Paordy-novel

□お日柄いい日に
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(――な、何で――ッ!?)

部屋に通された瞬間、視界に入った男の姿に、榎本はその場で卒倒しそうになった。


本日はお日柄も良く―なんてお決まりの台詞も耳を素通りする。
いやいや心ン中ブリザードなんですけど、と一応声には出さずに突っ込んだが。
ゴテゴテとした髪飾りをつけた長い鬘に、身体を締め付ける帯が息苦しい豪奢な着物。顔には化粧を施され、楚々とした態度を要求される。
男である自分が、何故こんな格好をする羽目になったのか。
事の発端は、榎本の姉らくに見合い話が持ち込まれた事だ。
それは、家に来る学友達に片っ端から『姉さんに手ェ出したら殺す』と言ってる超絶シスコン榎本にとってとても由々しき事態だった。
近所でも評判なほど綺麗で優しくて時に厳しい…いや厳し過ぎるけど、大好きな自分の姉が、どこの馬の骨とも知れない輩と結婚していいわけがない。
それなら姉ちゃんの変わりに見合いして、自分の目で見て確める!(ぶち壊してやる!)と、半ば強引に母親を言いくるめたら、
なんと母親は『あらあら、そんなに寂しいのね』と穏やかに微笑み、榎本の過剰なシスコン暴動をあっさり許してしまい。女装させられて現在に至る。


確かに、大切な姉がそんな得体の知れない輩と結婚してしまうのは嫌だったが、
今から思えば、替え玉は何も自分でなくても良かったのでは無いか。
ぶち壊しすにしても、別の方法があったのでは無いかと思うのだが、全ては後の祭りで。
そうして、どこかウキウキした母に連れられて通された部屋に、何故か見知った男がいた。
というか、見知ったも何も、そのとても見目の良い役者のような男とは、友人と呼べる間柄である。いや、正しくは友人(伊庭)の友人だが

見合いするなんて、聞いてない…。

そういう問題でも無いのだが、このやり場の無い気持ちをどこにぶつければいいのか分からない。
どうにかバレていないようだが、もしバレたらと思うとゾッとする。

「―――それでは、後は若いお二人でごゆっくり…」

「…ッ?!」

定番過ぎるセリフを残して、立ち上がる母と、その男…土方の兄?(紹介を聞いて無かった)に、思わず行かないでと縋り付きそうになるが、迂闊に声も出せなくて。
榎本は顔を真っ青にしながら、土方と二人、部屋に取り残された。


「…顔色が優れないが、気分でも?」

「ぅ、や…、は、ぁ…」

いやいや、は?え??何?なにその如何にも優しげな微笑みは。なんだその誠実さは。つーかもうコイツ誰。この男は一体誰ですか…!?まさかあの男のそっくりさん?双子の片割れ??
内心、混乱の極みに陥りながら榎本は一言も発っせない。表情は固まり、顔色はもはや真っ白だ。
誰でもいいから、この場から連れ出して欲しい。

「気分転換に庭でも散歩しようか。天気も良い…」

一言も喋らない榎本に気を悪くした風もなく、土方は庭へ誘う。
この気詰まりな空間から抜け出したくて堪らない榎本は、一も二もなく頷いた。



だが誘いに乗ったのは間違いだったかもしれない。
そう気づいたのは、紅葉で賑わう庭を歩き出して五分もしない内だった。
着なれない着物が歩きにくいことこの上ない。

「…ぅあっ」

そろそろと歩いていたにも関わらず榎本はつまづいた。
よろめく身体を庇おうと、咄嗟に前に出した手を、伸びてきた土方の手に取られ、腰を抱くように支えられる。

「大丈夫か?」

「あ、あり…」

声色を変えて礼を言おうと顔を上げた榎本は、土方の顔があまりに近くて思わず息を止めた。
近い近い近い近い!…って、え、ちょ、何で更に近づいて…!?
元々近かった顔が、徐々に、けれど確実に近づいてくる事実に、榎本はパニックに陥る。
けれど、土方が何をしようとしているのかは分かる。
この距離で顔を近づけるとかアレだ。キスしかない。
無理無理無理。もう無理。こうなったバラすっ…!!


「まままま待ってっ!土方くん!?私は…ッ!」

「あぁ、気付いてた」

「え、」

それはどういう意味だと聞き返したかったが、
紅葉のよう紅く塗られた唇は、既に土方の唇に柔らかく塞がれていた。





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シスコン釜さんを書きたかったのに方向性を間違った。





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