はっ……思う!」

けらけらと笑い声を零し合った刹那、彼の名だろうか、まるで猫か何かを招くように呼び掛けが響いた。
途端にぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた彼に、分かりやすい人だと野村も頬を緩ませる。
すぐに腰を上げ、飛び付いて行った勢いで早速熱燗のおねだりをしているその人の背を見送っていた野村に、ゆらり、一人分の影が重なった。


「新年早々ナンパか。いいな、明るい幸先で」

「ちょっ、ナンパな訳ねぇだろ!俺がどんだけ相馬を待ってたと思ってんだ!」

「知るか」

お待たせ、の一言もなく、見上げた先には不機嫌いっぱいで笑みを浮かべている相馬の姿。
怒っているのに、にっこりと笑っているから余計に怖い。
けれど、それがヤキモチからのものだと明白だから、野村の顔も思わず緩んでしまう。
その変化に気付いた相馬もまた、黒い笑顔を治め、拗ねたような頬をほんのりと赤く染めた。


「漸く行けるな、初詣」

「…あぁ、こんなにずれちまって悪ぃ…」

「まあでも、こうやって無事に来られたからな。許してやるよ」

「……おう」

腰を上げ、両腕を天に突き上げれば、凝り固まった体がぐっと伸びて音をたてた。
それが側の相馬にもしっかり聞こえてしまったようだ

「なんか温かいモノ食いに行くか」

「あ?」

「疲れてんだろ。それに、今まで寒かっただろうし」

ただし、まずはお参りしてからな、と少し強めの語尾で付け加える相馬の台詞に、おかえりと言われた訳でも、まだ家に帰った訳でもないのに、野村は
あの部屋で相馬に出迎えられた時にも似た安堵感を感じた。
自分が帰るべき場所に帰ったのだと思って、ニッと笑って一歩踏み出そうとした野村の体は、後ろから引かれた腕に引き止められた。

「あのっ、あのさっ!」

「わっ、な、なんだよ」

相馬の視線が痛い。
振り返った先には、自分よりも少し低い位置に先程の男性がいた。
小柄だとは思っていたが、仕種、容姿ともに含んでこのサイズは中々に可愛らしい。
しかしながら、その遠く向こうからびしびしと突き刺さる彼の待ち人からも受ける鋭い視線が痛い。如何にも高級そうなスーツを着ているやけに綺麗な男前だ。
苦笑して見せたけれど、返ってきた眼孔に宿っているのはきっと殺意に違いないと、野村は冷たい汗を背に感じる。
今まで会話をしてた中で、どれだけこの人がアンタのことを想っているか教えてやりたいくらいだというのに、この仕打ち。
文句を散らしそうになった野村に、少し背伸びをした彼が声を潜めて耳打ちをした。


「私も、恋人待ってたんだよね!」

えー・・・今更?
思ったせいで、野村は盛大に吹き出した。
バイバイ、と手を振った背中に、野村は思う。きっと今、彼の心もほくほくと温かいに違いない。少し前の自分のように。
誰彼構わず紹介できることではないから、他人に初めて告げたのかも知れない。だったら尚更、幸せだろう


「随分楽しそうだな」

「は?」

「何…話してたんだよ…」

浮かぶ笑顔のまま、人込みに消えて行った二人を見送っていた野村に、些か寂しそうにも聞こえる相馬の声が届く。
取られたとは思っていないだろうが、面白くはないはずだ。
思わず笑んで野村は、手袋に包まれた相馬の手を取った。一瞬体を強張らせたが、相馬も振りほどくことはしなかった。

「後で話してやるよ」

「今話せないことか?」

「そんなことねぇけど、相馬が困るかと思って」

「はっ?…なんでだよ」

人の流れに紛れ歩みを進めながら、目指すは賽銭箱。
今年はちょっと奮発しよう。
隣からひたすら疑問を投げる相馬に少しの悪戯心を感じながら、野村はにんまりと口許に弧を描いて見せた


「あの二人、恋人同士なんだってよ」

「…あ、そう、なのか…」

「あぁ。それで、恋人自慢合戦やってた」

「…こぃ、…はぁっ!?」

どれだけ自分が相馬を想っているかを話してた。
伝えれば、みるみるうちに相馬の顔が朱色に染まっていった。
怒鳴られるかと思ったが、さきほど相馬に言われた言葉を借りるなら、これは新年早々幸先がいい。


「相馬、今年もよろしくな」

「あ、あぁ…よろしく」

「それと、まずは今夜も、ヨロシクな」

「なっ!…バッ…っ、バカ!!」


冬空の寒さじゃなくて真っ赤に染まった愛しい君へ。
本年も、ご多幸と愛情を、宜しくお願いいたします。





 本年も沢山の愛情を
 side…土×榎



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