黒×榎novel

□Happy Happy
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気持ちのいい晴天の日だ。秋晴れというに相応しい青空は、ただそれだけで人を笑顔にしてくれる。
そして更に人々を楽しませるかのように色彩豊かに染まる山々。
そんな紅葉もピークを向かえ、そろそろ北国では億劫な冬の仕度を始めようかと言う頃合い。黒田は穏やかな気持ちで過ごしていた。

「たまには、まったりすんのもよか、よか…」

ソファに体を沈め、ぼんやりと天井を見上げながら、黒田は心底幸せそうに呟く。すうっと深く息を吸い込んだら、ほんの少しだけ、冬の気配を感じ取れた。
今日は天気は良いが、それでも空気はさすがに僅かにひんやりと感じた。
しかし、黒田の部屋は窓が大きく昼間の明るい暖かな陽射しがたっぷりと入ってくる為、おかげで室内じゃだいぶ北国の気候に馴染んだ体は寒さを味わうどころか、ひなたぼっこのような気分だ。

飲み干したグラスの中で氷がからんと音をさせる。
うっすらと汗をかいたグラスの表面は、大粒小粒の雫がまるで模様を描いているようだと思った。
この上なく、穏やかだ。
一歩外に出れば、この時期なにも冬支度に忙しないのは人間だけじゃなく否応なしに例の怖い獣に出逢いそうなものだが、家にいればその心配もない。
何より、ここには彼がいる。黒田にとっては最高の場所だ。


「じゃっどん、今は夢ん中か…」

下ろした視線の先、向かいのベットで横になっている彼の人に、黒田はふわりと頬を緩めた。
その目元にうっすらと滲む疲れが見て取れて、申し訳なさと、今更ながらの照れが黒田を襲う。
昨夜は日付が変わる間際に唇を重ね、恥ずかしそうに、けれど存分に笑顔を見せてくれた彼が、それは素直に黒田を欲してくれた。
出逢ってから幾年か経つが、初めて彼が祝おうかと言ってくれた。自分が生まれてきた事を彼が祝福してくれたのだ。
それだけでも充分すぎる程に嬉しく思えたが、自分は贅沢にも、期待していなかったと言ったら嘘になる。
それでも、まさかそんな風に事が始まるとは思っていなかったせいで、気付いたら外から小鳥の声が聞こえてきたくらいには夢中になってしまった。


「…あぅ〜…」

まだ数時間前の出来事は、容易に黒田の手元に返る。
思わず赤らむ頬と歪む口許に、見えていないとはいえベットから視線を反らしてみたけれども、
微かに聞こえて来る規則正しい寝息からは、塞がれていない耳が逃れられない。
観念してもう一度ベットを視界に映してみる。
年相応より随分と若く見える寝顔。薄く開いた唇は、昨夜散々貪ったものだ。
仲間も多いがそのぶん敵も多い世界で、普段から何事にも少し心配してしまいそうになるほど気を張り詰めていたり必死になっているこの人は、
本当に今を必死に生きようとしているんだろうなと、黒田は思う。
それでも、自分といる時の彼は、怒って笑って、ふざけあって、揶揄いあって。
まれに殴り合い(ほぼ一方的に殴られてるが)もしてしまうけど、本当にくだらないことから真剣な喧嘩もしたりして、肩の力を抜いたりして、生きている。
そして今日から自分もまた、一つ歳を増やして生きていく。


今日、一つ年を重ねた自分。
コレまで沢山、嫌と言うほどに大切な人を失い。自分も失わせてきただろう。
それでも自分は、また一つ歳を増やすことが出来た。
あの頃を生き抜いてこれたのが奇跡みたいに思うことさえあるのに、自分たちが今ここでこうしていられることが本当の奇跡のようで、これはもう運命とかいう不思議な力でも働いたんではないかと思う。
そんなことを自分が本気で考えたと彼が知ればきっと、可愛げがないのに可愛いと思う奇妙な悪態をつくか、それはもう人形のようにモノも言わずまるで言葉を忘れたかのように真顔で唖然とするかどっちかだろうけど。
覚えず眉を下げたまま見つめた先で、彼の睫毛が小さく震える。
おっ、と思う間もなく瞼が押し上がり、随分と澄んでいる蔦色が姿を現した。

「ん?…あれ、寝てた…?」

「あい」

「そっか……ごめん」

おはよ、と笑った黒田に、罰が悪そうな顔で榎本が謝罪をこぼす。
彼は何も悪いことなどしていない。それなのに告げられたそれは自分を放置したことに当たるのだろうか。
だとしたら、今更だ。読書や何かに集中した時の彼に放置されないことの方が稀なのだから。
それでも、それは今日だから、なのだろうか。


