土×榎novel-SS

□Tutto a posto.
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土方は怒っていた。それはもう、ぶちギレていた。
たまたま煙草を切らして、たまたま立ち寄った店で、そこで強盗事件に巻き込まれたのは、取り敢えずまぁいいだろう。
時間の関係で多少の計画に変更があるかもしれないが、それは何とかなる。
だが、しかし、
ちらりと後ろを伺った土方の目には、(土方がやり過ぎないか)心配そうな榎本の姿。その頬に、たまたまでは簡単に片付けられない生々しい赤が、未だ固まらず流れている。
指で擦った痕に、腹の底に何か重いものが沈んでいく気がした。
無造作に床で呻く男から銃を拾い上げた土方。火薬も玉もタダでは無いのだ。
そこはちゃっかり節約させてもらい、まるでそれが道端の石か何かのように興味なさ気に弄ぶ。
そして、銃を構えたまま固まっている犯人に銃口を向けた。

「先に手を出したのはお前ェらだ。これは正当防衛だよな?」

それはどうだろう、とこれから繰り広げられるだろう未来図に榎本は疑問に思った。
多分きっと過剰防衛になるんじゃないかな、と予想しつつも、
まぁ相手は強盗犯だけども刺客や不逞浪士じゃなさそうだし。土方のことだから命に別状はないギリギリを狙うのだろうと、心配することを放棄する。
そこら辺に関する土方の正に鬼のような狡猾さと冷静さには舌を巻く。
偶然にも哀れに鬼の副長を相手にしてしまった今にもチビりそうな男達に、土方の唇がそれはもう残酷に、ニィと吊り上がった。
方々で慈母だとか丸くなったと言われる鬼副長だが、ここに島田や古参の新選組隊士の一人でも居ればその土方の顔には懐かしみを感じるのだろう。
土方の背後に立つ榎本からはもちろんそれは見えなかったが、肌をチリチリと焼く空気に決着の時が近いと悟る。
さて何分だろう、と榎本がカウントを始めた瞬間。
ガウン、と乾いた音が響き―――カアン!と、聞こえない筈のゴングが鳴った。







そしてカンカンカンと戦闘終了のゴングが叩かれたのは、榎本の体内時計で1分を数えた時だ。

土方が発砲したのは始めの一発で、それに男達が一斉に怯んだ時既に土方は拳銃を投げ捨て腰元の刀を抜いていた。そこからは、もう目にも止まらぬ間に男達は地に伏したのだった。
呼吸一つ乱さずに結局4人の犯人を沈めた土方は、僅かに乱れた前髪をすと掻き上げる。

「峰打ちだ」

そう言い放ちながら綺麗な弧を描き刀を納める。演技がかった仕種が様になるのは、役者のような赴きと、一種の才能だろう。

「すごーい、惚れ直した」

ぱちぱちと送った拍手に、土方の目がギロリと光る。
突き付けられた拳銃よりよほど恐ろしいそれに榎本は大人しく両手で降参の意を示した。触らぬ神に祟りなし、不機嫌継続中な土方にはこれ以上触れないが吉だろう。
倒れた犯人の一人を爪先で軽く突くと小さく呻き声はしたが、体は動かなかった。まだ意識はあるが反応をする余力はない…と言ったところだろうか。
まだ土方から沈められたばかりなので、ダメージも引ききれてはいないのだろう。しばらく反撃など出来はしないだろうが一応その手から銃と刀を抜き取った。
土方はと言うと、もう一仕事終えた気で悠々と煙草に火を点け、一服している。

「これどうする?」

「とりあえず縛っとけ。後は台場に報せ届けろ」

「じゃあ、縄あるかな?」

強盗におののいていた上に、目の前で繰り広げられた土方の大立回りで、未だ店の隅で座り込み言葉を無くして涙目で怯えきった人質の中の女性店員に、榎本は穏やかに笑ってハンカチを差し出しながら聞いた。
女性店員がそのハンカチを取って頷くと榎本は手を差し伸べて立ち上がらせる。
その横から男性店員の一人が弁天台場へ通達に店を飛び出して行った。
そしてもう心配ないと人質に(主に女性に)言い聞かせている榎本を、胡散臭そうに土方は見つめた。
ただその頭ではあと2発、と足元に転がる拳銃の残りの弾数を計算している。
土方の目つきの意味するところを正確に悟った榎本は、心外とばかりに大袈裟な位に両手と首を振った。

「何か勘違いしてる?泣いてる女性を気遣うのは当然でしょうが。あ、君は女性を泣かせても気遣うことは無いんだっけ?」

「テメェ…。後で休日手当てはたっぷり払ってもらうから覚えとけよ」

「晩飯なら奢るよ?」

「いいや、その体で朝までだな」

「すけべ…」

テンポのいい会話に緊張感はない。
ひとしきり榎本をからかって満足したらしい土方は、笑いながら店員から縄を受け取る。

「無駄口はいいから早く縛っちゃいなよ」

「へいへい、ホラそっち」

からかわれた榎本も膨れながら土方から縄を受け取ろうとして掌を伸ばし―――反対的に手が止まった。
訝しく思う間もなくピリッとした空気が首筋をなぞるが、土方が反応する前に、
その体は腕を捕まれ榎本のほうへ引っぱられる。
そして次の瞬間、すぐ後ろでどこか身に馴染んだ鋭い銃声が響いた。

