Paordy-novel

□恋人はサンタクロース
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世間が今年最後で最高の浮かれ気分に浸る12月下旬。

インターネットを覗けば、この時期多忙なあの人の足取りが分かるようになっていたり、今現在どこを通過しているだとかの情報を覗けてしまったりと、
便利な世の中になったと感心するべきか、ストーカー行為をしている気分になるべきか、些か複雑な心持にさせられる。
忙しいと嘆く人もいるけれど、大半はこの独特の雰囲気を楽しんでいて、人も空気も全てが浮かれていた。

そして現在バスタブで楽し気に一人リサイタルを開催中の彼もまた、
もれなく地に足が着いていない様子なのだ。

「ご機嫌、だよな…」

食後のコーヒーを嗜みながら土方は、鼻歌混じりに風呂場へ向かって行った榎本の横顔を思い出し、今も奥から届く鼻歌を聞き覚えず頬を緩めた。
今日は朝からあの笑みが消えたことがない。
昨夜から仕込みをしていただけの甲斐はあったテーブルいっぱいに並ばせた料理にも素直に美味しいと溢しながら、ほわりと嬉しそうな顔を見せてくれた彼が、今日は幾度となく幼く見えた。

「クリスマスだから、にしてはなんつーか…」

普段と様子の違う彼に、違和感とまではいかなくてもいつもと違う雰囲気を感じている。どことなく、子供っぽいのだ。
常もそういう部分はあるけれど、それともまた違う。本当の意味で、子供っぽい。
仕草一つにしても、笑顔一つにしても、やけに幼い。
榎本自身は意図しているつもりはないようだが、無意識だとしても少し、異常とも思えてしまう。
現実主義の自分には理解の出来ない範疇なのかと、冷めかけたコーヒーも手伝って眉間に小さな皺を刻みながら土方は、浴室の方からやはり浮かれた足音が近付いてくる音を拾った。

「あれ、まだここに居たの?湯冷めするよ?」

「んぁ?あぁ…」

「ん…?」

よく温まってきたのだろう、赤く色付いた頬がますます今の榎本の幼さを浮き彫りにしている。
髪は早々に乾かしてきたのか、ふわりと散る毛先が榎本の心情を表しているようだ。
思ってしまったら口許が笑みに歪んでしまいそうになり、土方は残りを飲み干すふりでカップに口付けそこを隠した。

「ビールな。いま出すから、ちょっと待て」

「いや、今日はいいよ。そじゃあ先に寝るね」

「はっ?もう寝んのかぁ!アンタが風呂上がりの一杯も呑まねぇで?!」

ソファーから腰を上げた土方は大袈裟な程の声を上げた。
だって榎本が至福の時と言っても過言では無い風呂上がりの一杯を呑まずに寝ると言うのだ。
確かに本日はクリスマスだからと、食前食後とお気に入りのワインやシャンパンを空けていた榎本だが、
出す酒を呑まないということがあるのか。土方は驚愕しないではいられない。

「当たり前じゃん!早く寝ないと来てくんないかもよ。通り過ぎられても嫌だし!」

「そ……そう、だな…」

じゃあおやすみ、と早々に就寝を告げ榎本は、パタパタとスリッパを鳴らしながら寝室への道をスキップ交じりに上がっていった。


「マジ…なんだよな、アレ?」

覚えず引き攣った声が、静かになったリビングに落ちる。

一週間ほど前のことだ。
穿くには明らかに大きすぎる靴下を一組分、榎本が家に持って帰ってきた。
それはなんだと尋ねてみれば、枕元に吊るすに決まっているだろうとさも可笑しなことを問うてくれると言った榎本の表情を、土方は今でも容易に手元に返せる。
まさかと思ってもう一度その意味を問えば、

──サンタさんにプレゼント入れてもらうために決まってんじゃん。

と所謂ドヤ顔で言い切られる始末。
まさかこんな間近に希少な純粋種がいるとは思いもしなかった事実に、それを否定することも出来ず土方は、引き攣りそうになりながらもなんとか笑みを作り、そうだな、楽しみだな、とだけ返すことに成功した。


