黒×榎novel

□相合い傘
1ページ/1ページ



静かな執務室。カリカリとペンを走らせる音だけが響く。
真面目で世話焼きで可愛いけど少しおっかない部下の手前帳面は出してはいるが、それはただの建前で一度もページをめくられることはない。
けれど時折万年筆は走る。インクの軌跡が描くのは、洋語ではないが。

(あ、降り出したんか)

空を眺め、ペンを走らせまた空を眺め。
それを何度か繰り返しているうちに、人を憂鬱な気分にさせそうな分厚い雲からはいつの間にかパラパラと雨が降り出していた。
最初は雨粒を探すのも困難だったのに、眺めているうちに探す必要もない程に雨足は強くなる。
真面目に職務を受けていたお側の面々も雨に気付いたのか、声こそないが空気が一瞬うんざりしたものになった。また静けさが戻る。
気温があるから雪にこそなれない水滴が滴る最近では当たり前の空間だ。珍しくもない。
傘は持って来たかな、と半ば無意識に今朝のことを振り返って、あ、と気付いた。

(そういえば、あん人、傘壊れて持って来てなか)

大方この連日の雨の中、傘を持ったままイロイロと動き回った結果だろう。
無惨にも骨が折れて破れてしまった紺色のコウモリ傘は、修理待ち状態だとか。
代わりの傘を持ち歩くようなマメな性格はしてるけど。以外と大雑把な性格で、
今日みたいな日に宿舎までの短い距離を傘を借りてまで移動するとは思えない。
ただ、濡れることに頓着しなくても、そのことで人に叱られるのは歓迎出来ない性格だろうし。

(迎え、行こうか)

待ってろと言っても素直に待つ人でもないから、残業はサボタージュ。
よし決定。
決まった業務後の予定に、下向きとまではいかずともやや低空飛行だった気分が急上昇した。
たった一つの予定でこうも明るい気分になれるんだから、現金なものだ。

カリ、とペンを走らせる。カリカリと数秒で書き終わったそれに、ちょっとした満足感。
暗号もどきの意味不明な言葉や文字に紛れて描いた、誰しもが一度は見たことのあるあの図形。
出来心で天辺に小さなハートマークなんかつけてみたりして。
こんなもの見つかったりすれば、また真っ赤な顔で怒るか、あるいはとっても残念そうな哀れみの目で見られるかのどっちかなんだろうけど…別にこれくらい構わないだろう?

(まだまだやんでくれるなよ?)

逆さまのてるてる坊主を吊したい気分で窓の外を見上げる。
憂鬱になりそうな天気も、今は恵みの雨だ。どんよりとした空はまだまだ晴れそうにない。

傘を中心に並んだ二つの名前。あと数時間で、それは現実になる。
だからもう少し。もう少しだけ…













●●

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