土×榎novel-SS
□愛は災いの元
1ページ/1ページ
本日は、軽く感激しそうな程に気温が高く陽が射していた。しかも、朝からほぼ雪雲も無く鮮やかなスカイブルーが大空一面に広がっている。
こんな事は本当に久々だ。屋敷丁サから空を見上げる市村は、何かいいことでも起こるのではないか。と、
さして根拠もない予感を感じつつ、この絶好の機会に普段では出来ない事をやってみようと試みていた。
洗濯だ。
ベットのシーツを洗うぞ!
と市村は人知れず握り拳を構えた。
ここ蝦夷の真冬で洗濯物の外干しをしようものなら、一刻も経てば釘が打ててしまいそうなほど服がカッチカチに氷ってしまう訳で、衣類やシーツはいつも暖房が利いている室内干しだ。
土方の衣類はおおかた既に回収、洗濯済みで居間の窓辺にて洗濯竿に全て吊るしてある。いつもならあとは午後になったら適当に取り込めばいいだけだが、
この日だけは、だいぶ雪も形を潜めてきた所為か気温も上々で、なんと言っても今日は素晴らしい洗濯日和。このチャンスを逃す手はない。コレなら少し大きくても薄いシーツなら外干し可能と判断した。
やっぱり太陽の恵みを沢山頂いた後の暖かい布団で寝るのは最高に気持ちがいいだろう。それに土方が普段から必要以上に溜め込んでいそうな疲れも吹っ飛んでしまうかもしれない。
市村が中庭に洗濯竿を用意していると、室内から声を掛けられた。それは、この屋敷の家主(仮)では無くて
「おはようございます総裁」
「うん、朝から働くね」
ふぁ、と小さく欠伸をして現れたのは、本日が非番の土方に合わせ泊まりに来ている榎本。9を指す時計を見て寝坊しちゃったと嘆いている。
しかし、こんな事は良いのかどうか分からないが日常的になりつつあるので市村はもう決まりきって、室内の榎本へ先に顔を洗って来るよう促し。
洗濯竿の準備を終え、中に戻ってコーヒーの支度を整えた頃合いに、榎本が居間へ戻って来た。
テーブルの上にカップを置くと、その席に座り。一口含む榎本は、美味しいよ。と市村に言って誉めるのもお決まりだ。
「随分と天気良いね」
「はい!だから今日は気合い入れて洗濯しますよっ。今からシーツも洗っちゃおうかと」
「へぇー・・・・」
シーツ?と鸚鵡返しをした榎本が若干顔を引き攣らせた。
「今日は外で干します!」
ガチャン!と、派手な茶器の音がした。その音の発信源を見ると榎本が固まっている。カップを置いた卓上に少しコーヒーが溢れている始末だ。
ヤル気に満ちて言った市村と、何気なく会話していた榎本だったが、どうした事かと市村は首を傾げ榎本を見た。
「総裁…?」
「いや、何でも無いよ…。ごめん、少し手が滑って」
市村が布巾で卓上を拭いていると榎本は何故か歯切れ悪く、あのさ、と切り出す
「シーツって、寝室の?」
「他に何処があるんですか。俺のはもう出したので、今から先生の取って来ようと思ってたんですよ」
総裁が起きたからもういいですよね。と市村が言った途端、榎本の顔からサッと血の気が失せる。
「待って、土方くんがまだ寝てるよ?」
「まぁ起こさなきゃいつまでも寝てますからね。でも、せっかくの晴れだし暖かい間にやらないと!」
「そうだけどっ、休みの日くらいはもう少しさ…」
顔色を悪くさせた榎本は、どことなくソワソワしながら寝室へ向かう市村の後を付いて来た。
そして部屋の前に立った所で、突如バッと両手を伸ばし扉と市村の間に立ちはだかった。
「ダメ!」
「え?…何でですか?」
土方の小姓である市村だから勿論、洗濯は仕事だ。
