土×榎novel-SS

□涙は口ほどに物を言う
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眩しい朝日が顔を直撃している。腕を上げてガードして、それでも避け切れなくて布団を頭から被った。
暖かい暗闇が訪れる。ああ、ほっとする。あったかい。春が近いんだ…。
こんな虚ろな気分でなけりゃ気持ちいい朝だろうに。
ぐずぐずと寝返りをうっていると、ドアがトバン!と開いた。

「コラァいつまで寝とンだ釜次郎ォ!さっさと起きて軍資金稼いで来ぃや!」

「……圭介、うるさい」

ぼそっと答えたら、丸めた背中に激痛が走った。蹴られた。じぶん総裁なのに蹴られた。
息が止まる。ああもう死ぬ。まあいいか、これも運命。いま私が死んだと聞いたら、あのクソッタレも少しは悲しんで困って後悔するかな。ざまーみろ。

「死んだフリしてないで出て来いっちゅーに!タロさんがもう仕度出来たってっ!!」

「……」

黙っていたらまた蹴られた。総裁なのに。総裁なのに二度も足蹴にされた。
死ねない。全然死ねない。心はこんなにどんより重たいのに、心臓は元気にトクトク動いてるし、コノヤロウは布団を引っぺがすし。
身体を起こしてみたら腹がグウと鳴った。空気読んでよ私の腹。

圭介に喚かれどやされながら仕度しつつ、サンドイッチを適当に口に放り込み。
タロさんと一緒に数人引き連れ馬車で奉行所を出た。今日は港で面会があるから。

ちゃんと知ってるよ。
私が元気ないもんだから、圭介なりに気を遣っていつもより派手に叱咤してくるんだってことはさ。
そんでタロさんは、何も知らないし気付いてませんよ、みたいにいつも通り普通に接してくれた。
だから自分も仕事は真面目にした。いつも通りやれる事はやれるだけやった。

全部一段落したのは昼過ぎ。タロさんに庁舎は任せて、自分は街に残った。
浜辺でぼけっと青い空と海とゆったり流れる白い雲を眺めてみたり、
フラッと開いてる酒屋に入って少し呑んでみたりしたけど、心は浮き立たない。
美味しいはずの冷酒が美味くないなぁと感じたとき、自分はしぶしぶ認めた。
どうやら、彼とちょっとした喧嘩をしただけで、
こんなにも落ち込んでしまうほど、自分は弱いらしい。




どうってことない、いつもの口喧嘩のはずだった。

彼はまるで額縁を指で撫でてネチネチ嫌味を言う姑のように細かく、嫉妬深くて、束縛が異常だった。
まず、一緒に面会に行ったら、終った後に怒られた。
その時、相手に対してスキンシップが過剰だったとか言ってきたから、そんなこと無いよと笑うとむくれた。
日本語じゃない相手との会話の一言一句全て何をそんなに楽し気に話してたのかと知りたがる。
そればかりか、お前はもう少し危機感を持てと説教までする。
別に、彼を蔑ろにしているつもりはないし、彼の目を盗んで遊んでやるなんて思ってもいない。
普通の人付き合いをしてるだけで、いちいち彼に報告する必要はないと思うから言わないだけ。
束縛は自分を気にかけてくれてるなって実感するから、そりゃ悪い気はしない。
しないけれど度が過ぎると、私は信用されてないの?君以外に興味ありそうに見える?って、虚しくなる。
だいたい大人どうしじゃん。彼だって、これまでにも仕事や付き合いで綺麗な女の子がいる店にも行けば、
誰も知らないところで人には言えない仕事をしてたんじゃないの?そーいうの、分かってよ。
と、いくら言っても、彼は分かってくれない。それとこれとは別だと言う。
なにそれ。まるっきりごねる子供じゃん。
そして、流石の私もそれを、ハイハイまったく嫉妬深いんだからー、と喜んだり、あしらったりし切れない時もあるわけで。
うるさいなー誰とどこで何しようが私の勝手じゃん、と言ったら更に逆上され。
そうかならもう知らねぇ勝手にしろじゃあな、と冷めた目をして眉間にシワ寄せて、
まるで庁舎中に聞かせるようにバーンっ!と扉を閉めて部屋を出て、廊下にドカドカ足音を鳴らして行った。
それでその時に庁舎の中に居た誰もがやっぱりその音を聞いてたようで。
直後に青ざめた圭介が部屋に飛び込んで来て、またか!と怒鳴った。

それが一週間くらい前の夜のこと。
直ぐさま後悔して会いにくるなりするに決まってる。わーって威勢よく喧嘩して、その勢いで元に戻るんだから。
と言う自分の高をくくった予想は今のところ外れて、顔も合わせていない。
まぁ、会議も無いし。それぞれ外出が重なってるのも手伝っているけど。

あの強情っ張りめ。ホントに頑固なんだから。
さては、いっつも最終的には私にやり込められてるから、変に意地になってんのかな、あのヘタレめ。
なんて余裕こいてられたのは最初の三日までだった。
四日目は部屋の中をうろうろして、五日目は一日中扉を睨んでた。六日目は圭介に八つ当たりして、七日目はとうとう、ちょっと散歩中って顔で庁舎内を彷徨いてみた。そして、今日。

アレもう一週間?あーあ、ヘタレのくせになに頑張っちゃってるのかな。
ベットの中じゃ、こっちが大人になって色々譲ってあげてるだけで、彼ヘタレだからね。ホントに。
クール気取ってるけども、ちょっと冷たくしたら耳の垂れた犬みたいになっちゃうんだからね。

