土×榎novel-SS

□さぁ、円舞曲を一緒に
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とある日の夜のこと。
いつものように丁サで一日を終えた市村は最後に食器洗を済ませ、居間へ顔を出した

「それじゃ、俺は台場に戻ります」

そこにはソファーに寛ぐ榎本が晩酌を煽っており、既に顔は仄かに朱が差している。
その隣には、平然とコーヒーを啜る土方だ

「お疲れさん」

「アレ?帰っちゃうの?気ィ付けてよぉ〜…土方くんの事は、後は総裁に任せときなさいね」

「はい。総裁も酒は、ほどほどに…」

既に少し呂律が廻らなくなっている榎本に市村は苦笑いを浮かべつつ
土方に『苦労しますね』と細やかな同情の眼を向ける

「おやすみなさい」

「おぅ」

軽い返事に市村は頭を下げて居間を後にした


「鉄くん帰っちゃったねぇ〜」

何故か楽し気に、グイグイと土方の方へ身体を寄せて凭れる。
酒のお陰で甘え方も少々乱暴だ

「酒臭ぇな。絡むな酔っ払い」

「まだ、酔っ払いじゃないよ!」

まだ、と言い張るのだからまだまだ呑む気らしい

「そーだ!ワルツって知ってる?」

「知らん」

榎本に酒が入るとロクな事にならない。
そう学習した土方は当たり障りの無いように受け流しに徹する

「舞踏会って言う宴の時に婦人と踊るんだよ。さ、立って踊ろ」

「は?」

有無を言う暇も無く、ソファーから立ち上がった榎本が土方の腕を強く引っ張りだした

突如、言い出したワルツとやらを理解する事も無く。土方は無理矢理ソファーから立たされた。
余りの事態に呆然とする土方を置き去りに、榎本は一人で浮かれている

「貴婦人をダンスに誘って口説くの」

「タンスで口説く?」

「箪笥じゃないよ、ダンスだって。はい、手を繋いで」

向き合うと半ば強引に左手どうしを重ねられ。
反対側の腕は榎本自らに掴まれて腰へ誘導される

「君の腕はずっとココに置いておいて」

「あぁ」

よく分からないが、それが注意点らしい。
もう片方の榎本の腕が己の肩へ伸びてきた

何を思って突然、言い出して巻き込まれるのだろうか。
しかし相手は酒が入っているから、何を言っても無駄である

「左足から動かしてね。廻るように移動するんだよ。」

突然、榎本が足を踏み出し。土方も吊られただけで引っ張られて付いて歩き出す。
向かい合い手を繋ぎ、榎本だけが身勝手に左右に揺れているようにも見える

この動作も意味も知らないが、榎本は上機嫌にフランス語で歌まで歌い始めた。
余りにも楽しそうに勝手に揺れているのを見て、土方は思わず笑いを吹き出してしまった

「楽しい?」

「クク…まぁな─…」

そこで幸せそうな榎本が面白いと言えば拗ねられそうだ。
余計な事は言わず、それだけ告げると榎本は気を良くしたのか嬉しそうに

また歌いながら合わせて陽気に揺られ続ける


しかし、歌を歌い終えたのか、クルクル回った所為で酒まで回ったのか

いきなりボフッと土方の胸板に顔を押し付けてきた

静かに握っていた手と腕を解き、ゆっくり背中に廻してシャツをキツく握り締める。
すると、先程の体勢から更に距離は密着し。ただ抱き合う形になった

「どうした?」

「ん。なんでもない」

まるで子供が縋るように、グリグリ顔を押し当てるだけの榎本。
それ以上、榎本は何かを話そうとせず。僅かな間、部屋は静まる

「もう、だんすは終わりか?」

そう聞くと上目で見上げた榎本の顔は、けして酔っ払いとは言い難く穏やかに笑っていた

「また、誘ったら一緒に踊ってね。舞踏会でダンスを断るのは無粋なんだよ」

「そうか。またな─…」

未だによく榎本が言う単語を理解をしたとは言えないが、榎本が言うのだからと納得した

含み笑いを漏らしながら、緩んだ口元を軽く目蓋に押し当てて。
榎本の睫が少しだけ震えながら落ちた時に、唇を静かに重ね合わせた
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