それをなぜ榎本に止められるのか困惑するのは当然で、自棄に必死な形相の榎本も理解が出来ない。
なのに問えば榎本は瞳を伏せて、ううー…と口籠る。
「せめて昼までは休ませてあげよ」
「なに言ってんですか、早くしないと気温が下がっちゃいますから」
「じゃあ、別な日に…」
「またいつこんな天気良くなるか分からないじゃないですか。ホラ、総裁は居間でゆっくりしてて」
「でもダメだってっ!」
「先生が起きたら留守は俺に任せて、一緒に街にでも出掛けてくればいいじゃないですか」
「あぁあコラッ!」
そう言いながら飛んできた榎本の手を強引に押し避け市村は寝室の扉を開いた。
中では窓際のベットに未だ爆睡中の土方が丸くなっていて盛り上がっている。
いつもは僅かな物音で飛び起きる事さえある男の筈が
部屋の扉の前でアレだけ話をしていたのに目を醒ましていないのは、本日は非番だと完全に気を緩めている所為か、ダメダメ!と喚きながら市村を引っ張る人が居るから安心仕切っているのか定かでは無いが、
仕方無いと市村が布団へ手を伸ばそうとすると、それを止めるべく榎本が全力で腕にしがみ付いてきた。
「イヤーっ!」
「ちょ、ちょっと、総裁!退けて下さいよ!」
「い、や、だっ!ダメ!!ヤメテっ!!」
榎本は下手すれば市村より腕力に自信無さそうだが、ここぞとばかりに強靭な力で立ち向かってきた。
そして2人で大声を出しながら押し問答しているのに、真横の土方が一向に目を醒まさないのは寧ろ奇跡だ
それにしてもずいぶん激しく抵抗するものだ。たかがシーツを洗われる事がそんなにも嫌なのだろうか。
もしかして、何かそれなりの理由でもあると言うのか。
市村が一旦動きを止めると榎本も一旦動きを止めた
「何ですかまったく…」
「……?」
「…おねしょ……?」
「はぁっ!?んなワケあるか!!!」
激しく怒鳴られた。
こんなにも声を張上げようがやっぱりグーグー寝ている土方と違って榎本の寝起きは良いらしい。既に元気溌剌としている。
市村はさすがにそれは無いかと思いつつ、だとしたら一体なんなのだろう。こんなにも拒む理由が一向に分からない
「だったらいいじゃないですか」
「うっ、だ、ダメ!」
頑なな態度は変わらない。こうなったら実力行使しか無いだろう。
誰に似たんだか市村の気はあまり長くはなかった。
「…あ、先生おはようございます」
「え、起きた?」
と、言われた榎本はなんの疑いもせず後ろへ振り向いた瞬間、榎本の腕を振り払い。ガシッとベットへ飛び付きシーツを掴んだ市村。
「って、あっ、ちょっ!」
間抜けた横の声を無視し、思いっきり腕を引きまるでテーブルクロス引きさながら一瞬でシーツを引き剥がすと素早く布を自分の元へ手繰り寄せた。
その反動で上に乗っかる塊はゴロンと転がった。
「あああーーっ!!」
「ふー、無事確保〜っ!」
呆れるくらいなんとも原始的な罠に引っかかった榎本だったが。
頭は篦棒に良いクセにそんな少し抜けた所が、動かしてもなお覚醒する気配を見せない土方も誰もが憎めないのだろうなと市村は密かに思っているのだった。
「もー、なにをそんなに嫌がってんですか?シーツが真っ白のピカピカになるんだから、こんないいことはな、い、で……しょ…?」
しかし、シーツを触った瞬間に何か違和感を覚えて言葉を止めてしまった。
手が触れている部分がなんだか冷たい。
というか…少し、濡れてる??
…まさか、本当におねしょ・・・?と慌ててシーツを広げてみれば、そこにあったのは当然ながらおねしょのような地図ではなく、
ちょっと白っぽくて、何かぬるぬるしているものが、点々と………?