「…って、何してんだろ」

気づけばバーの一階にあるテラスでベンチに座って、足元の野良猫に向かって話かけていた。
愚痴が終わったと判断したのか、細身で茶色い猫は、まるで小馬鹿にしたように欠伸をし。
にゃおんと一声鳴いて。柵の隙間をくぐり抜け、通りをスタスタ去っていった。
なんとはなしに猫の行方を見ていたら、猫とすれ違うようにして、
雪で濡れて黒く光る革靴と、その上に伸びる黒い脚が、二本。

「……あ、」

「……」

テラスの柵の奥に立つ黒い影は、こっちに気づいて足を止めた。
かっちりした軍服の上に袖を通さず肩に羽織っただけのコート。
周りにいっぱい取り巻きを引き連れ。その真ん中で堂々としてる彼の口元で、見慣れた咥え煙草がもくもくと煙っていた。
ひじ、と呼ぼうとした。
だけど煙の向こうで、視線はすっと逸らされた。

…え?


ぉ、お前ぇ…また真っ昼間から呑み屋かよまったく。護衛はどうした。刀も振れねぇ奴が、ずいぶんな度胸じゃねぇかコラ。
そんな、嫌味とも気遣いともつかない事を時々しどろもどろになりながら言って、
目の奥では全力で心配だって訴えてくるんじゃないの?いつもそうじゃん。
下手くそに喧嘩売ってきて、頬とか耳たぶとか不器用に少しだけ赤くするの知ってるし。
後で部屋に行く、みたいなアイコンタクト送ってくるの気付いてるし。
それなのに、バカでヘタレなクレイジー土方くんは、
ひん曲げた唇に煙草を挟んだまま不機嫌さを隠そうともせずに視界を横切って、
雪遊びに熱心なワーワー騒ぐ道の子供たちを避け。そのまま振り向きもしないで歩いて行った。

それから、しばらくベンチの上で呆然としていた。
雪面に伸びる影が、正面からだいぶ右にずれるくらいの時間は、呆然としてた。


「…あー、そっ、か。あーびっくりした…」

我ながら、腹の力が抜けたヘロヘロした笑い声がたくさん出た。
機械仕掛けの人形みたいに立ち上がり、へー、あっそう、へー、とかなんとか、ぶつぶつへらへら呟きながら庁舎へ帰り。
大塚くんが声をかけて来たけど、全部聞き流しながら寝室に入り、布団を頭までかぶって、寝た。










「おいっ、起きろって!」

うるさいなぁ。ここ総裁室だよね。どいつもこいつも勝手に入って来やがって。
規律ってモノは無いのかな。もう条令とか造った方がいいかなコレ。うんそうだ。そうしよう。
例え総裁が中に居ても許可しなかった場合入室禁止とか、扉は静かに閉めるとか、廊下は静かに歩くとか、…アレ、これって常識じゃないの?
まぁいいや、それで誰かさんがどんなにキレて暴れても無視してやるんだから。
何かそれなら静かに読書とかも出来そうだもん。いいかもしれない。うん。

「榎本さん、…なぁ」

揺らさないでよ。ほんとは煙草の匂いとか大っ嫌いなんだからね。今まで我慢してやってたんだからね。
それに下戸のクセに沢庵とかツマミばっかり食べるし、コーヒーより日本茶派だし、パンよりご飯派だし、
あ、考えてみりゃ自分たち気が合わないじゃん。清々する。よかったよかった。

「聞けよ、悪かった、実はあの時、」

ふわぁとあくびをしたら涙が出た。んーと唸りながら伸びをしたらヘタレヤローはウッと言って黙った。
あ、拳が顎に入った?君の声なんかもう忘れちゃって刺客か何かと思った。ごめんごめん。

彼は顎を抑えて恨めしげにこっちを見たけど、突然、
暗い部屋の中でも分かるくらい、かっと眼を見開いた


「ぁ、アンタ、泣いてんの…か…?」

はぁ?そんなわけないじゃん。欠伸が出ただけだし。
……ん?なんか、随分ぽろぽろこぼれて来る。
なんか睫毛が重たい。瞬きしたら、またコロリと涙の粒が転げ落ちた。なにこれ

いきなりぎゅうと抱き付かれ、顔が煙草臭いシャツに埋まって、ぼんやり見上げた。
苦しいくらい体を締め付けてくる大きい手。煙草の匂い。ああ痛い。痛いってば、馬鹿力め。手加減してよ

「あの時アンタの顔をよく知らねぇ組下のもんまで居て、気付いたの俺だけで。巡回中だったし、下手に声掛けちゃマズイと思って、つい知らん顔した。昨日まで仕事も立て込んでたし、あーもう、ほんとに俺が悪かったから、泣くなって、頼む、」

いつものしどろもどろな言い訳を聞きながら、つい、ふやけたように笑ってしまった。
うん、やっぱりヘタレな彼が、あの状況で声をかけて来るはず無いのは、声をかけて来られないのは、分かってた。
だからいつもは自分から行ってるだけの話しで、それを昨日は行かなかっただけの話しで、すると彼は本当に黙ったまま行っちゃって。
分かってたのに、自分は今鼻をズッと啜って、あーあ馬鹿みたい。と思ったけど、彼の手がおろおろと顔を拭ってくれて、キスして、
もうぜんぶいいや、と思い直した。





そのあと、圭介の説教を珍しく黙って聞いてる彼を肴に飲んだ冷酒は、爽快なほど旨かった。
肴の沢庵はやっぱり全て彼に食べられて、よく平気で漬物ばっかり食べれるね。って言ったら彼は、
俺しょっぱい物が好きだからアンタの涙に弱いのか、
なんてこの上なく恥ずかしいセリフを平然と口にしたもんだから、一発怒鳴っておいた。












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