榎本他CP

□恋愛ごっこ
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 ※…DV/土榎前提/病んでます






兆候は、あったはず。
理由は幾らでもあるから。
それに気付ていながら自分は何も出来なかった。
いや、自分に出来る事など何も無いのだ。

だから、そんな顔、

しないで。









寒さを訴えた体が、意識を覚醒に導いた。
重い瞼を無理矢理押し上げれば、薄いレースのカーテンがかけられた窓が目に入る。
その向こうから聞こえてくるのは、堪えられずに降り出したのだろう雨音だった。どうりで寒いはずだ。

「っ…?…いっ!…た…」

寝転んでいた体を起こそうとして榎本は、すぐさま再び床に沈んだ。
古くさい絨毯が敷いてあるとは言え板間で寝ていたせいではない。それならば、腹や胸、背中までもが一度に痛みを訴えるはずはないのだから。

「っく…っ、ん…?」

少しずつ、響く痛みを最小限で逃がしながら漸く床に座り込むと、この部屋に居た筈のもう一人の姿がないことに気付く。
外の天気の所為もあり薄暗い長官室一体に視線を廻らせても、影を見つけることさえ出来ない。

部屋、行ったかな…。

小さな溜め息と共に、榎本の視線が天井に向かう。
きっと今頃は、暗い部屋の中で一人、悶々と考え込んでいるのだろうその人を思うと、榎本の表情が陰る。
軋む体を叱咤して立ち上がれば、今度は立ちくらみが襲った。咄嗟に壁へ肩と手を付き、それでも両足に必要以上の力を入れてしっかりと床に立ち。榎本は部屋を後にすべく、一歩を踏み出した。





物静かな洋館に、コツコツゆっくりな自分の足音と外の雨音だけが自棄に響く。
いつもならば軽く上がってしまう階段も、こんな時ばかりは根をあげたくなる。
榎本は目的のドアを開ける前に大きく息を吐き、呼吸を整えた。
ノックはしない。案の定、明かりの点いていない部屋は暗く、部屋の主の心境を思わせるには十分だった。窓を打つ雨粒だけが、きらきらと光って見える。

「外…すごい雨だね…」

何気ない音をもって室内へと入り込む。
声にか、榎本の存在にか、部屋の隅で壁に凭れながら床に直接座り。片足を抱えているその人の体が小さく跳ねた。
足許には、空の酒瓶が横たわっている。
濃い酒の臭いと葉巻の残り香が混ざり合う部屋の空気は、いつもより幾分か冷えて感じて、覚えず苦笑が滲む。

「寒くない…了介?」

なるべく平常を装って近付き榎本は隣に腰を下ろした。目の前で膝に額を押し付けている顔は、上げてもらえそうにない。
雨足が強くなったのか窓を打つ音がやけに煩く聞こえてくる。

「…りょ、」

「榎本さぁ…」

榎本を遮った黒田の問い掛が、くぐもった声で届く。
あるのだろう続きは紡がれなくとも、もう榎本には知れていた。
それでも先を待つ。
黒田の吐き出したい気持ちを切りたくはなかったから


「おい、どうしてっ…違う……オイはっ…」

「うん…いいよ、ゆっくりで」

いつもと、同じ葛藤。
小さく小さく体を丸め作った輪の中に言葉を溢していく黒田をこうして見つめるようになってから暫く経つが、近頃は回数が増えた。
榎本の体に痣が絶えなくなったのもまた、同じ頃の事だ。


「ない、で……ないごて、榎本さぁ…優しいんじゃ」

弱々しい声で榎本を責める黒田が、漸く顔を上げる。
下がった眉の下の瞳は、まるで叱られるのを怖れる童ような怯えと不安を混ぜた不穏な色をしていた。
見た色だと、榎本は思う。ここにもう一つ、例えるなら赤だとしてそれが加わった時、黒田は一変して榎本の前に立つ。
初めは身構えることも出来ず壁に吹き飛んだ、と榎本は過去を手元に返した。


「了介が好きだからさ」

笑って告げると、たちまち黒田の顔が泣きそうに歪む。震える指先が徐ろに伸ばされ、榎本の頬を包む。

「お、いも…なのにっ…」

言った黒田の声が、後悔を滲ませる。

榎本の体に出来た傷や痣は全て黒田によるものだ。
初めの頃は、それこそ元々酒癖が悪い黒田の泥酔した果ての強姦だった。黒田は溺れるように呑み。呑んだ後はきまって飢えた獣のよう榎本を求めた。
けれど今となっては、ただ感情を爆発させた黒田は、榎本に加減を知らない暴力を振るう。
力の差もありながら容赦を無くした黒田に、最近では榎本が意識を手放すようになった。
瞼を閉じ、動かなくなった榎本を見て黒田は漸く我に返り。そうして現状を目の当たりにして、逃げるように自室へ篭った。


「知ってるよ。了介は私のこと愛してんだもんね」

「でもっ、こいは…違う」

「うん、ちゃんと分かってるから」

好きならば大切にしたい、榎本がしてくれるように。そう願うのに出来ないと、黒田が嘆く。

実際、一番最初の原因を考えてみれば完全なる嫉妬だったと思う。キレた、というのがぴたりとはまる黒田の変貌ぶりに、榎本は成す術もなく床に転がされた。
壁に打ち付けた背中が、足に蹴り飛ばされた腹が、痛い。その痛みだけが榎本に現状を教える。
その時は、踞った榎本を直ぐに謝罪を口にしながら抱き締め黒田は小さく震えた。己のしたことが信じられないと、そんな風に。

