Paordy-novel
□夏休みのご予定は?
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野村は長期の休み前や時期によって、バイトを幾つか掛け持ちする。
学費の足し、と言うけれど、やっぱり愛機のバイクやら諸々の費用の為だろう。
部屋には寝に帰って来ているようなものだったりして、学生としてそれはどうなんだ。と半ば呆れるが、
幾ら同室で学級委員長とかいっても、疲れている所に口煩く言う事はさすがに出来ないし。
最近は倒れ込むよう直ぐに寝入ってしまうから、会話も満足に出来ていない。
俺は、少し様子が気になったのと興味半分もあって、アイツが働く職場へと足を伸ばしてみた。
決して。
決っっして、淋しいからとか言う理由ではない。
決して!
場所は、駅前通りに最近出来たばかりのファーストフード店。
「いらっしゃいませー!」
自動ドアを抜けると、接客商売によく合った笑顔を振りまきながら、カウンター内にいた中年の男性から元気のいい声がかかる。
えと……野村は………
「あと〜ポテトもくださぁい!」
「あ、それから〜」
挙動不審気味ながらも、きょろきょろと店内を見回していた俺の視界に、カウンターの端に出来た女子高生の群れが入った。
甘ったるい話し方と、やたら上がる黄色い声に、なんだか嫌な予感…。
見えない向こう側が気になって、俺は隣のレジへと足を進めた。
それでも女の子の壁は厚くて、カウンターに立っているだろう人物の姿を捉えることは出来ない…。
「あとぉ、スマイル、くださぁい!」
……………はっ?
うわ。
今時、アレを頼む人がいるとは…。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
「私も!私もくださぁい」
そんなことをゲッソリと考えていた俺は、突然そこから上がった歓喜の悲鳴に、不覚にも体をびくつかせてしまう。
あぁ…み、耳が痛い…。
「あの…ご注文は…?」
眉間に皺を寄せ俯いていた俺に、先程の男性から遠慮がちな声がかかった。
名札を見れば『店長』の文字が目に入る。
上げた視界に入ったのは、やはり人の良さそうな笑顔と、少々困り気味に下げられた眉。
「あ…、すいません、えっと…」
「あれ?…相馬?」
それでは注文を、とメニューに視線を落とした時、俺の名を呼ぶ聞き慣れた声が耳に入ってきた。
それはやはり…、隣のレジから届いたモノで。
「……案の定…だ」
「へっ?何だって?」
「や、なんでも」
再び痛む頭に自分の足元を見ながら、俺は手だけをひらひらと振って否定を示した。
次に顔を上げた時には店長の姿はなく、代わりに立っていたのは人懐こい笑顔を浮かべた、よく似合っている独特の制服姿の野村。
「お前一人?あ、もしや俺に会いたくなったとか?」
「Aセットください」
「無視かよッ!?」
人懐こい、なんて一瞬の見間違いだ。
にやにやと笑う口元は、明らかに俺を揶揄って楽しんでいる。
「ねぇ〜野村く〜ん!こっち、まだなんだけど〜?」
そんな野村をすべて受け流し注文をした俺の横から、それはそれはとてもトゲが含まれた女の子の声。
突き刺さる数人分の視線は、確実に全部俺に向けられている。
…ってか、今の、何…?
「ねぇ、野村くん!注文取ってよ〜」
「そうだよ〜!こっちが先でしょ〜?」
…………野村くん、ね。
そんなに常連なのか?この子達は。
いや、いつからこういった店は指名制度になった。
「あぁ、ごめんな?後は店長に任せるから」
「えぇ〜なんで〜?」
片手を顔前に立て、片目を瞑り彼女達に断りを入れてる野村が、俺をその視界から消した。
親しげな物言いが、俺の知らない時間を言われている気がして…。
って………あれ…?
なんか、俺………
「野村くんがいいの〜!」
「野村くんこっち来て!」
「いや、だから…」
ブーイングの嵐に苦笑を浮かべた野村は、身体ごとそちらを向いて必死にそれを制している。
…あぁ………やっぱり。
俺、なんか腹立ってる?
「すいません。Aセット持ち帰りで」
「えっ、あ、はい!…って相馬?その眉間の皺は…っ」
「それからっ!」
そんなモヤモヤを打ち消すことなんか出来なくて。
自分でも気が付いたその皺を指摘した野村の言葉を遮って、俺は意を決した様に顔を上げた。
──後で思えば。
この時の俺の思考回路は、すでに正常じゃなかったんだろうな…。
「スマイルください」
「……………はい?」
野村の素っ頓狂な声が聞こえ、俺の目に映るその顔は驚きを露にしていた。
まさかこの俺が、こんなこと言うとは思ってもみなかったんだろう。
けれどすぐに崩れた表情に俺は、あぁ、と妙な納得を感じてしまった。
彼女達が、今時こんなオーダーをすることに。
次いで、気付く。
自分の胸が、酷く高鳴ってしまったことに。
生まれた欲に。
だから、これは俺の気持ち
「持ち帰り、で」
「へっ?あ、あぁ、Aセットな!今用意すっ…」
「違ッ、今の!……あの…今、言ったやつ……持ち帰りって…出来るか…?」
部屋に着いたら、ポテトでも摘みながら聞いてみよう
答えを聞くのが恐いなんて初めてだけど、きっと…。
きっと…大丈夫な気がする…。
「なぁ…、のっ…野村は、…好きなヤツ…いる…?」
終
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アレって今もメニューにあるんですか?
もう何年もファーストフードなんて食べてないので分かりません。分煙より禁煙の場所が多いから(笑)