土方受箱novel

□そんな貴方がイトオシイ
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大鳥は、取り合えず苛々していた。

大抵は周囲の者から慕われ人好きするその顔で、
ぐっと吊り上げた柳眉の眉間に深く皺を刻み。人前では笑みを絶やさない口許も今はへの字に曲げている。



「……なんやねん…」

つい、本音が大鳥の口から溢れ出てしまった。

穏やかな五稜郭の午後に、大鳥は茶でも一杯どうだろうとルンルン気分で土方の元を訪ねた。
現在、大鳥はその土方に猛烈アタック中である。
まぁ、仕事となれば普段からことごとく衝突しまくっている訳だが、私生に於いても土方に猛烈アタックをかましている最中だ。
そんな大鳥に土方は相も変わらず悪態をつきながらも、部屋には迎え入れてくれた。
また来たのか、などと台詞は寄越したが。その顔には、呆れたようにだが、俄に笑みが滲んでいたのを大鳥は見逃していない。
なんだかんだと言いつつ、土方が振り向いてくれるのも時間の問題かと自惚れた次第だったが…



「……なんなんだ一体…」

同じ台詞をもう一度。

ソファーでクッションを見詰めながら大鳥は、身の底から溜め息を散らす。

「なんでだよっ」


三度目の同じ台詞は主張を込めて少し大きな声で。

けれど、悲しいかな、届いて欲しい人の耳にはまったく入っていないご様子。
コチラを見てさえくれない土方に、大鳥の機嫌が瞬く間に降下してゆく。


「なんだよチクショー!」

怒りの矛先は、決して愛しい人へではない。
勿論、愛しい人がまるで我が子のように大切にし時折大鳥を壮絶な窮地に陥れる新選組でもない。
確かに大鳥がここに来た時、島田には睨まれ、やはり子は親(代わり)の背を見て育つから似るものか市村にも「また来たんですか」と嫌味を言われたし。土方もそれは特に注意してくれなかったが、
2人を部屋から出してくれたのだ。それで大鳥は一度、付け上がっていたのだ。


では、何が不満かと言ったならば…。



「あぁ!あの呉服屋の奥にある蕎麦屋んトコ!でもさ日本橋の──…」


彼。榎本武揚である。
大鳥にとっては上官であり昔馴染みでもあり、現在は、最大のライバルだ。
今度ここに寄港する何処だかの国の誰かと面会があるから、土方に同行してくれと依頼に来たらしい。
そうして事ある事に声を掛けている榎本は自棄に土方を気に入っている、と言うか明らかに土方に言い寄っていることは、同じく土方に言い寄っている大鳥からは一目瞭然で。
姿を見るや否や、あ、2人も休憩中だった?とか言う榎本の白々しさに、大鳥は隠しもせずに不機嫌を露に見せた。

更に、その榎本の隣


「いや、私は両国の方ですかね。ホラ、見世物小屋が並ぶ場所の────」


こっちは、松平太郎だ。
大鳥にすれば、もう一人の上官であり、忌々しい限りだがこの男も土方に言い寄っている内の一人であり。
曲者と周囲を謂わしめているらしいその食えない資質に、大鳥は榎本よりも寧ろ懸念している男である。
榎本の少し後に借りていた本を返しに来たのだと松平は言ってきた。
榎本が行くのを見計らい便乗しようとでもしたか。と推測する大鳥から思えば、そう言う所が食えないと思う訳だが、
土方は、今日は何だってんだ。と笑い。その眩しい笑顔にすら胸をときめかせながらも、まったく笑えないのは大鳥の方である。

ただし、こんな日だ。
雪も降っておらず、街から少し離れたこの五稜郭には穏やかな午後の時が流れている。
誰もがそれが束の間と分かっているだけに、たまにはいいだろう、と自分の私欲に走ってみれば
それが、たまたま3人とも同じく、土方と過ごしたい。と言う願望だっただけの事だろう。と、大鳥は半ばこの状況に諦めが入っている。
そりゃ過ごすなら2人きりがいいに決まってる。邪な思惑は無い…と言えばぶっちゃけ嘘になるかもしれないが。それを置いておいても大鳥は、この状況を仕方無い。と思えるのだ。
自分は、土方と居ればそれで十分幸せに満たされるのだから。と、



それでもだ、


「用件済ませて本返したんなら、さっさと帰れよ…」

クッションに向かって愚痴を吐く姿は、余りにも惨めである。

ついでに上がってお茶くらい、なんてよく聞く文句を榎本が受け。松平も受けたのは、確かもう2時間ほども前だ。それから、
ひょんな話の拍子で始まってしまったのは、江戸っ子談義である。