これ一度きりだと、2人は思った。
けれどそれは治まることはなく、続いている。
最近では些細なことで引き金が引かれる。今日は何が原因だったのか、もう分からない。

ただ、現実だけを見るならば、2人は勝者と敗者だ。



「すみもはん…、痛かったじゃろ、苦しかった…」

「んーん、大丈夫」

何でもないと榎本が笑うたびに、黒田はとてつもない罪悪感に襲われる。
いっそ罵ってくれればいい、拒絶してくれればいいと思うのに、榎本はそれをした事は一度たりとてない。
自分がどれほど酷いことをしているか自覚がある分、黒田には榎本の笑顔が辛かった。


原因となる理由は幾らでもある。
敢えて言うなら、
榎本は己に抗える立場じゃないから、何をしても許すのか。そう思わずにはいられない現実が黒田は苦しく耐え難い悲しみがある。
いつだってそれらを紛らす唯一の安定剤が酒だ。文字通り我を忘れることが出来るから。
そして、己が勝者であり、榎本が敗者と言う現実の上で己の傍から榎本が離れていかないなら、それも構わないと思うのだ。
こうして彼を傷つけるのが己自身であることに気付いていても。傍でただ微笑っていて欲しいと身勝手ながら願うのだ。

そんな黒田の心情を知らない榎本は、いつもと変わらぬ笑みを送る。黒田が己を責めないように、安心してくれるように。
ぎしぎしと軋む体を無理矢理動かし、顰めそうになる眉根をひた隠して榎本は、黒田の体を抱き寄せた。
空気に冷えた黒田の体は、熱を持っている体に心地良い。

「もう…もうしない…、絶対しもはん、だからっ」

「うん、傍にいるよ。離れたりしない…大丈夫」


もうしない。大丈夫だから離れない。何度目か分からない約束を口に、黒田は榎本の肩口に頬を寄せる。
返された言葉に黒田が安堵の息を吐けば、晒された榎本の首筋を触れていく。
遠慮がちな手は、傷に触れないように榎本のシャツを掴んだ。
そんな黒田を抱き留め黒髪を優しく撫でながら榎本は、その口許に緩く弧を描く。苦さは含まない。安堵が、形となって表へ出たものだ。


黒田が、優しい。と言う度に榎本は苦々しい思いがした。過去を、榎本を、悲しむようなその優しさ故に、黒田は苦しんでいるのだ。
そんな黒田を哀れみ慈しむ事で黒田自身を更に苦しませているのだと榎本は知っている。
そして、知りながらも黒田を苦しませることしか出来ない榎本は、黒田の暴力を止めない。許すのが当然だと思うのだ。
残酷な仕打ちをうけようが、それを当たり前だと受け止められた事に、安堵すらするようになった。


兆候は、榎本にあった。
それは黒田と出会う前から

榎本を必要として、榎本も必要とした彼の人が居た。
数々のモノを失い、実際に壊れていたような男が救いを求めたのが榎本であり。
まるで、孤独を紛らすように縋るよう欲され。それを、榎本は許し体を重ねた。
その行為は単純な愛などという生暖かなモノではなかっただろう。何処かに哀れみや慈しみが榎本にあった。
いっそ残酷な程に、榎本は拒む事をしなかった。男が死を望んでいる事を榎本は受け入れていた。

そもそもその男に愛などと言う感情を向けられている気がしなかった。
けして長い間では無かったが、幾夜を共に過ごし、互いに口では戯れ言を囁いていてもそれは所詮、戯れ言に過ぎなく。最期までただの戯れ言で終わった。
男は弁舌でも無く、況してや黒田のように感情に素直ではなかった。だから本心など榎本には分からないし、これからも知ることは出来ないが、
もし本当に彼が榎本を愛しいと思っていたなら、死を望むことも無く。置いて逝く事などなかっただろう。そして、その男を手に掛けた形となった黒田を確かに榎本は恨み。あの時の男に対する戯れ言は、自分はあくまでも本心だったと思えた。
あの男に愛されてさえいれば榎本は迷う事なく、共に生きようとした。どんな手段を取っても、後を追って逝っただろう。
だから黒田を憎み恨んだが、それは最初だけだった。
榎本は、そんな黒田を必要とした。
今、その黒田が自分に依存している、自分だけを見ている、体いっぱいで自分を必要としている。己自身ですらその感情を制御出来ない程に。
それは、榎本にとって心地が良いものだった。
暴走した後に、こうして縋り付くように求められるのも、簡単に言う事が出来るたった二文字の言葉もまた


「了介…、好きだよ…」

「お、いも……おいも…」

重ねた唇は、互いの確かな存在を教えてくれる。
冷えた体とは裏腹に、心だけが生暖かくなっていくのを感じる。


言うなればこれは報われる事のない恋愛ごっこ。










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もう救いようが無い…。

書いてる途中からコレ総裁ヤバイと気付きました。
3人とも壊れてます。
あくまでもフィクションです。




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