土×榎novel-SS

□あの頃と同じ寒さの中で
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冷えた空気で体が震え、
その拍子に目を醒ました

小さくクシャミをして、鈍い頭でソファーの感覚を認識し側の時計を見る。
そこで、帰って来て直ぐに脱力し。ソファーへ倒れ込みうたた寝した事が分かった



「寒い…」

『そのままだと風邪引くぞ』


ふと、頭の片隅で彼の人の声が蘇る


(……あぁ、まただ…)



けして長いとは言えない間だったけれども、けして忘れる筈も無く

確かに、鮮明に、思い出す

優しい声と、温かい掌を。



(…会いたい…。)



生きる道を選び。歩み進む。後悔も、悔やみもせずに。
そう決めたのだけれど

あの頃と何も変わらぬ同じ地で、同じ寒さに苛まれていると、
あの頃にはあった暖かさが恋しくなる。



『弱音を吐くンじゃねぇよ』


そう笑う顔と声なんかも思い出し。自嘲して、再び外套のままソファーに沈んだ



張り詰めた糸を断ち切り、気を漸く緩め、疲れ切った体が休息を欲すると、
根底に閉じ込めた筈のモノが外に雪崩れ出ようとする



姿が見たい。触れたい。
声が聞きたい。
笑顔が、見たい。

寒い。苦しい。辛い。
寂しい。悲しい。
君が居ないと、つまらない。


手を伸ばせば届く距離に、全てを満たすモノがあったあの頃に、
戻りたくて堪らない。



同じ地の凍えた空気、相変わらずの寒さが、
今は、まるで違うように思えて。ただ厳しく、凶器のようだ。



「…………ッ…」


ツン、と鼻先に痛みが走り。急に目尻が焼けるよう熱くなり、
咄嗟に難く目蓋を綴じた。


溢れるな。零れるな。出てくるな


今は、まだ何ひとつ満足に成し遂げていないのだから


(大丈夫。やれる。やるよ。やるしかないから)



血の気の失せた指先で自身を抱き、一つ深く息を吐く。

助けも救いも必要無い。
そして忘れたくない人を、けしてこれからも忘れない。
例えそれが自暴自棄の引き金となり、辛くなろうとも構わない。
思い出も罪も何もかも全て自分で抱えると決めた。
抱えるべき人間は自分以外には存在しないのだ。


そう己に言い聞かせながら、
冷えた頬を、生温かい雫が一筋流れ出て



ポタリ、密かに落ちた






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