京都他novel

□師走女房に難つけな
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【師走女房に難つけな】と言う諺がある。
意味はそのまま、
年の暮れは忙しく格好など構っていられないので、
女房の身形が気に入らないと難癖をつけたりするな。と、言う事だ。

その司教も女房も、誰もが忙しない師走真っ只中の、江戸市ヶ谷の試衛館。
居間で昼寝していた土方の元へ、女将のフデが歩み寄って来た。その隣には若女将のツネも居る。
因みに、女性2人の赴きは外出の装いで整っている。
だから土方は、もちろん難癖など付けず、起き上がり素直に

「どっか出掛けんのか?」

と問いたところ、その質問に答える代わりに、
フデは着物の合わせから小さな白い包みを取り出し。土方が座り込む前に置いた

「年の市へ行って頂きます」

頂きます。と言う事はつまり決定事項であり、拒否権が無いと言う事だろう。


年の市とは現代意訳すれば、年末大バーゲンである。
此れから訪れる正月に向けて注連縄や門松、達磨など正月飾りの店が軒を連ね。
餅米や御節用の食材を大量に売り出す市が、大規模で開催される。

現代であれば、米も野菜もハウス栽培で魚は輸入物。
畑も静まる冬と言えど物価の値が大きく変わる訳でも無ければ、
今では季節や旬に関わらず手に入らない物すらあまり無いが、
そうもいかない江戸時代。

先に黒船が来航し、品川など港は幾つか開港され異国と貿易条約を結び。
国際的発展の第一歩を踏み出した訳だが、
それが如何せん篦棒に不平等なのだから、物価の変動などは国民の生活に大きく影響を及ぼした。
そして、只でさえ食客と言う名目の大の男を幾人も抱える町外れの道場に、その余波は見事に直撃した。

しかし、新年を御目出く迎えるにあたり、どうやら、フデは少し奮発しようと言うのだ。

「ふ〜ん。それで、なんで俺が遣いっパシリ?」

「図体ばかりデカくアテに成らない男共の中で、ソレなりに気転が働くのが貴方の他に居ますか」

連中を随分な言い様だが、土方は上手く反論出来なかった。
そう土方が言い返す言葉を無くしていると、フデは隣のツネに目配せし。
ツネが着物の袷から紙を一枚広げて出した

「これをお願いします。」

「え、コレ全部か?!」

その紙には、大中小とサイズまで細かく指定してある縁起物の正月飾り一式例と、大量の食材名が羅列されている。
到底、土方一人では買い回れ無いし、持って帰って来る事さえ不可能だ

「男手だけは有るんですから、上手く遣いなさいな」

フフンと微笑む大女将。

「今、源さんが市の下見に行っているので、もう直ぐ戻ってくるかと」

ツネが言った傍から、早くもさっそく遣わされていた井上が居間に入って来た

「それでは宜しく頼みましたよ、歳三さん」

「若旦那はどうしたよ」

「勇さんは私達と呉服屋を巡るつもりですが…嫌なら貴方がコチラに来ます?」

どうやら、どちらへ行くにせよ荷物持ちに駆り出されるようだ。
土方は首を横に振って即答で拒否した。そして若旦那こと、親友を哀れんだ。
女の着物選びや、買い物に付き合わされる事ほど沈鬱を伴うものは無い。
と、土方は実姉のお陰で知っている。幼少の頃からかなり振り回されているため、軽くトラウマだ

「それを全て無事に終えたら、良い年越しを迎えられるんです。お釣りは好きなようにしていいですから」

最後に再び念を押して土方に頼むと女性2人は出掛けて行った

深い溜め息を吐き出し、
床に置かれた金子と買い物リストを握り締め、土方は腰を上げる

「チクショー、いっちょヤるしかねぇな」

「はいよ」

土方から肩に手を掛けられた井上は笑った。




2人が道場に入ると永倉に藤堂、沖田が竹刀を握っていて。
それを近くで見守る山南の横で原田が寝そべって3人を眺めている。
それを土方は中央の一ヶ所に集め、円陣を組んで座り込む。

