榎本他CP

□柔らかい棘
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「オメェ、なんだその声」

「風邪引いた」

「どーせ腹出して寝てたンじゃねぇかぇ?」

出してない。寝てないし。ってか、半ば寝不足のし過ぎで体調を崩したんじゃないか。というのが周囲の見解らしい。
お前はバカじゃないから風邪ひいたんだな。って。褒めてるのか嫌味なのかよく分からない事を言われた。
取り合えず大人しく今日は寝てろと言われ宿舎で休んでいたのに、なんか面倒な事になってしまった。
心配も何もしない相変わらず図々しい男…先生は、我が物顔で部屋に踏み入れようとするので、止めた。

「今から医者に行くんですけど」

「は?」

「は?じゃない。行くの」

別に、わざわざこの人なんかを出迎えるために玄関に来たわけではなくて。
今から医者に行こうと下駄を履いたところに調度良くこの人が来たというだけなのに

「矢田堀はどーした」

「奉行所に用があるとかで、たぶん昼には帰るって」

「このクソ暑いところ俺がわざわざ出向いてやったのに」

「そうですか、ご苦労様でした」

じゃ、と突っ立っている横を通ると、待て待てと腕を引っ張られる。

「風邪引いてるくせに外に出んのか、バカかオメェ」

「バカじゃないから風邪ひいたんだもん」

「うるせぇよ」

風邪を引いたから医者に行くのだ。確かに外は南国の長崎なんだから暑いけど、病院に行かないと治らないわけで、治らないと面倒臭いわけで。て言うか今もう面倒臭いことになっているわけで。
我儘を平気で言ってのけるこの世の中がオレの為に回ってるとか勘違いしてそうな人に目を向けた。
アンタこそうるせえ、なんて流石に口に出せないから思うだけで向けた目はやはり冷たかったらしく、先生はぎくりとした。

「あ?なんだ…」

強気な言葉に対して何か警戒されたので、「なんでも」と適当に流した。
今はただ早く楽になりたいのに、「なんだよ」とまた訊いてきたよこの人。
だから、鼻をすすってから口を開いた。

「心配くらいしたらどうですか」

変な声。頭ぼやぼやする。鼻水垂れる。あーしんどい

「オメェさん、俺に心配されてぇのかぇ?」

「いいや、結構です」

たかが風邪。べつに、本気で心配されたいわけでも無い。だけど、病はどうにも調子を煩わしくも狂わせるみたいで。
今の自分は、いつもの自分ではないのに、この人は、いつもの調子で偉そうにする。

「言伝てあるなら預りますけど?頭痛いから手短に」

「頼りになんねぇからいい。昼には戻るんだろ。ココで待たせてもらうぜ」

「出直せばいいじゃん」

「俺に二度手間させんのかオメェは」

なんつー自分本意な言い草。どこまで偉そうなんだよこの人。
言ってる事がよく分からない次元の人だと常日頃から思わされていて。このまま相手しているといつの間にかこの人にただ流されて、ロクな事にならない。とも知っている。
だから、早く行きたいのに。なんで玄関なんかで話し込んでるんだろう。こっちは病人なのにさ

「動くのが億劫なら医務室から呼んでくりゃいいだろ。居ないのか?」

「今日は航海演習ですよ。そっち出てるから町医者に診てもらえって言われた」

仮にも教授なんだから航海予定くらい覚えとけよ。と言ったところで滅多に船に乗ろうとしない人だから、知らねぇよ。と業を煮やされるだろうし。
この場からも風邪の辛さからも一刻も早く逃げたくて

「そんじゃ、ココで待ってれば?行ってきます」

改めてそう言うと、先生は掴んでいた袖をグッとまた引っ張った。
外へ向かってではなくて、中へ向かって

「わ、ちょ…、」

「だから病人は大人しく寝てろってンだ」

そう吐き捨てられながら、部屋へと運ばれ。そのまま敷きっぱなしだった布団に放り込まれた。
その横にドッカと胡座で座る先生。

「病人ほったらかすなんざココは薄情もんの集まりか」

「先生みたくこんなトコで油売らずにちゃんと授業してるだけ」

「オメェその口だけは自棄に元気だな」

ひょっとしてマジで看病でもしてくれるつもりかな?

正直、この坂の街で町医者まで歩いて行くのはしんどくて、なんとなく誰も居ない広い宿舎に一人で居るのも心許なかったのは確かで。
あぁホラ、風邪の時は人肌が恋しくなるって言うし。
偉そうで心配もしてくれなくて顔見てたら風邪が悪化しそうな人だけど、傍に居ないよりはマシかなって。

額に手を添えられれば、低い先生の体温が心地よくて目を細めた。


「気持ちい……」

「……」


自然と発したその声が不快だったのか、先生が眉間に皺を寄せた気配がした。

あれ、自分いまなんて言った?

