土×榎novel-SS

□そ〜さいにそ〜だんだ♪
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今夜の分の沢庵を切らした

こうした事態には、土方の命により市村が使いに出される。
沢庵にそれはもう拘りがあって、奉行所で出されている物はどうもお気に召さないらしい土方は、
この蝦夷でもいつの間にか好みの味を探しだし。今では街のとある店の物を贔屓にしている。
いやなんかもう大根の漬物なら何でもよくね?(本人の前では絶対言えないが)と文句を項垂れつつ、市村はその日も例外なく買い出しに繰り出した。
二本分の沢庵の袋を片手で纏めて持ちながら、他に何か目ぼしい物はないかと街を物色する。
そんな市村が目にしたものは――





「先生って、きの〇の山とたけ〇この里、どっちが好きなんだろうな?」

お使いから帰ってきた市村の手には、買い物袋。
その袋の中身は土方ご所望の品の沢庵二本と、そして某有名なお菓子が二つ。
茸の形をしたビスケット菓子と、筍の形をしたクッキー菓子であった。
市村は奉行所に帰還するなり、廊下でバッタリ出くわした田村と玉置と、井戸端で歓談に花を咲かせた。
この3人寄れば自然と話も弾む。下らない雑用を言いつけられた愚痴から始まり、日々の処遇への愚痴へと繋がっていく。
そこである程度不満を零したところで、お菓子の存在に田村から「何だそれ」と首を傾げられ、市村は購入に至った経緯を語った。

市村はこの某お菓子がたまたま目に付き、うっかり気になってしまったのだ。
値段も手頃で丁度お釣りで買えたものだから、取り敢えず両方を手に取る事にしたが、この某お菓子は割合、派閥化している。
勿論両方を支持する者も多いだろうが。茸派か、筍派か、対立軸が生じている節がある。
ならば、土方もこの派閥の一員である可能性が高い。
だからこそ、土方の嗜好が分からない故に、両方を買ってきたとも言える。
田村は井戸の縁に座り浮く足をパタパタさせながら曇空を仰ぎ、切り出した。

「さあなぁ…菓子とか好きじゃねぇんじゃねーの?」

「いや、一応食べる事は食べるじゃん。玉が一緒の時とかさ。前に、鳥奉行からばーむくーへん貰ったとき」

「ああ、半分残しちゃって。食べ掛けだし、あげないって言ったのに勿体無いからって…」

「はぁ!?俺それ知らねぇんだけど!なんで2人だけ?!それいつだよ?!」

「先週。お前は春日さんと出掛けてただろ。帰ってくるのも遅かったし」

「あ、あの時か。聞いてくれよ〜、あの日さ、まぁた渋沢隊と彰義隊に春日先生が首を突っ込んだってか、巻き込まれたってゆーか。春日先生までブチ切れて、大騒ぎになったんだよ」

小彰義隊(渋沢隊)と彰義隊は顔を合わせては揉めている。そりゃもうその諍いで怪我人が出るほどまでに歪み合っているのだ。
特に彰義隊の寺沢新太郎など小彰義隊の渋沢成一郎を本気で殺す勢いで襲うほどその確執は深かった。
いや、寺沢は実際に渋沢を抹殺せしめんとした事も、事実だ。
そんなこの国でも指折りの荒くれ猛者達の私闘も怖いが、キレた春日の怖さを兄貴分である野村との対峙で目撃している少年達。
もう茸か筍かなんて言う食物繊維同士の争いより遥かに物騒な田村のその発言により、阿鼻叫喚たる光景を想像したらしく市村が肩をブルッと震わせ顔色を青ざめさせる。

「ぃ、今は土方先生の話しでしょ?どーするのソレ」

その隣で玉置は慌てて話題を戻すべく、声のトーンを1つ上げて言った。
田村は相変わらず浮かせた足をプラプラ遊ばせながら今度は小さく欠伸を溢す。早くも若干厭きてきたようだ。

「じゃあ、もうどっちでもよくね?」

「いやいやいや、それで俺がきのこを差し出したとしてだ。先生がたけのこ派だった場合、また理不尽な御叱りを受けるかも知んないだろ?」

「じゃあ両方出せばいいんじゃねーの?」

「いやいやいや、考えてみ?それで、先生がどちらか一徹の考えをしてた場合、俺はどっちつかずの蝙蝠野郎としてお仕置きと名目で根性叩き直されそうじゃん」

まあなァ、と一度は納得しそうになった田村であったが、そこで玉置から的確な突っ込みが飛ばされた。

「それならどっちも出さなきゃいいじゃん。沢庵以外は頼まれたわけじゃないんだし」

「!」

その通りだ。
たまたま見付けてしまい、気になったし安売りしていたからと、つい土方に購入してしまっていた市村。
しかも善意で危ない橋を渡ろうとしていたのだ。
なんかもう雷に打たれたような衝撃だ。目から鱗だ。
そうだ。そうなのだ。なにも自ら危険を冒す必要などない。それに気付いた玉置さまさまである。


