土方受箱novel

□モーニングコーヒー
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「どうだ、旨いか…?」

一口目を口に運んだ途端、机に身を乗り出しながら彼は聞いてきた。
まだ熱くて味はよく分からないけど、
早く何か言ってあげなければ成らないと、挽き立てで煎れたての熱い珈琲を喉に流し込む。
その間も彼は期待の眼差しで真っ直ぐ僕を見詰めていて、

あぁ、熱いけど、うまい。

と思ったのと同時だった。
彼の単純に綺麗な顔が綻び、パァと明るみが増して。
どうだと言わんばかりに、彼は笑みを溢す。

「そうか、旨ぇだろ」

僕まだ何も言ってないが。
でも確かに美味しいので、体の奥に染みるような暖かさと上品な芳香に、あぁ。と頷いた

「だろ?やっぱ俺ァ何しても直ぐに出来ちまうってェの?器用なんだよ。ほら、大鳥さん遠慮しねぇでどんどん飲めよ。たんまり煎れたからさ。あ、茶菓子とかあったかな?」

ちょっくら見てくる。と、畳み掛けるよう言うと彼は慌ただしく部屋を出て行ってしまった。
そんな酒じゃ無いんだからどんどん呑めるか。胃を痛めるだろ。と僕が突っ込みを入れる隙も無かった。



最近、彼は珈琲の淹れ方を習得したそうで色々と拘っているらしい。

釜さんから伝授してもらったとかで、道具一式を借り受けて来て。
豆の分量、挽き具合、お湯の湯加減や、カップの温度調整まで細かに気にしていたのを、さっき僕は見せられていた。

それらを教えた奴もかなりの懲り性だと昔から思っていたが、どうやら彼も相当の懲り性のようで。
こうしてのめり込むと徹底的に追究しないと気が済まないのか。発句なども好きだと聞くから、感性が貪欲で柔軟と言うのか。
僕が見ていた限り楽し気に真剣に、ここ数日間ずっと飽きもせず熱心に暇を見付けては珈琲を淹れている。

ただ、珈琲など彼が自分で淹れなくても市村くんたち小姓が居るのだから、正直そこまで研究せずともいいと思う。が、
おそらく彼は、珈琲を淹れる工程に楽しみを見出だしてしまったのだろう。
彼が淹れた珈琲の味見は、毎回僕がしているのだ。

それは彼からの申し出で。感想を聞かせてくれと求められた。
僕としては、珈琲は頻繁に飲むから常に淹れてあると助かるし。特に朝なんかは、珈琲を飲まないと始まらないと言うか。
そして何より、あくまでも淹れる練習で、僕の為じゃ無いと言えど、彼が淹れた物を飲めるのは嬉しいから断る理由は無かった。
彼本人は未だ慣れようとしている最中なのか、淹れるだけ淹れてこうして僕に飲めと進めてくるばかりで、自分は味を確認するように一杯の半分を飲む程度。
その度に、帳面に何かを書き込んだりしているのも見ている。
きっと分量や味など細かに記帳しているのだろう。根は几帳面でもある彼らしい

最初は苦味が強すぎたり、味が薄かったりしたが、
器用だと自負するだけに、彼はあっという間に旨いと思える珈琲を淹れてしまえるようになった。
コレで僕の役目も果たせたのか。この手元にある珈琲が味見の最後の一杯になるかもしれない。

彼のように何でもそつなく出来てしまえる奴は、熱し易いが冷めるのも早い傾向があると思う。
思い通りに成って気が済んでしまえば途端に満足して、興味を無くす。
これから飲む機会も減るかと思うと、急かしてくる彼には悪いが、何処か、勿体無いような気がして
僕はまた、ゆっくりカップの中身を一口含んだ。

我ながら女々しい事を思っていたら、彼は直ぐに戻ってきた

「ソコでカズヌーブさんと会って、洋菓子もらった」

「あぁ、それはマフィン。甘いパンみたいなもんさ」

「へぇー、あ、ぜんぜん飲んでねぇじゃねぇか」

「珈琲はぐい飲みするモノじゃないだろ」

彼は僕の隣の椅子を引き、そこへ腰掛け。
小分けに包まれるマフィンを一つ開いて、まるで握り飯のように手で掴み、頬に頬張った。
悪くねぇ。と頷く。どうやら気に入ったようだ。確か僕の為に持って来てくれた物だった気がするが、


「どうして急に珈琲なんかに拘るようなったんだ?あまり好きでも無いだろ」

聞くと、あっと言う間に菓子を食べ終わった彼は立ち上がり。

「なんとなく。榎本さん見てたら面白そうだったし」

卓上に拡げたままの道具を片付け始めた。
コーヒーミルを拭く姿が様になるのは見目の良い特権だな。
なんて、素直に思いながら眺めていると、彼はフと手を止めてコチラを見た


「アンタ、いつも朝は時間ギリギリに起きるだろ」

まったくその通りで。僕は苦笑するしかない

「もし、朝早く起きるってンならソレと同じの淹れてやるよ」


「・・・君が?」

「時間掛かるからな。早く起きた時だけだ」


一応この僕の部下はどこまでも優秀ながら賢く。綺麗に笑う。

「それなら当然、君もこうして僕に付き合うのか」

「そうだな」

そんな事を言われたら、


「是が非でも起きるよ」


彼が心変わりせぬ内は
夜更かしもほどほどにして、それでも駄目なら本多に何が何でも叩き起こしてもらおう。と決意した。


彼とモーニングコーヒーを飲むために。






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妃サマからリクエスト頂きました。有り難う御座います!
そして、お待たせしたのに生温くて申し訳ありません(汗)僭越ながら捧げさせて頂きます。



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