土方受novel

□口上よりも大当り
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「トシぃ〜!芝居見に行くぞ!!」

と、近藤が騒ぎたて始める時期、土方は『年末だな』と思い知らされる。

それは今に始まった事じゃない。近藤の筋金入りの『忠臣蔵』好きに付き合わされるのは昔から。
京に至っては、寧ろ新選組その格好からして一目瞭然なことである。

芝居、芝居と鼻歌まで奏でながら。近藤は文机に向かう土方の背後へしゃがむと、覆うようにしてピタッとくっ付いた。
その鬱陶しさも慣れたモノだ。振り向く事をしないまま、土方は筆を休めようとはしない

「アンタが行くのは構わねぇよ。総司や原田でも誘って行って来い」

「お前と行きてぇの。今日だって非番だろ?何やってンだよ」

唇を尖らせる近藤に土方は軽く額に血管を浮かばせた

「文句なら、年末年始関係無く騒ぎを起こす不粋な野郎共に言ってやれよ。年末は休み返上だ。行事も多いしな、アンタも後々覚悟しとけ」

特に年末とも成れば行事も多く、幕格やら要人が表へ出る。そうなれば勿論、警護は任されるし。その編成や管理を任されているのが土方だ。
今は師走の上旬、文字通り忙しい月なのだ

「生きて縄に付いた野郎には、この世に生まれてきた全ての事を後悔させてやる…」

「とっ、…トシ?」

もう土方もこの忙しさには我慢も極限に近い。
口端を吊り上げ、クククと奇声のような微笑を漏らす様は、既に鬼副長と言うより妖魔が妥当だろう。近藤は思わず身を引いてしまった

「き、き気分転換だって!少し休んだ方が仕事も捗るだろ?外に出ようぜ!」

このままでは土方が壊れるっ…近藤は襟首を掴んで、土方をその場から引き剥がそうと試みた

「ホラ、芝居とついでに茶でも一杯…」

「―…勝っつぁんと芝居は行きたくねぇ…」

近藤の行為と説得が効いたのか、上目に見上げられた顔は僅かに膨れっ面で、
呼び名からして鬼副長は取り払われていた。
説得に応じる状況は出来た。が、土方の言葉に近藤が首を傾げる

「さっき俺が芝居行くのは良いって言っただろうが。一緒に来いよ」

「嫌だね。だって、煩ぇンだもんアンタ。見ながら泣くし喚くし…」

余りに近藤が感情移入し、辺り構わず騒ぎ立てるから周囲の視線は痛い程に向けられる。
過去に一緒に行った際に、土方は被害を被ったのだ

「感動しないお前の神経が、どうかしてンだよっ!」

熱心な近藤から説教が始まった。何故、こう土方の感性が責められなくてはならないのか理解が出来ない

「別に、感動しねぇとは言ってねぇだろ。ただ、アンタほど好きでも嫌いでも無いし。つーか、アンタが小屋で騒ぐから恥ずかしいンじゃねぇかっ。場所を弁えろっっ!」

「そんなの人の勝手だろ!我慢出来ねぇから仕方無ぇじゃん!!」

「場所と立場と対面を少しは考えろって言ってンだよ!京で昔みたいな情けねぇ事しやがったら許さねぇぞっ!」

いつしか二人は喧嘩腰で、只でさえ声が大きい二人の怒鳴り声が部屋から漏れる

「ハイハぁイ!大音量で夫婦喧嘩してる二人のほうが、恥ずかしいと思いまーす!」

「総司っ、テメェいつの間に其所で座ってやがる!?」

忽然と部屋の隅には沖田が正座をして二人を見上げていた。
ニコニコと涼気な笑みを満面に浮かべ、挙手をしながら土方を煽り出す始末だ

「ホラホラ近藤さん、早く行かないと間に合いませんよ。土方さんも、心配なら見張りに付いて行けば良いでしょ?」

「そうだな、行くぞトシっ!」

「は?ちょ、待てって―…」

「良いから来い!!」

グイグイて腕を鷲掴みにされたまま、土方は廊下を引き摺られてゆく

「後は頼んだそぉ〜」

「行ってらっしゃい」

「総司テメェエ!覚えてろよぉおおお!!!!!」

土方の叫び声も、廊下の角を曲がったお陰で遠ざかる

屯所で二人して、痴話喧嘩をされても困りモノだ。
何事かと見守り、唖然とする隊士らの目線をそのままに、沖田に上手く二人は屯所を追い出されてしまった



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