あ、と顔をあげれば、榎本は首から上を真っ赤に沸騰させて目を大きく見開いたまま、絶句している。
そして、只今の衝撃が少しは効いたのか、ん゙ーっと一つ唸った土方が寝返り。
乱れた布団から体が出てしまい。見れば、その上半身は何も着ていないようだ
それを交互に市村は見詰め
昨夜、榎本は泊まりに来た訳だが、つい先ほど起きてくる前はココで寝ていたのだろう。だって一緒に部屋へ入って行ったのだから。
あぁ、つまりその…昨夜も、お盛んだったんですねぇ。と、いうこと。で、
だから、これを見られたくなくて嫌がってたんだ。俺も少し考えれば容易に分かったのに、洗濯ばかりに気を取られてた。
だとしたら、これは、あの…ちょっと悪いことをしたかもしれないな。と思ったが、既に時は遅く、
榎本は開いた目をじわじわと潤ませて顔をくしゃくしゃにしていく。
「う、う…っ、」
「あ、あの、その……」
「うわぁぁぁっ!ばかぁぁぁぁっ!!」
そして絶叫。あっさりと、泣き出してしまった。
「あぁぁ、ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんですけど…っ!」
「うわあぁぁーん!いつも土方くんが洗うのに、む、むり、むりやり…っ!ふぅ、うっ…!!」
「あぁぁぁ……」
まさかこんな展開になるとは予想もしていなかった。
確かに申し訳ない事をしたが、しかし、そんなモノを見せ付けられた市村も正直微妙な心境なのだ。
一応、思春期ってモノを迎えている訳で、こんなモノを目の当たりしてしまっては色んな意味で動揺は隠せないが。別にわざわざ見たいものでもないし。
すると、
「オイ。」
という音と共に榎本の背後にある寝台で何やら冷ややかな気配が現れる。物凄く嫌な予感がしたので直視したくなかったのだが、
しかし目線の先にあるものを無視することも出来ずに恐る恐る視線を合わせる。
「…あ、ぉ、おはよ…ござ、ます・・・・・」
今度こそ本当に起きた土方である。アレだけ騒いでも平然と寝てたのに、榎本が号泣した途端に覚醒するのはどうなんだ。と突っ込む余裕はこの時の市村に無い
最悪のタイミングだ、と思った。
泣きじゃくる榎本。その目の前にいる自分。これではまるで自分が泣かせたかのようではないか。
いや実際はそうであるから全身の血が一気に下へ降りた市村。
土方もそう判断したのだろう。只でさえ寝起きは最悪なのに、その顔はもう完全に鬼としか表す事が出来ない。戦闘モードの、まるで出陣を前にした最高に気合の入っている時と同様の、殺気を迸りさせている。
とってもとっても、嫌な予感が、する。
「…っ、せんせ、コレは」
「なに泣いてンだ?アンタ、昨夜から泣きっぱなしで目が溶けちまうぞ?」
さも優しい手付きで寝台に腰掛け腕を伸ばしてそっと榎本の腰を抱き寄せた。
寝起きのテンションからか、違和感が半端無い科白を平然と吐いてる土方。
市村は震えが止まらなくなった。なにより目線だけが自分に向けられているのが底無しの恐怖を与えてくる。寧ろこっちが泣きそうである。
「鉄、一体これはどういう事だ…この人が何した?」
アレだけ騒いでも普通に寝てたクセにもう戦闘体勢かよ!このバカップルが!!
つーか、アンタそれで良いのか!!
などと強気な発言が出来る筈も無く、寧ろ漲る土方の気迫と言うか殺気に押し潰されそうになりながらも必死に言い訳を探す。
「いや、あの、ですね…、違うんです。これはその、別に俺が泣かせたとかじゃなくて事故ですよ事故…、悪いのはシーツであって俺じゃありませんから本当なんですよ信じてください」
と言うか、シーツそのものが事故っているのはアンタ達の諸行じゃねぇかよ。という事も、当然ながら市村は口が裂けても言えないが
「やっぱりテメェが泣かせたンじゃねぇか?ぁあ?」
そう言って榎本を隅の方へ寄せて、覇気を全開にツカツカとこちらに向って競歩してくる。
あぁ、もうだめだ。
オレ、殺される。
「いや!待ってください!本当に、ちょ先生落ち着いて!お願いだから命だけはご勘弁を…ッ!」
一体何故こんなことに…。
驚く程天気の良い午前中、自分はシーツを洗濯しようと思っただけなのに。
土方にお日様が香るシーツで寝てもらおうと思っただけなのに。
「なのに……なんでこうなるんだあぁあぁぁあ!!」
必死の弁解も空しく、気付いた時にはもう市村の意識は軽く薄れてゆき。
悲痛な断末魔は快晴の爽やかなスカイブルーに吸い込まれていった。
そして、昼も過ぎて漸く、
すっかり落ち着いてほんの少し反省した榎本が手伝いをかって出て一緒にシーツを洗い。結局、それは部屋干しになった。
その室内でパカパカ煙草を吸いまくる土方に市村は、
綺麗に洗ったシーツに臭いが付こうが自業自得だ。と内心だけで呟いたのだった
終
●●