Paordy-novel

□キミの機嫌と秋の空
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仰いだ空は、澄み渡るよう青く高く見えた。気持ちが良い秋晴れだ。
それなのに、あっと言う間にいつしか雲行きが怪しくなってきた途端、耳に届くのは木々の葉を打つぱらぱらとした雨音。
ナントカと秋の空は変わりやすいと言うのだから天候の移り変わりが激しい季節だ。一段と気温も下がってしまった。また冬に一足近付いたか。
先程まで賑わっていた公園も皆慌てて家路へついてしまった。出しっぱなしの遊具は、止んだらまた遊びに来るのだろうご近所さんを教えている。

「…チッ」

東屋のないこの公園で、雨宿りをするでもなくベンチに腰掛けたままの土方は、家が近いとは羨ましい限りだ。と独り面白くない感情に舌打ちした。
視界に映る無人の砂場には、玩具の熊手や可愛らしいスコップが小さな主人の帰りを待っていた。今頃は、おやつでも食べながら雨が止むのを今か今かと、大きな瞳で窓を見上げているのだろうか。


「…そいや腹減ったな…」


だらりと投げ出した足。靴が雨を吸って色を変えている。
湿って張り付いた生地を指先で広げ進みながら探ったポケットには、缶コーヒー一本分がぎりぎりの小銭が入っていた。
これでは腹の足しにはなりそうにない。
煙草も、咄嗟に握り締めて来たものの、雨宿りもしていない身分では直ぐに湿気ってしまうから諦めた。
財布持ってくりゃよかった。と言う後悔は眉間に寄る皺が訴える。そういえば携帯電話も置いて来てしまった。
深い溜め息を吐いて頭を落とせば、髪からぽたぽたと零れた雫が頬を伝っていく。首筋を通った水はシャツに吸い込まれ空からのそれも足されて随分と重さを増していた。そして寒い。
帰りたくても帰れない。戻りたくても戻れない。
行き場がないとはこのことだろうか。土方は思って、また息を吐いた。寒さで息は白く濁って出てきた。
項垂れた土方の背中が、雨に晒される。激しさを増したそれさえ、味方にはなってくれそうもない。


「水も滴るいい男、ってもそんな顔じゃあ様になってないね…」

濡れた砂を踏み締める音がして、呆れた声が土方にかかる。顔を上げなくとも分かるその尊大な声の主は、一歩一歩ゆっくり土方へ歩みを進めた。
落とした土方の視界に、見慣れた靴先が入る。
それとほぼ同時に、土方へ降り注ぐ雨が遮られた。


「雨に打たれて楽しい?」

「…出てけって追い出したのは、どこの誰だよ…」

「はーい。…でもあの時は降ってなかったし?」

「あぁそうだな…」

真剣に言っているのか、揶揄っているのか、はっきりと訊いてみたいところだ。
目一杯に不満気に眉を吊り上げて見上げた先には、悪びれた様子の一切見えない榎本が、同じ傘の中できょとんとした顔を見せていた。
数十分前に見せられた、眉間に皺を寄せた表情とは随分差がある。刺々しかった声も、今は常のものと変わらない。
ああ、秋空のように移り変わりが激しい。

「傘ぐらい買えばいいのに。女の家行くとかさ」

「財布も携帯も、持つ暇なく誰かさんに追い出されたんじゃねぇか」

「あ、そういや家にあったかもね」

「…っんにゃろ……」

分かってんなら訊くなよ…!!それに本当に女の所へ行こうものなら締め出しくらいじゃ済まないクセに。
思ったけれど口には出さず、土方は心の中でそれを叫んでおいた。
榎本が今、自分を揶揄っているのは火を見るより明らかだ。ここで食いついてしまえば、相手の思う壷。
ここは一つ、さっきの仕返しに冷たくしてやろうか。
そんなことを企んだ矢先…


「まぁ…だから…迎えに、来たんだけど」

見開いた土方の目に、赤く染めた頬を人差し指で掻く榎本の顔が映る。
照れからか視線は定まらず、あちらこちらに泳いでは、時おり窺うように土方をちらりと見た。
冷たくする?そんなのは無理だろ。こんな可愛らしい『ごめん』を見せられては


「…戻る、…?」

ぽかん、と開いたままの口が何も発しないせいで榎本の問いが少々の不安を滲ませる。
傘の上を踊る雨粒も、土方の答えを待つように音を小さくして弾んでいた。

「あぁ…寒い。腹減った」

「飯、適当に作った…」

「はっ、マジでか!?」

「あ、味は保障しないけど、さ…」

覚えず声を弾ませた土方に、榎本の焦った声がとりあえずの釘をさす。
それでも土方の顔は、雪崩るように崩れていった。
追い出されたことも、喧嘩をしたことさえも忘れていそうな満面の笑みは、今、まさに雲間から顔を出した太陽のようだ。

「どれ、ちょっと味見」

「はっ?……っ!!」

言われた意味が分からず訝しんだ榎本の目の前に土方が不意に立ち上がる。
さすがというべきか瞬時に間合いを詰めた土方は、雨に濡れた人差し指を榎本の唇に当てた。
味見、の意味を伝えるように、ふにっと押してみる。それがスイッチだったんじゃないかと思うほど、途端に榎本の顔は耳まで真っ赤に染まった。
傘を持つ榎本の手に、空いた片手を重ねる。
周りを気にして視線を巡らせた榎本のために、ほんの少し傾けた傘で小さな壁を作れば、
あっという間に二人だけの空間が出来上がる。屋根を無くした片側がさらさらと降る雨に濡れる。
それでも榎本は、土方から距離を取ることはなかった。仲直りの意味も含まれたことを、ちゃんと気付いていたから。

太陽が照らした傘に、二つの影が重なった。







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喧嘩の原因は何だろう(笑)
秋の空と言うと喧嘩とかそんなのが浮かんで来ました。



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