それこそが、
2人きりになったと浮かれつつも邪魔が入った事には潔く諦めて、土方と居れればそれで己は満足だ。などと言い聞かせ妥協している筈の、大鳥を現在もっとも絶不調にしている理由なのだ。
土方も榎本も松平も謂わば同郷。大鳥だって江戸は慣れ親しむ場所だけども。
それでも流石に“生粋”には敵わず。
そして、
あぁ〜あ…あんな楽しそうな顔して。と大鳥が羨望視するテーブルでは、
榎本と松平は共に的確に話題を選んでいるか、どこの湯屋や飯屋が良いとか何とか。随分と土方も威勢よく弁舌であり、話しに夢中なのだ。

話しに入ろう思えば大鳥も加わる事は可能だろうが、
ただ、認めたくない。
認めたくないが。しかし、今の土方は本当に楽しそうで。ともすれば、その顔をさせているのが自分じゃない事が、不愉快であり。
そう思うのに、大鳥に土方の喜楽に満ちた笑みを壊す事は出来ようも無く。
3人の間に割り込む気に、なれないだけなのだ。

「……僕も健気だよなぁ」

などと愚痴だけでもせめて陽気に言ってみる。
自分で自分を誉めてやりたいと、慰め相手に任命したクッションと共にソファーへ横になった。

いっそ、終わるまでふて寝して待つか。だが、
素直に喜べないとは言え、せっかく近くで土方が絶えず笑っているのだ。
その笑顔は、見ていたい。

どちらを取るか、考えていたこれまた矢先に…。



「とぉーしぃーさぁんっ!…って、今日は随分と先客が居るじゃねぇかぇ?」

勝手知ったる新たな来客者。ノックを鳴らしたにも関わらず、返事を待たずして敷居を跨いだその人は、
早々に、ひょっこり室内に現われた。

「お前ェなぁ…来るなら来るで予め言わねぇか」

また賑やかなのが増えた、と土方が肩を揺らして苦笑する。
中身はお泊り道具か弁当か土産物かその全てか、背中に背負う大きな風呂敷を下ろし。
大鳥がソファーに居るから空いていた土方の隣の席を取ったのは、松前からようこそ、江戸の真髄の若旦那、伊庭八郎である。

「先に言えったって。トシさん、言えばその日は非番になんの?」

「なんで俺がテメェの為にわざわざ休み取るンだよ」

「酷ェ!ソーサイ何とか言ってくれよォ。明日は会議しねぇとか一言」

「なんで君の為に会議まで休まなきゃならないの」

そんな即席漫才を目の前に、松平がクスクスと笑みを溢し。
片や頭を抱えるのが一人。足をバタつかせながらソファーの上で悶絶していた。

なんやねんコレはっっ!?神はどこまで俺を弄れば気が済むんだっ…!?と

あまりの展開に神に見立てた相棒のクッションへボフッと頭突きをかまし。掻き握れば、今にもその布地が千切れてしまいそうだ。
今日一番の不幸は寧ろこのインテリア雑貨じゃなかろうか。


ありえんっ!!ッちゅーか4人も居て誰1人もコッチ気に掛けたりせえへンのか!?

ひとしきり暴れた大鳥が海より深い溜め息を吐いた頃には既に、もう東側は新たな談義を始めていた。

当然、上方は置いてけぼり

「孤独感が半端ないぞコレ。せめて人見くんでも一緒に来てくれたらよかったんじゃないのかコレ…」

相変わらず和気藹々と話し合う3人を遠巻きに見て、どうしたものか、と大鳥は相棒に顔を埋める。

「僕が一番先に来たのに…この仕打ちはどうなんだよ土方くん…」

その土方も、あちら側の人である。
届かないと分かっていながら口から出るのは恨めしい言葉ばかり。
構ってくれなくても、傍に居ればそれでいい。などは、所詮は綺麗事に過ぎないのだろうか。
はぁ…、とまたも深い感嘆が漏れる。
ごろごろと器用にソファーの上で寝返りをうつ大鳥を尻目に、江戸っ子達による江戸談義は暫く続き。









