箱館他CP

□狗は悦び庭駆け廻る
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「あ、相馬さん。お帰りなさい」

弁天台場の廊下で、
水が入った桶を手にする鉄之助が部屋から出て来た所に出会した

「野村は?」

「ぐっすり寝てますよ」

鉄之助の笑みに、そうか。と返し扉の取っ手に手を掛ける

「相馬さんが来たら俺はいいっスね。水変えたら隊務に戻ります」

「あぁ、有り難う。元気になったら野村に遊んでもらえ」

「はは、そうしまーす」

無邪気に駆けてく鉄之助の後ろ姿を見送って部屋に入ると、
額に手拭いを乗せベッドに横たわる野村が居る

相馬が奉行所に出勤する前に行った箱館医学所から貰っておいた薬はちゃんと飲まれているし。
呼吸は荒いが、酷く魘されている様子ではない

相馬は静かにコートをソファーへ掛け。
ベッド脇に置かれた椅子に座った

「相馬…?」

「起こしたか?」

人の気配を感じたらしい野村がうっすらと目を開き、
相馬は覗き込む

「何で居るンだよ、副長は?」

「心配するな、ちゃんと許可を頂いた」

酷く声は掠れていて若干、聞き取りにくい。
近くまで寄って覗き見る高熱で紅潮した野村の表情が、苦痛とは違う風で濁った


「すまん…」

消え入りそうな声で野村が呟いた。
根はかなり素直な野村は躊躇う様子も無く、
眉を寄せ少し脅えたように相馬を見詰めた

「謝るならバカな行動は慎め。先生にもご迷惑だろ」

額をツンと指で小突いて微笑むと無言で頷く。
病のせいか、いつもの威勢が無くしおらしい

ソレがどうも相馬の調子まで狂るわせる。
この火が消えたような静けさに躊躇いまで覚えるとなると、
相当マヒしてるかもしれない…と相馬は気付かれないようそっと溜め息を吐き出した

「薬は飲んだんだろ?大人しく寝とけよ」

椅子から立ち上がった相馬がツンと引っ張られ制止させられた。
後ろを振り向くと、
野村の手に上着の裾が掴まれている

「ここに居ろ」

熱のせいだと分かっていても潤んだ眼が縋る様に見詰めているのに、
後ろ髪を引かれる

「何処も行かないぞ、今日はここで内勤だから」

「違ぇよ。この部屋に居てくれって言ってンだよ」


「…子供か。お前は」

「何とでも言え」

心細いとまでは言わないが、
誰かに付いていて欲しいと思う事があるモノで。
そんな感情を野村と言う男の場合は、惜し気も無く剥き出しにする

「分かった。ちゃんと寝るまで居てやるよ」

相馬は微笑んで、もう一度椅子に座り直すと、
野村は納得した様に目蓋を綴じた


ガチャ……

静かに開かれた扉から鉄之助が顔を出した

「水、ここに置いときますね。それとコーヒーです」

「ああ…すまない。この部屋に居るから何かあれば呼んでくれ」

「はい」

カップを鉄之助から受け取るが、
反対側の手はいつの間にか野村に握られていて。
鉄之助の手前、振り解こうとするが中々手は離されない

「気持ち良さ気に寝てますね」

「そうだな…」

薬が効いてきたのか、スヤスヤと眠る様は安心しきった様子だ

「子供みたい。って事は相馬さんがお母さんですね」

「やめてくれ」

「はーい」

ははと笑い鉄之助は部屋を後にして行った


「鉄にまで言われたぞ」

野村の前髪を掻き上げるが起きる気配は無く、
相馬は再び小さな溜め息を吐き出したが、
その口元は微かに微笑を浮かべている

握られている手から伝わる熱は嫌な気はしない
。解放される見込みも無く動く事が出来ないが、
暫くは動く予定も無くなってしまったから、
今日くらいは許せる気がした












「―――……ん」

相馬は、いつの間にかベッドへ突っ伏しながら眠ってしまったらしい。
窓を見ると既に外は真っ暗だった

ベッドへ目を向ければ再び熱が出てきたらしい野村が息を乱し眉を寄せている

「大丈夫か?」

「ン―…」

寝苦しそうに寝返りをうち踞るから布団を掛け直し、汗を拭ってやる

「寒い…」

きっと高熱のせいだろう。
掛け布団を二枚重ねているが、それでも足りないようだ。


「もう一枚持ってくる」

と立ち上がるが、手はまだ離されてなく。野村が首を横に振っている。

部屋を出て行くな。と言いたいのだろう

相馬は少し考え込んだ後、掛け布団を捲った

「…ちょっと詰めろ」

「…あ?」

野村の体をベッド脇に追いやり中へと潜り込み、
野村の頭を抱き枕の様に抱えた

「お前の方が体デカイけど、少しはましだろ?」

「…あぁ…」

顔を背け口を尖らせる相馬の頬が微かに赤い。
それを見てクスと笑いながらも野村は再び目蓋を綴じた

「先に言っておくが風邪、伝染したら怒る」

「その時は俺が看病してやるよ」

「お前より、鉄之助の方が頼りになりそうだけどな」

「そんな事ねぇ…」

頭を抱えられた野村は相馬へ体を預け、
その布団の中の温もりが心地良く相馬もいつしか眠りについた
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