土方受novel

□宵の酒
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類が友を呼んだのか、
伊庭は自慢じゃ無いが、その容姿も強さも頗る評判はいい。と自負している。
そして、もう随分前に町でひょんな事から顔馴染みになった土方も、
そうそうに類を見ない美丈夫且つ天性の勝負師気質

大江戸八百八丁とはよく言うが、その広い町中で偶然出逢ってから瞬く間に二人の意気は投合し。
吊るんで歩けば、まず女は一度振り向き。男であれば喧嘩を買わされたり。
巷じゃ多少は名を流行らす名実共の悪友だ。


今日は伊庭の提案で、御上が唯一合法的に認める艶と花の吉原へ出向き。
太夫とまで羽振りよくはいけないが、
それなりに賑かに、呑んで騒いで食って、特に伊庭は食って食って楽しんだ


までは、良かった…。

既に女達を引き上げさせた部屋には、
伊庭が肘を凭れる開けられた格子の外から繁華街らしい喧騒が聞こえる程度。
吹き込む夜風は、宴の後の身体を程好く冷まし。
満足した胃袋も落ち着いてきたのだが、

カタンとお膳の音が鳴り。
伊庭は眺めていただけの外の景色から部屋の中へ視線を移す。
ソコでは土方がだらしなく細長い両足を大きく開いて座り込み、
一人、手酌で酒を飲み続けていた


「もーその辺にしといたらどうだえ?トシさん…」

苦笑すると、あん?と少し不機嫌な声で返された。
十も年離れた奴に説教されたくないと言わんばかりに、土方は見せ付けるよう更に一口酒を入れる


「トぉーシぃーさん、」


「今更こんなもん、一滴も一升も変わらねぇよ」

「いやいや、変わるって。月とスッポンじゃねぇか」

正論を言ったつもりが、何が面白いのか土方はカラカラ笑い始める。
伊庭には無理に酒を勧めた心当たりは無いが、
少し気分が良くなったんだろう。だから、もはや歯止めを掛ける事を諦めてしまったらしい。
彼は下戸だからこそ、呑む機会を日頃は避ける。
それ故に、何れ程までが己の適量なのか未だに把握していないのだ

誘ったのは自分の方だから、楽しんでくれたのならばそれでいい。
試衛館まで送り届けてやる覚悟も、とっくに出来ているくらいだ。
ただ、自分も多少は呑んでいるため、
自力で踏ん張れるくらいの力は残しておいて欲しいものだが


酒は飲んでも飲むべからず。下戸はこれだから仕方無ぇ…

伊庭は胸の内だけで呟き、
また漏れる苦笑を土方に見付からないよう柵に頬杖を付き外を眺めた。
二階のその部屋は目抜通りに面し。
真下では丁度、遊女の道中が通り掛かっている。

中央に開く一本道の真ん中で絢爛な着物に身を包み、
凛と一輪咲く華のような女が闊歩し。
伊庭が見下ろせばフと視線がかち合い。その女の無垢な白塗りの下が、俄に色付いたような気がした


「…知ってンのか?」

土方が銚子と御猪口を両手に伊庭の横から外へ身を乗り出して来た。
伊庭は、いや。と一言で否定すると同時に外へ気を取られてる土方の隙を突き、
手から一瞬にして銚子を奪い取った


「っ、オマエ」

「もー没収。」

素早く柵から離れ、奪った銚子を見せ付けとばかりに上に掲げる。

「生意気な…」

土方は恨みがましく小さく舌打ちを鳴らし、人並み外れた瞬発力を駆使し伊庭に飛び掛かった

それを交わす事なく正面で受けながらも伊庭は伸びてくる土方の腕を避ける。

「止めときなってば」

「うるせぇっ、返せよ」

「はは、イヤだね」

「このっ…」

あまり広くも無い部屋の中で少し押し問答を展開し。身を翻しながら右往左往をしていると

「…ッと、トシさん?」

グラリ、突然、土方は体勢を崩し凭れ掛かって来たのを伊庭が支えた。

おーい。と呼び掛けて顔を見れば、眠っている。
動き回った今ので酒も回ったのかもしれない。
幾ら土方が年相応にしては少し細身と言えど、全身を預けられのし掛かられると辛いため、伊庭は畳の上に土方を転がした

暴れられたり、笑い上戸や泣き上戸よりはマシか。と
伊庭は苦笑しながら真横に座って、取り上げた徳利を煽った。

呑みながら、土方の頬を何度か叩いたり肩を揺するが反応は無い。

「起きてくれよー。オイラに担いで帰れってか?」

クイッと徳利の中身を全て飲み干して畳に置き。
伊庭は土方を真上から覗き込んだ。

巷じゃ方々から色々な事を言われている土方に拍車を掛けて騒がれているのが、頗る端麗な造りの顔だ。
それは寝てても覚めていても変わらず整っている。

「オイオイ、ちょいと無防備過ぎやしねぇかえ…?」

伊庭は喉奥で笑った。

土方は伊庭を気の合う友人くらいに思って、こうして付き合っているのかもしれないが、
伊庭は、土方に惹かれている。抱く感情は、けして友情などでは無くて。


その想いを露骨に前面で伝えている訳でも無いが、隠している訳でも無く。
そして、そんな伊庭に土方は気付いているのかいないのか、判断出来る素振りを見たことは無い。
確かに、それ以上の発展を望んでいないと言えば嘘になるが、
こうして気楽に気兼ね無く付き合っている事だけに、満足してしまっているから質も悪い。



ただ、こうも稀に油断しきって無防備に寝息をたてる土方を見ると、
普段、己や近藤など仲間達に見せるような顔とも、
喧嘩の最中に見せる高揚に染まる顔とも、
女を口説く時に見せる微笑とも、違う
己だけが知る土方も見てみたい。と細やかな欲が芽生え始める。

ただし、独占欲や欲張りでは無いので、単なる好奇心と言った方が明確だ。
それと少しばかりの悪戯心と、土方を起こしたいと言う目的もちゃんとある。

伊庭は、最終警告…と言うよりホントに寝ているのか確認に、もう一度だけ声を掛け土方の頬へ手を添え

薄く開いた唇に吸い込まれるよう軽く口付けた。

しかし、やはり完璧にアルコールが回っている土方。
微動だにせず、伊庭は更に深く唇を合わせた。が、
それも完全無視だ。


「マジかよこのヤロ…」

僅に、飛び起きて何をするんだと怒鳴られたり。殴り飛ばされるのも辞さない覚悟で、
それを悪戯と冗談めいて笑い飛ばす事まで考えていたのに、ことごとく期待を裏切られた気分だ。

こうなると、どこまで土方が無反応でいられるか、と伊庭の意地に妙に火が灯ってしまった
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