任務を全員に話してまず一番に不平を述べたのは原田だった

「知ってっか?師走女は山の神も恐れるって言うじゃねぇか」

「なんですかそれ」

沖田が首を傾げるが、冒頭を参照。

「年の市なんざ、きっと神をも恐れる女が犇めき合ってンだぜ」

「そりゃもう、浅草も深川も神田もどこも人で溢れてるよ」

井上が苦笑を浮かべ原田は、俺パス。と再びゴロンと一同に背中を向け転がった

「でもよ、世話になってンだぞ。こんな時くらい働かねぇとな」

「そうだよー。八っつぁんの言う通りだって。ちょっとは豪勢に年越し出来そうだし。今こそ一致団結の時だろ?」

原田の着流しの裾を引っ張る藤堂。
その隣で山南が井上の下見して来て得た情報が記される冊子を読みながら別な紙に筆を走らせ。
筆を止めると同時に、顔を上げた

「土方くん出来ましたよ」

土方は三枚の紙を受け取り軽く目を通す。
そして円陣の中に並べ、原田以外の他は覗き込んだ。
山南が筆を指し棒代わりにして紙を指し説明を始めた

「コレは浅草、深川、神田の三ヶ所の中で何処で何が一番安い値で売られているかを纏めて書いたものです」

「やっぱケチんじゃねぇか。三ヶ所全て回る気かよ」

背中を向けたままの原田が皮肉る。
しかし土方が、バーカ。と微笑って、預かった金子を紙の横に広げていく

「余った金は貰えるらしい。仕入れを安く済ませりゃ、その分を酒にでも回せるだろうが」

そう言った途端、原田はガバッと身を起こした。
そしてキチンと正座し背筋を伸ばして座り直す

「それを早く言ってくれや土方さん。で、まずはドコ行きゃいーわけ?」

「お前って、ホント期待を裏切らない奴だよなー」

永倉がクツクツと喉奥を鳴らした。

「まぁ待て、原田」

土方は、年の市が盛んな城下三ヶ所の浅草、深川、神田の振り分け表ごとに山南が弾く算盤を見ながら金子を分ける

「三ヶ所を全員で回る事ァねぇ。コッチは人数が居るんだ、この三ヶ所を同時に攻める」

まるで戦術を授けるが如く土方は一同の顔を見据え。
口端を片方だけ器用に吊り上げた

この人こー言うのホント好きだよな。と思う井上だ。

その横から沖田が、いつの間にか花ボーロをボリボリ頬に詰め込みながら、床の紙を前のめりに眺める

「安い店って事は、それだけ人気もあるだろうし。早くしないと品切れも出そうですね」

「だからとっとと行くぞ。宗司と左之と永倉は神田な。雑貨と正月飾り担当」

「よっしゃ任せとけっ!」

原田は俊敏に道場の床板を蹴り上げ入口へ駆け出す。
もちろん買い物メモと金を持たずに行ったので、土方は紙と金子を沖田に預ける

「えー、食べ物じゃ無いんですか?」

「テメェと原田は、生野菜も平気で摘まみ食いするからだ。荷物が一番デケェから気を付けろよ」

「お菓子ひとつくらいっ!いーでしょ土方さん!!」

「あー分ァったって!一つだけだぞ!」

こんな事で揉めていたら食材に売り切れが出そうで、折れるが得策と思った土方は諦めた。
これより約100年後のスーパーでは母と子のそんなやり取りが、どこでもよく頻繁に行われていたりする事は知る由も無い。

跳び跳ね喜ぶ沖田の横で肩をすくめる永倉へ、土方は目線だけで見張りを頼んでおく。

「では、私と平助で浅草まで足を伸ばしますよ」

「いや待て。ソコはアンタと俺でいい。源さんと平助で深川だ」

井上に金子と紙を手渡しながら土方は山南を見た

「アンタも平助も、野菜の善し悪し見分けられねぇだろ?」

土方渾身の嫌味。
ニヤリ微笑する土方に山南は二の句を告げず苦笑を返した。

そして土方は一同の顔を見据える。

「野郎共、抜かるなよ」


「そんじゃ、いざ出陣!」

口許に弧を描く永倉が続く


坊主も女房も老若男女も、浮き足立ち駆ける師走。
もう幾つ眠ると新年だ。







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