土方受novel

□高城さんと豊玉さん
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「梅……うめ…?」

本日、久々の非番の副長は、非番な日にも関わらず
眉間に皺を寄せ頭を抱え、京の道をトボトボと歩いていた。

「梅…いや、雪か…?」

先程からブツブツと呟いているのは、忙し過ぎて頭がイカれた訳ではない。
普段、鬼と成り気を張り詰める彼が日々の中で唯一、
心が和む一時である発句の真っ最中だった

たまの非番、久しぶりに気分転換も兼ねて外へ出た。
そして、句でも捻るか。と考え既に半日を過ぎた

大好きな梅だの、先日初雪を向かえ軽く降り積もるそれだの、
頭をフル回転させる内に口に出してしまうらしい


「くそっ、でねぇ!!」

頭を抱えたまま突然、声まで張り上げてしまった彼に行き交う人々が冷たい視線を向ける

しかし、彼はそんな周囲の目など気付きもしない

才能が無い。とか言うのはこの際、触れないであげて欲しい。
スランプ気味らしく全くもって何も頭に浮かばないのだ

「いや…これはきっと世紀の名作が誕生する前兆かもしれねぇ…」

「お母さん、あの人木に向かって話してる」

「こら!壬生浪の土方やん。指差したら斬られるわ」

端から見れば痛々しい光景で、彼が道端の木に手を付いて頭を捻る横では、
間違った彼の恐ろしさがまた一つ京の都に広まった



このまま木の前で立ち尽くして居ても何も出てこないのは変わり無く。
彼は再びゆっくりと歩き出す。
頭の中で浮かびあがりそうな名句を探り、辿る様に街を徘徊する事にした






一方で─…


「……いや、違う……」

こちらも眉間に皺を寄せながら歩く武人が一人。
更に、これまた同じようにブツブツと呟きながら頭を捻り歩いていた


「佐々木…?」

「土方…?」

前方から向かって掛けられた声に顔をあげるとその名を呼んだ

「一人か?」

土方が歩み出て佐々木の横に付く。

「あぁ、今日は非番だ」

「へぇ…俺も」

「そうか…」

今まで俳句の事で頭がいっぱいだったせいか、どこかぎこちなく、
そして何故か佐々木までもたどたどしい


目的の無いまま何と無く二人連れ立って歩き出すが、土方は再び頭の中で句を捻る事に専念する


(梅梅梅梅梅……)

「?」

隣の土方を佐々木が横目で伺うと、かなり深刻な顔で唸っている

自分も見廻組の与頭として、土方と同様に常に目を光らせる立場。
きっと仕事の事で何かあったのだろうと理解し

土方をそのままに自分も、先程から悩んでいる事に意識を集中させた

(雪…いや、枯木―…)

実は佐々木も仕事など全く関係ない所で頭を悩ませていた

土方の例に漏れず、実は、和歌を詠むのを趣味としている佐々木。
これは文武両道として在りたいと佐々木の心構えだが
今では立派な趣味となり。周囲の反響も良い。

しかし詩は武士の嗜みと言えど、やはり武骨で武漢と言う己の対面を充分に知っている為、
普段の土方の性からして、和歌などに興味が無さそうと判断した佐々木。
下手に理解を求めると笑われるのがオチだと思い隠すと心に決め。己内のみで頭を悩ませる




「…………む?」

唸っていた佐々木の頭上から白い結晶が舞い降りてきた

「チッ、降りだしたか」

日没が早いうえに雪が降りだしたらしく、辺りは既に薄暗い

「なぁ帰らないのか?」

(梅梅梅梅梅……)

