土方受箱novel

□GLAMOROUS-夢物語-
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不思議な事もあるもので。
その日の会議は終始、至極穏やかだった。

いつもであれば、
後に詰まる予定もクソも無く休憩も無しに平気で何時間も延長したり。
国事や政事からまったく離れたまるで博徒のような、ただの罵詈雑言ばかりの喧騒が庁舎に響き渡ったり。
机はひっくり返り、湯飲みが飛び交う時さえあって、
仕舞いには、自分たちが何をしてんだが忘れてしまいそうになるほどだが…


それが今日は、
会議が始まって暫くした時より、一変した。

いつも喧騒を先陣切って始める陸軍奉行並…取締役、土方歳三が、

椅子に凭れ掛かったまま
夢の中へ旅立ったから。






多分、今日は始まった時から、自棄に静かだなぁ。
と感じたのは僕…大鳥だけじゃ無かったみたいだ。

総裁と副総裁、顧問ブリュネ士官が並ぶ上座付近や。
僕の隣に座る荒井さんも、始まって僅か過ぎた頃からずっと下を俯き始めた僕の向かえに座る彼の様子を、こっそり伺っていた。

そして、箱館奉行が話をしていた時だったか、
彼は腕を組んだまま、コクンと静かに首を更に下へ降ろし。
完璧に頚が折れてしまったため一目で、あ、寝てる。
と、その時に遠巻きで見ている上座も、僕の付近の連中も悟っただろう。

僕が話した時には、流石に起きるかな…と横目で様子を伺ってみたが、
案の定、彼は起きる気配を見せず。
僕の話しには誰も何も反論もしなければ、意見すらも何も無かった。
しかも総裁にあっさり流された。
つまりは、保留と言う事なのかな…?

それから今回は早々と総裁が終了宣告し。
呆気なく会議は終わってしまった。


「土方く〜ん…」

退室して各自持ち場に戻る連中が多い中で、真っ先に釜さんが彼の肩を揺すりに来たが、
どうやら、彼は相当深く寝入ってるようで
そのまま机にうつ伏せ、
ちゃっかり自分の腕を枕に寝る体勢を整え。
ありゃりゃ、とか苦笑しながら釜さんは彼の隣の空いた席へ座り込む

「釜さん、今日は随分と引き際が早かったですね」

僕の意見を保留にしてさ…。との台詞は恨めしい眼だけで言う

いつも文句を言いつつも、僕と彼との言い分はしっかり聞いて理解してる人だ。
そこら辺は総裁として役割を果たしてるが、
彼が寝てると言う事を注意どころか平気で黙秘し、
早々と会議すらも片付けてしまうのは、どうだろうか

と思う僕も、つい彼を気遣って小声で話してるが


「だって、彼を無視して決めたって仕方無いじゃん。納得してくれる訳ないし」

だから、総裁として注意してくれよ。とは、
何故か残った太郎さんも荒井さんもブリュネさんも僕も言わないでおいた

彼につくづく弱い釜さんはいーとして、
僕だって一応は上司として彼が寝不足を伴い休息もほぼ無しで、
その功名に削ぐわぬ働きを日頃から存分にしている事は承知しているし

部屋なら未しも、
まさか、少し静かなだけのこんな所で彼が無防備に居眠りしてしまう程、疲労も困憊していたとは思いも寄らなかった


「んー?起きないねぇ…」

「閣下、」

早くも面白がり始めてる釜さんが彼の頬を突っつくのを、声だけで荒井さんが呆れ気味に静止させる

「無理にでも起こします?どう言う顔をするか、楽しみじゃないか?」

ふふ、と自分の席に座ったままの太郎さんが上品に笑う。
この人は、きっと彼が居眠りし始めた最中から楽しんでるに違いない

「いや、少しこのままにしておこうか…?」

臥牛山より遥かに高いプライドを持つ彼の事だ、
この面子が見守っている中で易々と気を抜いて寝入っていたと気付いたら、
手の施しようも無く暫くは荒れそうだぞ。
太郎さんは絶対それを期待してるんだろうけど…


「セッシャ、一生の不覚ぅ!とか、言いますかネ?」

何だかワクワク眼を輝かせ楽しそうに聞くブリュネさん。

『十中八九それは無い。』

「じゅちゅーはっく?」

僕と太郎さんと釜さんの声が揃って、ますます首を傾げるフランス人。

土方くんが自分を拙者なんて言ってるの聞いたこと無いが。
ブリュネさんは彼へ、少し変わった武士道を期待してるようだ。

そもそもいくら侍でも、居眠りくらいを一生の不覚とまでは思わないだろう。
ブリュネさんは普段から侍を色々勘違いしている節もある。
だからと言って、僕は話が通じると言えども説明の仕様が無いが


「閣下、コレを」

風邪をひかれるので。と、荒井さんがそっぽを向いて呟きつつ、向かい側へ自分の上着を脱いで出した。
たまに険悪な顔をして彼とは、釜さんについても海軍がどうとか陸軍がどうとか対峙してるけど、
もともと荒井さんは温厚で品行方正な人だからな。
彼が大人しければ荒井さんだって大人の対応をする訳か

釜さんが受け取った上着を彼の背に掛け。
ブリュネさんは部屋の隅に置いていた簡易ストーブを軽々と持ち上げ彼の椅子の背後に置くと、
釜さんと反対側の彼の横へ腰を降ろした

労われてるなぁ、とか眺めていると机に頬杖を付いている釜さんと眼が合う

「これって、圭介の所為だよね」

「いきなり、何でですか。」

「いつも彼に頼ってばかりだからさ。無理させてる証拠だよコレ」

「それは貴方もね。人のこと言えませんよ」

どんな深い仲か片眼を瞑るまでも無く否応無しにまがまがと見せ付けられているが、
彼が有名人なのを良いことに、たまにどっか面会にまで引き連れて行くほど公私共に甘えてる人に言われたく無い。


「私はそのぶん癒してあげる事だってあるね」

「惚気は結構です」

と言うか、寧ろ聞きたくない。のほうが明確だ


「それより、何で君達は戻らないの?」

「それは貴方もね」


…あれ?いま同じこと言ったような。まぁいいが


それもそうだ。もう会議は終わったし早く次の仕事をするべき…いや、しなければならないのだけれど

何故か残っている彼を除く5人。誰も退室しようとはしない

そりゃ釜さんは、彼をこのまま放っておこうとはしないだろうし。
太郎さんは単なる好奇心に間違いなさそう。
ブリュネさんも同様か。
荒井さんは上着を貸したからな。起きるのを待つつもりなのか…?

そして僕は…、僕は、?

あぁ…僕は、アレだ。

一応、上司としてだな。
うん。今のところ起こす訳も無く、何か気遣ってもいないで、ぶっちゃけ眺めているだけだが、
何か、いま動くタイミングでも無い気がしてるからだ

いつも(怒)気を放ってるような彼のこんな奇跡みたいな場に、立ち会えたのを味わいたい訳では無い。

ましてや、寝てるのを眺めていたい訳でも無いぞ。

うん。けしてそうじゃ無い

そして彼が束の間に休息してるところを、このままにさせようと言ったのだ。
上司として、邪魔が入らぬよう見ててあげようか



と、自己解決に満足しているところ、
部屋の扉がガチャと開いた
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