「そ」

「アレ。何してんの」

それもそうだ。
そう同意を示そうとした寸前、予想だにしなかった第三者の声が割り込み。思わずびくりと肩が竦む。
この場面、勿論ながら危惧すべきは土方の登場だ。
だが声質は土方の厳粛な低音とはまるで違い。
彼があの鬼の副長ではないと、確認するまでもない。この声もまた、毎日のように耳朶に触れているのだ。
顔を窺う前に判別はついている。

「そ、総裁…びっくりさせないでくださいよぉ」

市村が振り向きざまに職名を呼ぶと、その声の主総裁榎本は挨拶代わりに片手を掲げてみせた。
突然の出現に驚きはしたものの、VIPの登場に恐縮しないのがこの少年達であり。それを気にもしないのが榎本である。

「何?そんな所で集まって何の相談?また何かの悪戯でも計画?」

「いや、しませんよ」

こうして榎本の出現により、なんやかんやで茸と筍の議論に更に拍車が掛かった。
3人は今し方来たばかりの榎本に、話の種であった議題を掻い摘んで簡潔に伝え、土方の好みに頭を捻った

「ところで、きのこ〇山とたけのこ〇里ってどっちが人気あるんだろ?」

玉置が突如として、口火を切ったこの疑問。
その答えが分かれば少しは土方の嗜好にも予測が立つ。市村は新たな議題に一早く食いついた。
つい先程もう両方取り止めればいいと結論が出たばかりだと言うのにだ。
一を聞いて十を知るならぬ、一を聞いて一を忘れる、だ。

「難しいなぁ。確かきのこ〇山のほうが古いんだっけ?総裁はどう思います?」

「人気が有るのは、たけのこのほうだよ」

「「「えええっ!?」」」

結果、あっさりとその疑点は解決した。思わぬ伏兵がいた気分だ。
五ヵ国語網羅する歩く翻訳機で情報通の榎本は、悠然たる態度で更にポイントとなる情報を一つ提供する。

「内容量は若干きのこの方が多いんだけどね。たけのこの方が売れ行き良いのは本社で裏が取れているから間違いないよ。ついでに、米国の通販サイトではきのこの方が人気みたい」

すっぱりと言い切る榎本に3人は両方のお菓子のパッケージを矯めつ眇めつ見比べるが、確かに茸の量が多い事実を知る。
この思わぬ伏兵のおかげで暗澹としていた茸筍の道に活路が開けそうだ。
そして市村は見いだした明るい未来に意気揚々と一番の要であった例の議題をつきつけた。

「あ、あの!総裁ってもしかして、土方先生がきのこ派かたけのこ派かご存知だったりしませんか!?」

その返答も、即答で。

「きのこじゃないの?」

市村はこの日初めて榎本を尊敬した。
いつも総裁は何をしてるのか難しくて分からないし。市村が見る限りの榎本と言えば土方にベタベタ引っ付いて酒を呑んでいるくらいだったから。
榎本が討論に参入した事により、一気に土方攻略までたどり着いたのだ。
知らず榎本を見る眼差しに憧憬の色が宿る。
そんな市村を尻目に、田村が確認として榎本に向き合った。

「それは確かな情報なんですか?」

「んー?ただ、きのこの方かな?って思って」

「って!結局は知らないんですか!?」

不確定な内容に、一転して市村の肩が落ちる。

だがしかし!
彰義隊やらなにやら日の本で指折りのトラブルメーカーを抱える長たるトラブルメーカー榎本であった。
彼は、まだ青年と呼ぶにしても余る思春期の少年3人にとって今後忘れがたい、
…いや、寧ろ忘れてしまいたい程の爆弾発言をしれっと投下したのである。






「だって彼、私のきのこ大好きだからさ…」


「「「……え゛…」」」












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はい、スミマセン。もう額を床に擦り付けてのスミマセンです。
たまに(一年にあるか無いかのスパンで)物凄く食べたくなってどっち買おうか迷いますアレ。
でも自分は気分によるけど大抵は筍ですかね?




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