榎本他CP

□Halt die Ohren steif
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部屋には二人以外誰も居なかった。明かりも付けない昼下がりの空間は、静かでいい雰囲気だった。
そこで他愛もない話をしていただけだったのに、なんだかこう前以て用意されたような空間にやられてしまったのかもしれない。
僕はいつの間にか隣に座っていた釜さんを押し倒していた。
彼は目を開いて驚いた。
これまで懸想し続けて漸く、友好から一歩踏み込んだ関係になって随分経つが、思えばこんなことになったことがない。
まだ手さえ繋いでいないのに色々飛び越して押し倒してしまった。
そのままの流れでさっさとキスをしてさっさと服を脱がせてさっさと事に及んだら良かったのに、
僕はすぐ、はっとして次の行動には移せなかった。
押し倒して上に乗っかって、そのまま。

「…なに?」

しばらく沈黙が続いたあとに彼は呟くように言った。
彼の目には天井と焦っている僕が映る。僕は目を泳がせる。
言い訳なんかできないし、あとに引ける状態でもない。

「いやあ…なんだろね」

僕は男だ。なんだかんだと理由を言ったって、結局はまあムラムラしたから押し倒したわけだ。
いつまでもプラトニックな関係のままでいられるわけがない。だって男だ。
でも、彼は、どうなんだろうか。
相手だって男だけど。いつまでも今までみたいな付き合ってんだか付き合ってないんだかわからないような関係をずっと続けたかっただろうか。
とにかく、彼は手で僕の顔を押し退けようとする。

「何もしないなら退けて」

「な、何もしないことは、ない…けど」

そう言うと彼は躊躇いがちに手を退ける。
こんな体勢にまでなったのだ何もしないことはない。
ただ、いざとなると普通に緊張するというかなんというか。
できることなら倒れた拍子に少し乱れたスカーフをさっさと外して首筋へキスでもしたいものだけど。

「ていうか、今更だけど、いいの」

「…なにが」

「いや…だからさぁ、」

僕が言葉に詰まると、彼は眉を寄せて赤い顔をした。
さっきまで下から真っ直ぐ僕を見ていたくせに、途端に目どころか横を向いて顔までそらされる。

「普通、聞くの…?」

「嫌々すんのもどうかと」

「…嫌、じゃない、けど」

二人の会話に余裕がなさすぎておかしくなる。
もう子供じゃないのにこんなにおどおどしているなんて。
でも、いつも生真面目な話しばかりしてる僕たちが、好きだと囁いて体を重ねるなんて、凄く擽ったいではないか。
恥ずかしい、顔を背けたくなる気持ちもわかる。だけども体は熱くなる。
彼が嫌じゃないのなら、
もう思い切ってやってしまおうか。

「じゃ、こっち向いて」

僕の言葉に彼は恐る恐る僕に顔を向けた。綺麗な顔を困らせている。
僕は気付かれないように唾を飲み込んでからゆっくり彼に顔を寄せる。
すると彼は瞬きをたくさんしてからぎゅっと目を瞑った。恥ずかしい。
なんだこれ。もう大人なのに。僕はたどたどしく彼にキスをした。
僕と彼がするキスなんかどうせ噛み付くようなキスでセックスなんかすごく動物的なものに違いないと思っていたのに、実際は全然違った。
柔らかい感触を確かめるようにゆっくりゆっくり唇を重ねる。ああ恥ずかしい。
僕たちってこんなキスをするのか。羞恥や緊張に興奮も混じってドキドキしている。もうどうにかなってしまいそうだ。
今なら引き返せるだろうか。そんなことを思っていると突然彼の腕が僕の首へ回された。うわ。絡まる腕に体が熱くなる。
もっとって催促されてる気がして、やめようかなんて考えていたくせに僕は止まることなく彼のスカーフに手をかけた。
するりと解けたスカーフの下に隠れていた首。
舌を這わすとぴくんと彼は小さく体を揺らした。
感じるんだ。どこをどうしたら彼が感じるのか全然知らない。一つ一つ発見して、いちいち僕はそれにドキドキしなければいけないのだろうか。
服を脱がせると、彼は息を吐いた。
どうしたんだと目を見るとぷいと視線をそらされる。
そんなことされたら、心臓がおかしくなるくらい緊張している僕はすごくすごく不安になるもので。

「や、やめる?」

嫌じゃないって言ったものの嫌になったのではないかなんて心配して訊いてしまう。
やめたくないけど。やめたいような。

「違う。べつに、やめなくていい」

彼はそう言いながらも僕からまた顔をそらす。
手の甲で口を隠した。ああ顔がなんにも見えない。

「無理しなくても…」

「違うって」

「でも」

僕の優柔不断な態度に彼は眉を寄せた。言いにくそうに口を開く。

「触られんのが恥ずかしいって、思ってんのが、恥ずかしいだけ」

彼は真っ赤な顔をする。
僕はなんと言えばいいかわからなくてじっと彼の顔を見つめたままでいると
彼は焦れったくなったのか「始めたなら責任持って最後までやれ!」なんて言い出した。
そんなこと言って顔を赤くするのは自分なのに。
しかしそうまで言われてしまったらやらないわけにはいくまい。僕も男だ。
男だから彼を押し倒したのだ。やめるなんて、今更だ。僕は何も言わないで彼の肌へ手を滑らせた。
胸の突起に触れると、また反応をする。小さく漏れた声にまた心臓が早く鳴る。
これから先はまだまだあるというのに。


「死んじゃいそう」

僕の呟きに彼は言うな、と一言返して腕で目を隠した








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