黒×榎novel

□窓辺の足跡
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目が覚めると、日もとうに暮れた夜。静寂の中に独り残されていた。
横たわる寝台の脇で灯されている柔い光りに開き掛けていた目をもう一度綴じ。そして、そっと開く。
身をゆっくり起こし部屋を見渡すと、誰も居ない。
寝乱れた髪を掻き。真横の月明かりが漏れるカーテンの隙間に誘われたよう目を向けた

その奥には、幾つもの白い結晶が空間をハラハラ舞っていた。
それは、今季最初の雪だ。
月光で青白く照されながら漂い、吸い寄せられるよう窓の縁にくっ付き。蕩けて消える。
それを一つ見届けていたら、奥に佇む影を見つけた。

雪の中ただ立って空を仰いでる少し大柄な姿が、此方からは逆光でくっきりしている。
ソレが、この部屋の主だと直ぐに分かった。

気付くかな、と
気付かないなら気付かないで何も構わないけど。など、我ながら素っ気ない事も片隅で思いながら
二回、コンコンと軽く窓の硝子をノックしてみる。
この静寂のお陰だろう。室内には音が響き渡り

すると、きっと外も静かなのだ。簡単に届いたらしく、気付いて此方を振り向いた。
そして、その瞬間どんな顔をしたのか、此方からでは逆光で見えなかったが
若干、太い眉を下げ。稀に鋭くもなる眼を細め。
薄い無精髭が散らばる口許で柔く笑んだ事だろう。
それが此方から呼び掛けた時に、いつも決まって返される面持ちなのだ。


降り始めてから長いのか、それとも降る量が多いのか分からないが、
すっかり地面は一面を白に覆われている。
そこを、一直線に少し早い速度の大股で近付いて来る影。
ザクッと砂利と雪を踏む音が室内まで聞こえてきたタイミングで、窓に手を掛けた。
俄に立て付けの悪いシングルハンズ窓を上げる時に、ガタガタッと夜にしたら煩い音がまだ止まない間


「榎本さぁ、初雪じゃ…」

部屋へ入って来る声。
榎本は窓を押しきってから、あぁ、と一言返した。
漸く黒田の顔を見ると思い描いた通りの笑みを満面に浮かべていた。
締まりの無いそれが何だか妙に幼く、何処と無く嬉しそうでもある。
しかし榎本は開けた途端に流れ込んできた外気が寝起きに厳しく、少し柳眉を寄せ。
窓辺に肩を凭れて、手繰り寄せた布団で体を包む

「もう降ってきたんだ…」

今年も駆け足で訪れた冬。
数週間前、夏だと思っていた夜に底冷えが強いと感じ。その数日後の早朝には、霜が田畑に張り付いているのを見た。
そして白樺が枝をむき出し、気温が一段と下がったと思えばこれだ。
この大地では秋と言う境目が有るようで無いに等しく。難儀な事に、こうなってからが長いのだ

「冬かぁ…」

榎本は此から伴う過酷さに苦笑して、肩まで隠す布団に額をくっ付ける。
もう幾度かこの北国の冬を体感している割には、一向に慣れそうにない。
未だに外に突っ立ったままの生まれも育ちも南国の男なら尚更、苦痛だろうに


「何してたの?」

と、聞けば

「雪じゃち…つい」

堪らず見に飛び出して行った。と、分厚いマントで隠した肩を縮めているから、
始めに嬉しそうに見えたのは気のせいでは無いらしい

故郷が南国だからこそか。
初雪を見る瞬間はやっぱり斬新に映るのかもしれない

「じゃっどん、直ぐ嫌になりもすなぁ…」

口をへの字にして再び空を見上げる黒田に倣い、榎本も窓辺から視線を上へ向ける

「了介のとろこは、まだ暖かいんだろうね。きっと」

「降っても桜島の灰くらいじゃのう」

榎本に向き直り、クツクツと暢気に喉奥で笑い。
それに吊られて微笑むと、黒田は窓に合わせて屈み。少し頭を中に入れて、横にある榎本の顔を覗き込むと
そのまま近付き、
ほんの一瞬だけ唇を合わせた。

いや合わさったより、掠めた程度だが
榎本はその行動より、触れた冷たさに目をパチっと瞬かせ。鼻先ほどの距離にある顔を見詰める

「…雪みたい。」

「榎本さぁまで、冷えてしもうたか…?」

と言って離れた距離が再び近付こうとしたのを、
ボサボサの髪を無遠慮に鷲掴んで拒否った。
ちょっと固い髪がボサボサなのは、髪質よりも寝癖である。榎本が目を覚ます前には同じく隣に寝ていたのだから。

痛いのぅ…、と、痛く無さそうな悠長な口調に、軽く苛ッとしたが離してやり。
眉を頼り無く八の字に下げつつ、子供染みたように口を尖らせる黒田の額をペチッと叩く

「調子に乗らない」

めっ!とか、まるで動物か子供を躾るように言うと、黒田も素直に反省したよう謝った。
きっと本当に、犬の耳でも生えてたら垂れ下がっているのだろう。
それが容易く想像出来て、榎本は少し俯く黒田に見付からないよう、顔を背けて小さく笑い

また黒田に向き直り、今度は頬に手を静かに伸ばす。
どれくらい黒田が雪を見てたのか分からないが、その頬もすっかり氷のよう冷えきっている

「早く入りなよ。部屋までホントに冷えてくるし」

出来るだけ優しい声で言ったら黒田の顔が上がり。
くしゃと崩しながら微笑み頷いた

「コーヒー煎れてあげる」

あげる、と上からの物言い。
勿論、黒田が上官なのだが、当の本人はソレを咎めも、気にもせず。

「コーヒーより、そのまま榎本さぁがベットに居てくれた方がよか─…」

「黙って早く戻って来い!」

一喝すると、黒田は声を出して笑い。肩をすぼめながら玄関へ向け駈けて行った


戻って来たら懲りない黒田自身に、コーヒーを煎れてもらおう。と榎本はそうする事にした。
それなら、少しカヘルの暖が外へ逃げてしまい肌寒くなった部屋で、(勿論、黒田の為じゃ無くて)温いベットから出る必要が無い。


と、持ち主のベットでふんぞり返りつつ、榎本は窓を閉めるため手を柵に掛けた

そこから見上げた空からは、今季最初の雪が穏やかに降り注ぐ。
ただ積もる嵩は其ほどでも無いらしく、
黒田が残した窓辺の足跡を見れば、雪が避けられた場所から直ぐ下の地面が露になっている。


初雪が根雪になる事は稀だし、根雪を迎えるにはまだ流石に少し早い。
積もっているが、朝の陽が出れば消える物だろう


静寂の中でまた少し耳障りな音を鳴らして窓を閉め切きったところの柵に、
積もり得ない雪粒が一つ、また舞い降りては、直ぐに無くなった




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今年の初雪は大量でした蝦夷です。
で、初雪が消えた一夜にして書き上げてしまったお話しでした。
お付き合い感謝致します!
黒田が雪を見る場所に何故、玄関前じゃなく自室の正面を選んだかは、
当然、榎本が起きたら外に気付く事を期待してたからです。
わざわざ回り込んだ(笑)




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