「……と…大鳥さん?」

「んっ…?っ…はれ…?」

体を揺り起こされ、大鳥が重い目蓋を持ち上げれば、
ぼんやりとした視界に顔を覗き込むよう見下ろしている土方が映る。

「あ…?寝てたか?」

「あぁ、少しな。こんなとこじゃ風邪引くだろうが」

くぁっ、と欠伸をひとつ。すると横から

「ほら、コーヒー」

そう言ってカップを差し出され。それを受け取るべく体を起こすその上に、土方の上着が乗っかっていた。

「どうも」

2つの意味を込めて土方に言ったところで、土方の奥から未だ賑やかな声がした

「いつまでいる気だ…」

「あ?」

「いや、何でもないよ」

思わず眉根を寄せるも土方に覗かれ、直ぐさま笑顔にすり替える。
香りに誘われ、大鳥は白い湯気を通して彼方を睨み付けながらも、愛情がたくさん籠もっていると己に暗示しながら、有り難くカップに口付けた。

「旨い」

「当たり前ェだ。俺が淹れたからな」

フっ、と鼻で笑うも土方のその顔は甚くご満悦だ。
大鳥も笑い返せば、漸く胸につっかえていたモノが取れた気がした。

「あーっ、君ちょっと一人で食べ過ぎ!」

しかし、その甘い時を突き崩したのは、親友の上官。
どうやら伊庭の手土産でも開けたのだろう。ふっくら頬を膨らませる伊庭と榎本が騒々しい。
カップを持つ大鳥の手が、思わずわなわなと震える。

「土方さん、早く来ないと無くなる。起きたなら大鳥さんも」

「おぅ、いま行く」

「…ッ、土方くん」

咄嗟に、行こうとした土方の腕を縋るように掴んでしまった大鳥。

それを見下ろした土方は、大鳥の眼の奥が俄に揺らいでいるのに気付き。
このままテーブルに戻るのは何故だか酷く罪悪感にかられてしまい。
まるで捨て犬な上司に思いのほか、優しく声をかけた

「どうした…?」

すると、その男の持ち前である人懐こい瞳が少し驚きに見開かれた気がした。
掴まれたから、なんだ?と困惑したのは土方の方だった筈だが

「いや、なんでもない…。すまない、寝惚けたかな」

それが見間違いだったかのように大鳥はにっこり普段通りの笑みを見せて
、掴んでいた手をそっと、離した。

行くな。など言えるはずも無い。大鳥には土方を留めておきたい理由は有れども、土方に留まる理由は無いのだ。
だから、そんな軽率な事は理性が歯止めを掛け。些細な仕草に紛れ込ませた。
少しでも自分を気にしてもらえたなら、なんだかもう、それで大鳥は満足したのだ。
同情するなかれ。
これも溢れんばかりの愛あって、のモノである。


「なんだよ、何かあンだろ?」

「いいや、何もないぞ」

へらっ、と笑った大鳥に、こちらも自前特有の三白眼がキラリと光った。
悪いことではないと分かっているが、例え小さな事でも隠し事をされるのは良い気分ではない。

「ホント何でもないって」

「…ホントかよ」

「ホントホント」

今にも胸ぐらを掴みかかって来そうな程の剣幕で念を押す土方に、疑り深いなぁと大鳥が笑う。

ホントはホントだ。
君の笑顔が見られたから。
だからもう、いい。

昼寝をしてしまった大鳥だが、眠ってしまう寸前に抱えていた蟠りはさっぱり消え失せ。
今はもう今夜もぐっすり寝付けそうなくらい気分が良かった。


「これ飲んだら戻るな」

「は?」

カップを小さく掲げ、にっこり笑んだ大鳥に、珍しいかな、土方の方が固まる。

「なんで」

「部屋にまだやりたい事が残ってるからな。寝てしまってアレだが、少し休むつもりで来ただけだったし」

「正直に言ってみろ」

平然ときり返して珈琲を啜った大鳥だったが、土方は厳しく釘を刺す。
その声は恐ろしく不機嫌で。大鳥は釘を刺されたどころか白刃を突き付けられたように感じた。
逆らうのは後々よろしくない。と、大鳥は知っている


「いやぁ…僕が一番に来たのに、3人と随分と盛り上ってるからさ」

なァんてな。とか、あくまでも冗談めいて子供染みた事を言ってみた。

そこには少し、嘘がある。
土方を楽しませているのが、夢中にさせているのが、自分じゃない事が、本当は面白くなくて。
ただそれを見ているのも、そろそろ限界なのだ。

「また来るよ」

本音を言えば当然ながら、帰りたくないけど、仕方ない。
笑顔の裏で、心の内で大鳥は一息つき


「んじゃ、ご馳走さん」

「オイッ。」

空にしたカップを置き、
さて、と立ち上がった大鳥の横で出た土方の声。
何事かと窺うようにそっちを見ると…。


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