そう思って、先生が熱を計るように自分の額にも手を当ててるのを見上げると、
ペチンと額を叩いてから手が離れていった。

「寝間着に着替えろ」

「…先生がやってくれないの?」

「はっ、それぐらい自分でしやがれ」

「頭…クラクラする…」

「甘えんじゃねぇよ」

頭を抑えながら、先生に笑みを零せば先生は呆れたようにこっちを見て、だけど
少し乱暴に着物の上が脱がされ、中に着ていたシャツの鈕を4つほど外す。

「按排は?」

「暑くて寒い…」

「ハッキリしろ。ったく、ただの流行り風邪だろうが。黙って寝てりゃそのうち治る」

「喉痛いし…水飲みたい」

「知るか。心配しろっつーから聞いてるだけだ。看病してやるとまでは言ってねぇ」

「じゃあ看病くらいして。水ほしいー」

「断る。俺ァ人を待ってるだけだからな」

そしてそのまま立ち上がった先生は、スタスタと部屋から消えて行った。

矢田堀先生を待ってるって言ったけど、そりゃなにもこの部屋で待ってる事も無いだろうし。
行っちゃうのは当然かな、と思ったのに、意に反して先生は直ぐに戻って来た。
そして、枕元にドンッと置かれたのは湯飲みに入った水だった

「そいつはついでだ。病人に茶を煎れさせるほど俺は薄情でもねぇ」

そう言って、持ってる湯飲みを一気に煽るのを見たら、つい笑いが込み上げてきたけど、いま笑ったら絶対に怒鳴れそうで、
頭が痛いところにそれは勘弁してほしいので、鼻先まで布団を引き上げて隠れた

「飲みたきゃ飲め」

「ん、…そこで待ってるんですか?」

「悪ィかよ。どこで待とうが俺の勝手だ。そこでオメェが寝っ転がってやがるだけじゃねぇか」


ああ本当に、素直じゃない。それに口も悪いし、性格も微妙…特殊だから、よく誤解をされてるけど
本当は、甘えられるのが嬉しくて。必要とされるのが幸せなくせに。さ、
だから、仕方がない。
一つ言えばその何倍も啖呵や嫌味が返ってくるけど、本調子じゃない今日は更にその倍返す元気も無いから、大人しくしておこう。
素直じゃないこの人のために、今日くらいは自分が甘えて、甘やかしてやるとしよう。


「せんせ…」

まだ用があるのかと言いたそうな表情でこっちを見下ろした。

「優しいね」

と言うか、やっぱり面倒見がいい人なんだ。いま現在、この国の面倒まで甲斐甲斐しく世話してる訳だし。

「…熱上がったか?」

前言撤回。この物言いにはちょっとムッとする。人がせっかくイイこと考えてたのに台無し。
だけど今日は自分のために大人しくしておくと決めたから文句は言わず、前髪を触られるがままで居ると、
徐によっこいせ。とオヤジ臭く腰を上げ。再び何処かへと行こうとするのを目で追いかければ、
襖を開けて止まり、肩越しに振り返った

「予備の薬くれぇあるンじゃねか見てくるだけさ」

やっぱり面倒くさそうに眉を寄せながらでも、どうやら助けてくれるようなので、それ以上は何も言わず。

遠くから、海猫の鳴き声と異国の言葉が歌みたく響いてくるのを聞いてる間に、
次第に眠くなり、そのまま意識を手放した。












「テメェ俺が看病してやるってンだぜ。なに暢気に寝てやがる」

と、足蹴に叩き起こされた挙げ句に、口に薬をぶっ込まれ。やっぱり迷惑な人だと後悔させられるのは後の事でした。







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あき様リクエスト有り難うございました!

つくづくこの2人が好きです!
勝先生、榎本さんの周囲の人(矢田堀先生とか)には甘やかすなって怒るけど結局自分も無意識で甘やかしてるみたいな。(なんだソレ)
けしてソッチの方向では無くて、なんか親子的(お祖父ちゃんと孫(待て))な感じで。(笑)

いや自分はソッチもアリかと思ったのですが、せっかく頂いたお2人リクだったので今回は純粋に愛を込めて書かせてもらいました

お粗末様でした。そして、あき様どうか此からもご贔屓頂けると嬉しいです。



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