「何時?」

「3時過ぎ」

いま開けているボトルの側から取った懐中時計を開いて告げると、榎本は驚きに目を丸くし。
ガバッと上半身を起こして直ぐに昨晩の無茶が祟っているらしい身体が痛みを訴えたようで、再びボフッとベットに俯せのまま沈んだ

「…何しとんじゃ」

「っ、なんで、起こさないの。ってか一人で何してたの?」

黒田が質問したはずなのに同じ質問を返された。
何をしていたと聞かれても、先に起きてから喉が渇いて昨夜に榎本から贈られて一緒に開けた焼酎の続きを迎い酒に、榎本の寝顔を肴にしていた。とは正直に言えず。
今日は休日だから心置き無く朝から呑んでいるだけだとグラスを掲げて見せた。
まあ、誕生日じゃなくても休日じゃなくても、朝からでも仕事中でもこっそり呑む事はあるのだけども。


「まだ寝ちょって構わん」

そう言うと榎本はちょっとむくれたが、それでもやはり起きるのが辛いのか起き上がる事はなかった。
榎本の言いたい事は黒田にわかる。やっぱり、今日は自分の誕生日なのに、既に半日以上は部屋でぐたぐたと過ごしてしまった。一緒に過ごしたにしろ会話すらもせず、寝過ごしたと榎本は思っているのだろう。
しかし、誕生日だからと何か騒ぐ歳でも無いし、祝いなら昨夜でもう充分に満足している。
それに、今こうしているだけでも黒田は喜ばしいのだ


「謝るのはオイの方じゃ、すまん」

「なんで?」

「いくら誕生日ば言うても、ちと…その…」

「あ〜……うん、言わなくて、いい。っていうかもう、それ以上言わないで」

榎本もまた、明け方までのことを思い出したのだろう、真っ赤になった顔を俯せにして枕に押し付け隠してしまった。
染まった耳までは隠れられず、軽く赤みかかった毛先から見えている。
堪え切れず小さく吹き出せば、ちらりと責めるような視線が黒田に届く。
そのままちょいちょいと手招きされ、黒田はテーブルを回って榎本が寝転がるベットの横に膝を着いた。
覗き込んで見せるその顔は、怒られるなんて微塵も思っていない。ふわふわと緩い、穏やかなものだ。


「なんじゃ、腹でも減ったがか?」

「いや、いま食べたら夕飯入んなくなるからいいや。今夜はどうせ宴会でしょ?」

「そや、さっき部屋の前に手紙ば置いてあったんじゃ。榎本さぁも絶対、一緒に来てくいやんせ」

言いながら榎本の髪を撫でれば擽ったそうに瞳が細められる。
黒田ほか薩摩勢が集まるとなれば榎本は決まって渋るから、黒田はあらかじめ絶対と念を押しておく。すると榎本は苦笑しつつ、すんなりと頷いた。
今日の榎本は、なんだかとても、素直だ。
普段の彼ももちろん大好きだけれど、こんな風に自分をすんなりと受け付けてくれる榎本には、胸が破裂してしまうんじゃないかというくらい愛しさが溢れてしまう。



「来年は、手加減してね」

なんて科白を寄越されると、あぁもう本当に愛おしい。なにもかも誕生日だからか。誕生日万々歳だ。
思わず口付けたい衝動に駆られ顔を近付けたら、寸前で榎本の左手に制された。
ムッと突き出した唇も、やんわりとした掌に触れるだけだ。
じっとりとした視線を向けた先には、真っ赤になったままの顔が困ったように瞳を泳がせている。
おおかた記憶に新しいその先までを思い返してしまったのだろう。
とはいえ、そんな可愛い反応をされては、こちらの方が堪らないではないか。
覚えず喉を鳴らせば、聞こえてしまったのか、触れている手に伝わってしまったのか、榎本の肩が僅かに揺れる。
それに、また苦笑を思って自分を抑えた黒田は、壁となったその左手を取って、恭しく指の背に唇を押し当てた。
そして、榎本さあ、と甘さを存分に含んだ声で愛しい愛しいその人に呼び掛ける


「あいがと。来年も再来年もずっとこれからも、一緒に祝ってくいや」

照れを隠せず頬を染めて告白した黒田に、同じような色ではにかんだ笑みを見せた榎本は、うん、と吐息のような小ささで言葉を吐いて、口元を緩ませた。











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最後うっかりプロポーズなりましたが(笑)黒田さん誕生日に。





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