「俺なんて結構早かったけどなぁ」

思えば面白くない子供だった。現実主義はその頃からだったし、子供らしい夢を見ることも少なかったように思う。
それに比べて榎本はどうだ。成人を当に過ぎた今も尚サンタクロースを信じ、ご丁寧に枕元に大きな靴下を下げ翌朝を期待と共に待ちながら眠りに就いている。
おそらく去年までは、彼の身近にサンタクロース代理がいたのだろう。
しかし今年は、いない。
もし、明日の朝、あの靴下にプレゼントが入っていなかったら彼はどれほどガッカリするだろうか。
良い子のところにしか訪れないと言われているサンタクロースが自分のところに来なかったのは、
よもや、自分のような男と、同居ならまだしも、同棲を始めたから等と思われ、うっかり逆恨みでもされたら堪ったものじゃない。
いや、もうこの歳で良い子と言っていい定義に納まるかどうかなど土方はそこまで突っ込みが及ばなかった。
何故なら、

「…くそ…、俺も大概甘くなったもんだぜ」

とりあえずはもう一杯、少し薄めに淹れたコーヒーでも飲んで、
しっかりベットが温まった頃にでも寝室へ行こうと、土方は冷えたカップを手にキッチンへ向かった。








「ねぇ!起きて、起きてってば!土方くんっ」

翌朝、遠慮の欠片もなく豪快に肩を揺すられ土方は、否応なく心地良い夢路から現実へと引き戻された。
少し興奮気味の声は尚も上から降り注ぎ、重い瞼をなんとか押し上げれば、カーテンの隙間から零れる朝日よりも眩しく見える榎本の笑顔がそこにあった。


「…んー?」

「見て!今年もサンタさん、私んとこに来た!」

「……んぁ?」

まだ焦点も合わない視線の先に、綺麗にラッピングされた贈り物が差し出される。
靴下の中に入ってたんだとはしゃぐ榎本は本当に嬉しそうで、そこに偽りはない。
本当にサンタクロースの存在を信じているのだと、その笑顔が土方に伝えてくる。それを見上げながら土方は、こっそり胸を撫で下ろした。
いま榎本が手にして喜んでいるプレゼントは、新しいサンタクロース代理からのものだ。
昨夜ベッドに入る前、榎本が起きないかドキドキしながら忍ばせた。
明日の朝、どんな笑顔を見せるだろうかと違うドキドキも抱きながら眠った代理は今、とても暖かな気持ちで満たされている。
確かに、この日、この笑顔に出逢えるなら、サンタクロース代理もプレゼントの配布を請け負い続けるわな。と納得した。

「良かったな」

「うん!あ、君は?」

「あ?」

「君は何貰ったの?」

「は、俺…?」

「見てみなよ!」

早く早くと急かされ体を起こさせられた土方は、榎本から顔を背けて焦った。
取り敢えず、寝起きの一服にベットサイドから煙草を取って口に挿し業を煮やす。
しまった。自分の分など考えもしなかったのだから、煙草の次に手を伸ばしたこの靴下の中に何かが入っているはずがない。
けれど背後からは、そこに土方の分も入っていると信じて疑わない榎本の声が今か今かと期待を飛ばしている。
仕方ない。自分は良い子の枠から弾かれたのだと説明しよう。
思って横に下げられた靴下を取り土方は、胡坐を組む足の上で大雑把にひっくり返した。


「え…」


土方の驚きの声は、外からの雀の囀ずりに重なった。
危うくベットの上に煙草の灰が落ちそうになり慌てて手に持ち直す。
なんと、あるはずのない贈り物が土方のソコにも入っていたのだ。


「マジでか……?」

「うん、来たね!」

私も君も良い子だもんね、と榎本の声が弾む。
徐に見上げた顔はやはり幼さに満ちていて、白い光の中でやけに眩しく見えた。






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総裁の周囲にはサンタさん代理(面倒見のいい人)が無駄に多そうな気がする(笑)

親愛なるナギ様へリクにより捧げさせてもらいました!
題名が何の捻りもないね(笑)




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