土×榎novel-SS
□星の夢
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「綺麗な夜空だね」
公用で出掛けた帰り道、馬車に乗る手前フと足を止めて空を見上げながら呟いた
雲ひとつ無い空には満天の星が散りばめられている
「あの星を取ってくれ。なんて我が儘言う気か?」
「そんなこと言わないよ」
頬を膨らませ顔を反らされるが、その表情がどうにもガキの様で、つい喉の奥から笑いが込み上げてしまう
「さすがのアンタもそこまで我が儘じゃねぇよな」
「星は空に在るからこそ綺麗なんだよ。それを人が失わせたら勿体無いと思わない?」
…など聞かれてもよ、なぜ空に星が光っているのかすら考えた事もない俺に答えを求めンな
「それにさ、例えばあの星を今から取りに行ったところで、燃え尽きて既にあの場所には無いかもしれないでしょ」
一つの星を差し微笑んだ
「生憎だが俺は学者じゃない。現実的な話し方すンな」
少しは情緒で可愛げのある事は言えねぇのかよ。
夢も何もあったもンじゃねぇ
「星は人と同じだよ。命の合間で輝きを放ったと思えば一瞬にして尽きるんだからね」
澄みわたった星空を眺め目を細めて笑うアンタの瞳に映る星が蒼く輝くのを眺めていた
「…なんて言えば情緒的な君は理解出来るの?」
「別に俺が情緒的な感性してるとは言ってねぇだろうが」
ただ、学者の様に全ての物事に何かしら明確な口実を附けるつもりが無いだけだ
なんで星が綺麗か
なんで海は碧いか
そんな事を知ってどうなる訳でもねぇンだし
それなら少しは情緒的に感じてもいいだろうと思う
「寒いだろ?早く帰ろうゼ」
羽織っていたコートの中に華奢な躰を引き入れると、胸板に顔を埋めて甘えた様な仕草で抱き返し
俺を見上げる瞳に無数の星が反射する。
それに吸い込まれるかの様に口付けを一つ落とした
「空にある星は届かないが、地にある星は今アンタのだ。それに願いを託したンなら空の星に現を抜かしてる暇はねぇぞ」
「…あの星は学者に計算されて造られた物だものね。情緒的じゃ無い願い事をするにはうってつけかもしれないや」
背中に回されている細く頼り無い腕に力が増す。
一瞬、泣いているのかと思い抱き締めたら、満面の笑みを向けられた
「空にある星だって願いを託しても、どうにも成らない事だって山程あるのに」
小さくついた吐息が白煙となって空に上がる
「…どうして人は星があれば、そこに願いや夢を魅るんだろうね」
儚げに微笑を浮かべながら、まるで縋る様に…何かに脅えているかの様に寄り添う
「俺たちが夢見た星を、いつか上から見てみてぇもンだな」
この瞬間が
いま地にある星の燃え尽きる寸前の灯火なら空の星より儚く脆く
人が造った星の輝は幾つもの人の涙と散った命で碧く光って見えるのかもしれない
永久に碧く…
星に夢を………
終
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