佐々木の声が聞こえていないらしい土方は、まだ眉間に皺を寄せていた


「おい」

「ぅ…んあ?ア??」

漸く口を開いた土方は不思議そうに辺りを見回す

それもその筈だ。
土方が辺りを見回すと周囲に人影も無く。いつの間にか日が暮れ、雪が降り注ぐ

佐々木と会った後も、かなりの間一人で悩み続けていたらしく。
その間も佐々木と二人で居た筈だが会話など無かった為に、佐々木と歩いていた事すら忘れそうだった

「何を考えてたんだ」

土方が周りを気にもせず、これ程までに物思いに耽るのは珍しい。
佐々木は深く考える事も無く聞いた

「いや…何でもねぇ」

勿論、土方が周囲を眼中に収められなく成るほどに熱中出来る物は俳句しか無いとしても、
隊の者でも限られた人間しか知らない趣味を、易々と口外出来る筈も無い。

「寒ぃな」

「これ」

鼻を啜る土方に、佐々木は自分が羽織っていた上衣を差し出す

「着ろよ」

「…気持ち悪…」

「は?」

土方は、けして気分が悪いわけではなく。羽織りと目の前の男を交互に見詰めた

その鋭い眼光だけで人を一人容易く殺せそうな男は、
絵に書いたような武人だ。
それが本当に本物で、幕府の勅命あれば暗殺などは御手の物。
屈強な体格で堅苦しいほどの面持ちで。いつ見ても常に油断ならないような雰囲気を身に纏わせている。

威風堂々と言えば聞こえは良いが、唯我独尊と言うか、高飛車と言うか、
己は武人だと立派過ぎる程の意識がある為に、
端から見る人が見れば些か威圧感を受ける印象で

「お前が良心を持っていたなんて初めて知っ…」

「あ゙ぁ?」

佐々木は、かなりのドス声を轟かせ。瞳孔全開で血管を濃く浮かび上がらせた。
お前それでも幕臣か。と言いたいくらい柄が悪い。

土方は思わず口走ってしまった後に後悔しても遅い。
本当に寒く、上衣を是非に借りたいところだ

「…貸してくれ」

「羽織が嫌なら躯で暖めてやっても構わんが…」

ほくそ笑みながら土方の顎を掴み上を向けさせる。
どうやら佐々木に火をつけてしまったらしい。かなり着火点が低い男だ。
そして人通りが無いと言えど往来で男に手を掛けるなど、やっぱり、それでもお前は名家の幕臣か。と問いたくなる

「羽織で十分だ!!」

「そぅ訝なるなよ。俺は、お前と違って雪には慣れてるからな」

「それは俺が貧弱だって言いてぇのか?」

「東北の寒さを嘗めるなよ」

「多摩だって雪は降ンだよ」

「いいから黙って羽織ってろ!」

「うわっ―…」

ボフッと頭から被せられ、土方は慌てて顔をだす

「…佐々木くせぇ」

「っ貴様!とことん俺にヤられたいのか」

「違ぇっ!…テメェの匂いがするって意味だ」

「文句あるなら返せ」

「別に…嫌とは言ってね…だろ…」

土方の声が終いには呟きに変わる。

ほんの些細な照れ隠しとか意地とか、それくらい許せバカ。気の短ぇ男だな。と
土方も人の事を言え無いような事と、本人にもけして面と向かって言えそうも無い事を、心中で密かにごちる。

況してや、
新選組と見廻組。日夜共に京の治安維持を勤める同胞なれど、
片や幕府直轄で武士身分の選れた旗本次男や三男のみで形成される組織。と、
片や身分問わずのゴロツキが成り上がりの意地と気概だけで結束する組織。
土方には、譲れない部分と意地がある。
と言うよりも、土方だからこそ屈する事は許されない。と本人だけは思っている

ただ、佐々木は土方が忌み嫌うような身分を楯に口先だけの士道だの忠義だの唱える軽い男では無く。
そこら辺が、まだ取っ付き易いとも思えるのだ。



(なかなか浮かばねぇな―…いっそのこと佐々木に…)

例えば、こんな時の気持ちを言葉に託して綴るとすれば、佐々木はどんな反応を示すだろうか

(いや、幾ら何でもそりゃ引かれる…だろ…)

佐々木の様なお堅い役人丸出しの男に、そんな情緒を理解出来るとは思えず直ぐさま打ち消した

「土方?」

「うるせぇ、助平野郎」

半歩先を歩く土方が再び唸りだし。一人でスタスタと歩いてゆく

「待てよ」

バサッ…

土方の肩へ手を伸ばした佐々木の懐から、一冊の手帳が土方の足元に落ちた

「何か落とし…」

バサッ…

佐々木の懐から落ちた手帳を拾うため屈んだ土方の懐から、一冊の手帳が落ちた


「和歌?」「俳句?」

二人の声が重なった。

落ちた二つの手帳が開いたそこには、走り書きの様に認められている二つのモノが確かにある


「「!!!!!!!」」

二人はほぼ同時に、目にも止まらぬ速度で自分が落とした手帳を拾った
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