土×榎novel-SS

□Secouer ses puces.
1ページ/1ページ


長椅子に座る俺の胴に腕を絡めてべったり離れない真横の榎本さんは、さっきから一言も喋らない。
ただ横から俺の肩に軽く頭突きをかましている。まぁ言うほど痛くはない。
他人が見ればじゃれているだけのイタい光景だろうが、違う。そうじゃない。
本人は言わないが、たぶん何か落ち込む事でもあったんだろう。
仕事中の部屋にいきなり入ってきて、ふて腐れたようにモノも言わず長椅子の横に寝転がり。
しばらくして寝返りを打って近づいてきて、もぞもぞ触ってきた。
それ以上何をするでもなく頭突きばかりしているのだ

午後四時。ここ数日でずいぶん暖かみを含み柔らかくなった日差しが窓ガラスを通すことで更に暖かくなる。
その中で、静かな部屋に俺が使う筆の音だけがさらさらと響く。
確か同じことが前にも一度あった。
何かと聞いても下世話な禅問答みたいになるだけだとその時に学んだ俺は、今日はただ好きにさせている。


不意にその人が声を出した


「うん」

何がうんなのか、それきりまた黙り、だが、やがて、くすっと小さく笑った。
俺もつられて口元を緩め、手を休めて煙草に火をつけた。
空いた片手で頭を撫でると、頭突きをやめて体を擦り寄せ、ため息をついた。
なんだか、言葉など要らないような錯覚をも抱かせ、俺を少し甘い気持ちにさせた。
煙草をぎりぎりまで灰にして、なかなかしぶとい書類仕事を再開する。
日差しは斜めに傾いて薄れていき、気がつくと榎本さんは眠ってしまっていた。
猫のように、小さく踞り俺に巻き付いてすうすう寝息を立てている。
手探りで、細い髪に指を入れると、ふう、と満足げな吐息が聞こえた。

この人の生き方や考え方に口出ししようなんて烏滸がましい事は微塵も考えちゃいないし、自分の生き方に口出しされるのもまっぴら御免だ。
だがしかし、ただ今はもう少しだけ、この眠りを守りたいと思う。

それくらいは、いいだろう…?








●●

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