「君が、無駄口を叩くから反撃してきたじゃん」

榎本は自分の腰元から抜いた拳銃を構え、その銃口から紫煙を一筋昇らせている。
上手く弾き飛ばされた銃はカラカラと虚しく床の上を滑り、やがて壁にカツンと音を立てて止まる。
痛みが若干和らいだ今のうちにと、痛め付けられたお返しとばかりに形勢逆転を目論んでいた犯人は、
もはや青を通り越して白くなっている。銃に向けて伸ばした腕を引っ込めることも出来ずに固まっていた。

「まったく、諦めが悪いんだから。油断ならないね」

そうは言いながらも、言葉とは裏腹に榎本は楽しげで、銃の小さな口から流れる煙をふっと吹く仕種は演技がかり過ぎていてコメディだ。
悪びれない榎本に、土方は呆れたように深いため息をつくだけだった。


「な、何者なんだテメーらは!?」

「あ?…善良な、通りすがりの、役人…?」

「ざけんな!なんで疑問系!?」

「うるせーよ、威勢だけはやけに良い奴等だな」

さっきまではあまりの恐怖に怯えていた人達は今度はぽかんと口を開けて呆気に取られるあまりに言葉を失っていた。
次第に意識を取り戻してきた犯人達は縛りあげられて死屍累々と積まれたその上に、どかり腰を下ろし腕と脚まで組む土方。その様は漫画かコントに変わっている。
男の顔を赤くしての必死な抗議もあっさり流され、おまけにぐっとわざと体重をかけられ声を詰まらせる。
それより下にいる男達からは蛙が潰されたような呻き声が漏れた。
1番可哀相なのは1番先に倒され1番下に敷かれた奴だろう。何しろ仲間と土方の体重がかかっている。現に、1番下の犯人はもう身動きしていない。
余計な怪我しなければいいけど、と榎本は少し心配になった。
もちろんその心配の対象は、ほぼ無傷で捕らえたのにここで何かあれば後味悪く思うはずの土方であって、犯人ではないのだが。
榎本の心配をよそに、土方は犯人たちを冷たい目で見下ろし、ふんと鼻を鳴らした。

「浪人ってわけじゃなさそうだな。漁師か」

「…………」

「どーでもいいが…テメェらが下らねぇ事しやがるから非番は潰れるわ、最終的にアイツが俺を庇ってんじゃねーか」

「いや、庇ったって言う程じゃないし」

「オメェは黙ってろ」

「はぁーい…」

ギロリと睨まれ榎本はあっさり白旗を挙げる。
一件落着したのにまだまだ土方の機嫌は直りそうもない。

「仲間の船が港でお前らのことを待ってんだろうが、そっちも今頃はバレてるだろうさ」

あから様に男達がギクリと反応を示した。
榎本が予測してたのと土方も同じ推測をしたのだろう。正に図星らしい。そして通達を頼む時にその指示も土方は既に伝えたようだ。いつもながら新選組の抜群な機動力が頷ける。
台場とここは目と鼻の先だからもう間もなくこの可哀相な犯人たちも捕まるだろう。
なんか、自業自得としか言いようがないが、よりにもよって自分達のいるタイミングで押し入ったのが運の尽きだった男達。
よくよく見ると年は若そうだから突発的か、いわゆる初犯なのだろう。余りにも無謀でお粗末な犯行結果。
デートを潰された腹いせに2人がブリザード混じりの視線を投げかける。

「三流だな。在り来たりな手口で隙だらけだ」

「詰所でしっかり反省しなよ。慈悲ってものもあるんだから」

犯罪者にオリジナリティを求めるのも、一般の(?)強盗犯の手口と、死に物狂いな不逞浪士達の犯行手口を比較するのも色々間違っているが、
そんなことを気にするマトモな感覚など当然土方にも榎本にも備わっていない。
けっ、とやさぐれモードな土方が、見る者を凍えさせる目で男達を見下ろす

「まぁ、そうだな。今回は偶然に居合わせたのが俺達だった事に同情して、命だけは取らねぇさ」

「君、それじゃまるでこっちが悪役みたいだって」

失敬な、と土方は思ったがあながち否定が出来ずにいるところ、
漸く、店に新選組の面々が飛び込んで来て真っ先に、
案の定中の光景と言うか、土方と榎本の顔を見て顎が床に付きそうなくらい口をあんぐりとさせた。

「あらら、ご両人…」

「到着が遅ぇぞ中島」

「スミマセン。今日は詰所が少々手薄なんで。これから今夜は先生方は街にお泊まりで?それなら、こっちとしては助かるんですが」

「まぁそのつもりだけど」

「おや、総裁、お怪我されましたか」

中島がそう言って、土方にこっぴどく伸されてる男達の有り様に苦笑し。命を(辛うじて)取り留めているのを奇跡だとこっそり驚いた。
中島登はさすが、通達の『滅法強い役者のような男が2人で強盗犯を捕まえた』と言うので政府関係者であると感付いて、更に
土方が非番だと言うのは島田によって情報を得ていて、もしや、と考えたのだ。
そしてやはりな光景を見て思うのだ、なんつー不運な強盗もいたモノだ。と。





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